第3章 矢野直美 - 2
文字数 1,049文字
2
直美が群馬へやって来てから、あっという間に月日が経った。
八ヶ月という間発作も起きず、月に一回の定期検査でも、
良くもなっていない分、
悪化もしていないという状態が続いていたのだ。
ところが冬本番。
いよいよ寒さが身にしみるようになって、
直美の体調も徐々に下降気味だった。
特にここ数日は口数も少なく、その日も午後から横になっていた。
そして知らぬ間に寝てしまったのだろう。
ふと目を覚ませば窓の外はすでに真っ暗だ。
何時ごろ?
そう思って顔を上げると、部屋から出ていく黒い背中が目に入る。
ほんの一瞬のことだったが、それが父だとすぐに知れた。
きっと寝顔を見にきたのだろう。
そしてその目的を達成し、直美を起こさぬよう出て行こうとした。
――お父さん、どうして……?
今夜が週末だったなら、直美も疑問など抱かない。
しかし今日は火曜日なのだ。
さらに昨日の月曜日には、
わざわざ会社を休んで定期検査に連れて行ってくれた。
だからこそ、今いるのはどう考えても普通じゃない。
そんなことを考えながら、直美はそっと静かに起き上がった。
ほんの一時車椅子に目をやるが、少し考えてから己の足で立ち上がる。
それから深呼吸を繰り返し、
やがて明かりの漏れる部屋へと歩いていった。
*
そして翌朝、いつもの時間になっても順子は部屋に現れない。
こんなことは、ここで暮らすようになって初めてのことだ。
――やっぱりあれは、夢なんかじゃなかったんだ……。
そんな思いは、代わりに稔が現れたことによって、
否定しようもない確信に変わった。
稔は無言のまま現れて、ベッドの直美をジッと見つめる。
それから部屋の様子に目をやってから、ふと思い出すように言ってきた。
「眠れ、なかったのか?」
そう問う稔の方も、きっと眠れていないのだ。
目は赤く充血し、その声もいくぶんしゃがれて聞こえる。
「うん、眠れなかった……」
「そうか、ごはんできてる、あとは、直美だけだ」
「ちょっと、食べれないかな……今は……」
「そうか、そうだな」
「でもちょっと、外の空気吸いたいから……車椅子、こっちに押してくれ
る?」
普段の何倍もの時間を掛けて、
そんな会話が二人の間で交わされた。
直美が群馬へやって来てから、あっという間に月日が経った。
八ヶ月という間発作も起きず、月に一回の定期検査でも、
良くもなっていない分、
悪化もしていないという状態が続いていたのだ。
ところが冬本番。
いよいよ寒さが身にしみるようになって、
直美の体調も徐々に下降気味だった。
特にここ数日は口数も少なく、その日も午後から横になっていた。
そして知らぬ間に寝てしまったのだろう。
ふと目を覚ませば窓の外はすでに真っ暗だ。
何時ごろ?
そう思って顔を上げると、部屋から出ていく黒い背中が目に入る。
ほんの一瞬のことだったが、それが父だとすぐに知れた。
きっと寝顔を見にきたのだろう。
そしてその目的を達成し、直美を起こさぬよう出て行こうとした。
――お父さん、どうして……?
今夜が週末だったなら、直美も疑問など抱かない。
しかし今日は火曜日なのだ。
さらに昨日の月曜日には、
わざわざ会社を休んで定期検査に連れて行ってくれた。
だからこそ、今いるのはどう考えても普通じゃない。
そんなことを考えながら、直美はそっと静かに起き上がった。
ほんの一時車椅子に目をやるが、少し考えてから己の足で立ち上がる。
それから深呼吸を繰り返し、
やがて明かりの漏れる部屋へと歩いていった。
*
そして翌朝、いつもの時間になっても順子は部屋に現れない。
こんなことは、ここで暮らすようになって初めてのことだ。
――やっぱりあれは、夢なんかじゃなかったんだ……。
そんな思いは、代わりに稔が現れたことによって、
否定しようもない確信に変わった。
稔は無言のまま現れて、ベッドの直美をジッと見つめる。
それから部屋の様子に目をやってから、ふと思い出すように言ってきた。
「眠れ、なかったのか?」
そう問う稔の方も、きっと眠れていないのだ。
目は赤く充血し、その声もいくぶんしゃがれて聞こえる。
「うん、眠れなかった……」
「そうか、ごはんできてる、あとは、直美だけだ」
「ちょっと、食べれないかな……今は……」
「そうか、そうだな」
「でもちょっと、外の空気吸いたいから……車椅子、こっちに押してくれ
る?」
普段の何倍もの時間を掛けて、
そんな会話が二人の間で交わされた。