第78話 ヒロイン
文字数 2,732文字
優子は約束の時間が来るのを学校で1人待っていた。
預かっていた覚醒剤を鷹爪が取りに来るその時を。
今日鷹爪に本当のことを話せば自分は責任を取らされ、まず消されるだろう。
推定何億もの覚醒剤を盗まれた、で済む訳がない。
その上取り引きの相手も決まっている。相手も間違いなく暴力団のはずだ。そいつらだって黙っていないだろう。
そうなればただの暴走族の総長の自分なんて訳もなく殺される。
死ぬ。
それ自体に関して言えばそれならそれでもういいと思っている。
もう当分前からこんな人生には何の未練もないし、寝る時によく「あぁ、もう目が覚めなければいいのに」と思ったりしていた。
だけど、だとしてもあいつに、鷹爪に殺されるのは納得できない。
人生を奪われめちゃくちゃにされた相手にどうして命まで奪われなければならないのか。
だったら殺すしかない。自分がこの手で鷹爪を。
昨日のことだ。
『あれ?優子さん。これなんですか?』
戦国原と車に乗っているとダッシュボードの中に見覚えのない紙袋が入っていた。
よくファーストフードの店でテイクアウトした時に使われてそうな紙袋のその中身はなんと拳銃だったのだ。
『ん?エアガン?モデルガンってやつかな?これ誰のですか?』
初めて見るがこれはおそらく本物だろう。
鷹爪が忘れた?とは思えなかったが何かの間違いで自分の車と勘違いでもしたのか何故かそれは優子の車にあった。
『ねぇ、優子さん。聞いてます?』
『…え?あ…あぁ、それあたしのだ、戦国原』
『え?優子さんの?意外だなぁ。こういうの興味あるんですね』
『うるさいなぁ。人の趣味なんてどうだっていいだろ?放っとけよ』
戦国原は笑った。
『…そうですか。分かりました。今見たことは忘れます』
大丈夫。戦国原は気付いてない。
その後で様子を窺っていると鷹爪は確かに何かをなくして探しているような素振りだった。
間違いなくこれは鷹爪の物だと確信した。
同時に、天の恵みだと思った。
黙って殺られるのを待つのではなく対抗する術を手に入れた。そう思えた。
優子は急いでそれを美術室の絶対誰も見ないであろう場所に隠し知らないふりをした。
そして今鷹爪から連絡がくるのを待っている。
鷹爪を殺せば自分は鷹爪の組の者、その他関係者に狙われどちらにしろ死ぬだろう。
それでなくとも捕まるのは決まっている。
だがそれでいいのだ。
どうせならやるだけやって死んでやる。
優子が拳銃を握りしめると電話が鳴り始めた。
鷹爪だ。
『優子か?もう学校に着く』
『来てもブツはないですよ。鷹爪さん』
『は?なんだオメーこんな時に。いいから早く持ってこいよ』
鷹爪はもちろん本当にないなど夢にも思わない。
『だから言ってるでしょ。持っていくブツはもうないんですよ』
『あっ?もうない…ってテメーふざけてん場合じゃねんだよ、急いでんだ』
『じゃあもう1回言いますか?あんたが妙な考えであたしをはめてるって言うならあれですけどね、隠した場所にはブツがなかったんですよ。パクられたんだ。丸ごとね』
鷹爪はようやく優子が嘘を言っているのではないらしいことに気付いた。
『…んだと?マジで言ってんのか?このバッ、バッカヤローが!てめぇ!いくらするブツだと思ってんだ!もう今日この後すぐ取り引きが決まってんだぞ!隠したって、どこに隠してやがったんだよ!』
『詳しくは言えませんが場所は学校です。あたししか知らない、まずありえない場所です』
『このクソッタレがぁ!億単位のブツよくも学校なんかに!…ん?ってことはオイ、パクりやがったのは少なくともこの学校の奴ってことか?』
『さぁ…どうでしょうかね』
『…まぁいいや。優子、とりあえず出てこいよ』
『嫌です。みすみす殺されに出ていくなんてジョーダンじゃない』
『何が殺すだよ。とりあえず話しようじゃねぇか。な?』
いや、騙されない。こいつは確実に殺す気で来る。
『じゃあオイ、あたしが中まで行ってやるからよ。おとなしく待ってろよ?』
鷹爪は校舎の中に入っていった。優子のいた美術室だけ明かりが点いていたのを見た。当然そこを目指す。
もちろん彼女は予備の拳銃を持ってきている。
鷹爪肖の武器は組の看板とそれだけだ。
なくしたはずの拳銃をまさか優子が持っていようとは夢にも思っていないだろう。
『ほら優子~。出てこいってば~』
穏やかな声を装ってはいるがその奥には確かな殺意がある。それは優子も分かっている。
優子は鷹爪が向かってくるのを確認すると向かい側の教室に潜んだ。
チャンスは1度。鷹爪が明かりの点いた美術室に辿り着いてドアを開けた瞬間、その背後から鷹爪を撃つ。
優子が拳銃を握りしめ呼吸を整えるとやがて何も知らない鷹爪がやってきた。
『おい優子~。いるのか~?入るぞ~』
優子は構わずその背中に向けて引き金を引いた。
パァァン!!
夜の学校に銃声が鳴り響いて鷹爪が倒れ、やがて息を引き取った。
これは現実ではなく、これから実際に起こるであろうことを戦国原が見ている景色、映像である。
それは予知能力や超能力ではない。
結果として見ればそれらと何ら変わらないことのように見えるが、優子が鷹爪を撃った今の一連の出来事ははっきり言って単なる彼女の想像に過ぎない。
しかし彼女は今まで実に様々なことをそれは元から知っていたことでまるで最初から決まっていたことだったかのように予言し、ことごとく現実の物にしてきた。
今の世では何の前ぶれもなくこれから起こることを予知すること、言い当てることを予知能力と呼んでいるが、本来の予知能力とはこういうものなのかもしれない。
普通人はほとんどの人が下から積み重ねていく考え方をする。
何かを作る時、何か目標を持ちそれを目指して進んでいく時、少しずつ組み立て1歩1歩進めていく訳である。
もちろん完成図や理想の形というものはある。
だが人間である限りはやはり下から考える。何故かと言えば難しいからだ。
その完成形が難しければ難しい程、人は下からしか考えられない。
すでに遥か昔から人がそういう考え方で生きてきて、そういう勉強の仕方をしてきた。
だが彼女は全ての物事をゴールから考えることを覚えた。
それは鷹爪を殺すという計画で鷹爪が死ぬ瞬間から始まり、何で殺す、誰が殺す、どこで殺す、いつ殺す。その為に誰を動かし、誰を罠にはめ、誰を捨て誰をけしかけるか、を何百パターンに渡って考える。
誰ならできる?
仮にもヤクザを殺そうと思うなら半端な者には無理。
そして何よりも必要なのは決定的な理由。
戦国原はあれから毎日、毎時毎分それだけを考えてきた。
そしてその主人公 に白桐優子が選ばれたという訳だ。
預かっていた覚醒剤を鷹爪が取りに来るその時を。
今日鷹爪に本当のことを話せば自分は責任を取らされ、まず消されるだろう。
推定何億もの覚醒剤を盗まれた、で済む訳がない。
その上取り引きの相手も決まっている。相手も間違いなく暴力団のはずだ。そいつらだって黙っていないだろう。
そうなればただの暴走族の総長の自分なんて訳もなく殺される。
死ぬ。
それ自体に関して言えばそれならそれでもういいと思っている。
もう当分前からこんな人生には何の未練もないし、寝る時によく「あぁ、もう目が覚めなければいいのに」と思ったりしていた。
だけど、だとしてもあいつに、鷹爪に殺されるのは納得できない。
人生を奪われめちゃくちゃにされた相手にどうして命まで奪われなければならないのか。
だったら殺すしかない。自分がこの手で鷹爪を。
昨日のことだ。
『あれ?優子さん。これなんですか?』
戦国原と車に乗っているとダッシュボードの中に見覚えのない紙袋が入っていた。
よくファーストフードの店でテイクアウトした時に使われてそうな紙袋のその中身はなんと拳銃だったのだ。
『ん?エアガン?モデルガンってやつかな?これ誰のですか?』
初めて見るがこれはおそらく本物だろう。
鷹爪が忘れた?とは思えなかったが何かの間違いで自分の車と勘違いでもしたのか何故かそれは優子の車にあった。
『ねぇ、優子さん。聞いてます?』
『…え?あ…あぁ、それあたしのだ、戦国原』
『え?優子さんの?意外だなぁ。こういうの興味あるんですね』
『うるさいなぁ。人の趣味なんてどうだっていいだろ?放っとけよ』
戦国原は笑った。
『…そうですか。分かりました。今見たことは忘れます』
大丈夫。戦国原は気付いてない。
その後で様子を窺っていると鷹爪は確かに何かをなくして探しているような素振りだった。
間違いなくこれは鷹爪の物だと確信した。
同時に、天の恵みだと思った。
黙って殺られるのを待つのではなく対抗する術を手に入れた。そう思えた。
優子は急いでそれを美術室の絶対誰も見ないであろう場所に隠し知らないふりをした。
そして今鷹爪から連絡がくるのを待っている。
鷹爪を殺せば自分は鷹爪の組の者、その他関係者に狙われどちらにしろ死ぬだろう。
それでなくとも捕まるのは決まっている。
だがそれでいいのだ。
どうせならやるだけやって死んでやる。
優子が拳銃を握りしめると電話が鳴り始めた。
鷹爪だ。
『優子か?もう学校に着く』
『来てもブツはないですよ。鷹爪さん』
『は?なんだオメーこんな時に。いいから早く持ってこいよ』
鷹爪はもちろん本当にないなど夢にも思わない。
『だから言ってるでしょ。持っていくブツはもうないんですよ』
『あっ?もうない…ってテメーふざけてん場合じゃねんだよ、急いでんだ』
『じゃあもう1回言いますか?あんたが妙な考えであたしをはめてるって言うならあれですけどね、隠した場所にはブツがなかったんですよ。パクられたんだ。丸ごとね』
鷹爪はようやく優子が嘘を言っているのではないらしいことに気付いた。
『…んだと?マジで言ってんのか?このバッ、バッカヤローが!てめぇ!いくらするブツだと思ってんだ!もう今日この後すぐ取り引きが決まってんだぞ!隠したって、どこに隠してやがったんだよ!』
『詳しくは言えませんが場所は学校です。あたししか知らない、まずありえない場所です』
『このクソッタレがぁ!億単位のブツよくも学校なんかに!…ん?ってことはオイ、パクりやがったのは少なくともこの学校の奴ってことか?』
『さぁ…どうでしょうかね』
『…まぁいいや。優子、とりあえず出てこいよ』
『嫌です。みすみす殺されに出ていくなんてジョーダンじゃない』
『何が殺すだよ。とりあえず話しようじゃねぇか。な?』
いや、騙されない。こいつは確実に殺す気で来る。
『じゃあオイ、あたしが中まで行ってやるからよ。おとなしく待ってろよ?』
鷹爪は校舎の中に入っていった。優子のいた美術室だけ明かりが点いていたのを見た。当然そこを目指す。
もちろん彼女は予備の拳銃を持ってきている。
鷹爪肖の武器は組の看板とそれだけだ。
なくしたはずの拳銃をまさか優子が持っていようとは夢にも思っていないだろう。
『ほら優子~。出てこいってば~』
穏やかな声を装ってはいるがその奥には確かな殺意がある。それは優子も分かっている。
優子は鷹爪が向かってくるのを確認すると向かい側の教室に潜んだ。
チャンスは1度。鷹爪が明かりの点いた美術室に辿り着いてドアを開けた瞬間、その背後から鷹爪を撃つ。
優子が拳銃を握りしめ呼吸を整えるとやがて何も知らない鷹爪がやってきた。
『おい優子~。いるのか~?入るぞ~』
優子は構わずその背中に向けて引き金を引いた。
パァァン!!
夜の学校に銃声が鳴り響いて鷹爪が倒れ、やがて息を引き取った。
これは現実ではなく、これから実際に起こるであろうことを戦国原が見ている景色、映像である。
それは予知能力や超能力ではない。
結果として見ればそれらと何ら変わらないことのように見えるが、優子が鷹爪を撃った今の一連の出来事ははっきり言って単なる彼女の想像に過ぎない。
しかし彼女は今まで実に様々なことをそれは元から知っていたことでまるで最初から決まっていたことだったかのように予言し、ことごとく現実の物にしてきた。
今の世では何の前ぶれもなくこれから起こることを予知すること、言い当てることを予知能力と呼んでいるが、本来の予知能力とはこういうものなのかもしれない。
普通人はほとんどの人が下から積み重ねていく考え方をする。
何かを作る時、何か目標を持ちそれを目指して進んでいく時、少しずつ組み立て1歩1歩進めていく訳である。
もちろん完成図や理想の形というものはある。
だが人間である限りはやはり下から考える。何故かと言えば難しいからだ。
その完成形が難しければ難しい程、人は下からしか考えられない。
すでに遥か昔から人がそういう考え方で生きてきて、そういう勉強の仕方をしてきた。
だが彼女は全ての物事をゴールから考えることを覚えた。
それは鷹爪を殺すという計画で鷹爪が死ぬ瞬間から始まり、何で殺す、誰が殺す、どこで殺す、いつ殺す。その為に誰を動かし、誰を罠にはめ、誰を捨て誰をけしかけるか、を何百パターンに渡って考える。
誰ならできる?
仮にもヤクザを殺そうと思うなら半端な者には無理。
そして何よりも必要なのは決定的な理由。
戦国原はあれから毎日、毎時毎分それだけを考えてきた。
そしてその