第26話 チーム綺夜羅

文字数 4,395文字

 その頃、少し遅れて珠凛が下駄箱で靴を履き替え旋が来るのを外で待っていた。
 しかしもうどこのクラスも下校していて周りの生徒たちが次々に帰っていく中しばらく待っても旋は現れなかった。
 さすがに遅いので連絡してもみたが電話には出ず、珠凛は嫌な予感しかしなかった。
 トイレか何かでまだ中にいるのかと下駄箱を見ると靴はない。

『めぐ?…めぐ!』

 辺りを見回し名前を呼ぶが返事も反応もない。

(先に帰った?何も言わずに?電話に出ない理由がない…どこへ行ったの?)

 珠凛は走って旋を探した。

 校舎の裏の方から騒がしい声が聞こえる

 珠凛がそこにたどり着いた時にはすでに旋はボロボロで倒れこんでいた。

 珠凛は気がおかしくなりそうだった。

『めぐから…離れて…』

 怒りのあまり体が震えた。

『なんだ?仲間か?お前もこいつみたいになりたくなかったら』

『離れろ!』

 相手の言葉など最後まで聞ける状態ではなかった。

『あ?テメーもあたしらにケンカ売ってんのか?』

 1人が珠凛の胸ぐらをつかむとすかさず得意の見事なハイキックで相手を蹴り倒した。

『私に触らないで。クズが…』

 地面に突っ伏していた旋が珠凛の存在に気づいた。

『珠…凛?』

 そこには険しい表情で周りをにらみ回す相棒の姿があった。

『おい!こいつもやっちまえ!』

 上級生は今度は珠凛に狙いを変え囲んだ。

『珠凛…ダメだって…なんで来ちゃったの?』

 珠凛は今まで見せたことのないような狂暴な顔で暴れていた。なりふり構わず向かっていき最初はその人数相手に健闘したのだが、八方からの攻撃に押されていき珠凛もまた旋と同じ目に合わされていった。

『ねぇ…もうやめてよ…もういいでしょ?』

 旋はなんとか立ち上がり助太刀に行こうとするが後ろから押さえつけられ何もさせてはもらえなかった。

『よーし、そいつもワンノーだ。さっきよりも続かせろよー』

 善戦むなしくやはり珠凛もこの人数相手にどうにもならずにいる。

 自分のせいで珠凛もやられる。それは旋にとって最悪な結末でしかなかった。

 せめて、あの人がいてくれたら…

 旋がそう思った時だった。

 突然ものすごい勢いで何かが風を切り裂いて飛んできた。

 バスケットボールだ。

 ボールは上級生の内の1人の顔面に激突した。

『うげっ!』

 当たった女はふっとび顔を押さえ鼻血を流しながらもがいている。

『よぉ、姉ちゃんたち。ワンノーなんていいから1on1やろうぜ』

 旋も珠凛も何が起きたのか分からず声のする方を見た。

『げっ、綺夜羅…』

 上級生の1人が言った。

 金髪のポニーテールに青いリボンの女と廊下ですれ違ったのを旋は思い出した。

 月下綺夜羅。確かそんな名前だった。

 すると反対側からも声がした。

『テメーらは本当に汚ねーことしかできねーんだな。おい燃、野球やろうぜ。あたしがこいつら投げるから全員打ってやれ。行っくぞ~』

 短髪でオールバックのハリネズミみたいな頭の女が上級生の脇腹をおもいきり殴って黙らせると今呼んだ女の方へドロップキックし追いやった。

 その先には派手でカラフルな色の髪をツインテールにした女がバットを構えて待っている。

『てい!』

 ツインテールは追いやられ向かってきた上級生のすね目掛けて遠慮なくフルスイングした。

『いっってぇ~!!』

 打たれた上級生はすねを押さえて倒れこみ悶絶している。

『ごめんね。痛かった?加減が分かんなくて…』

 そしてまた別の方から1人現れた。

『危ねぇ!よけろぉ~!!』

 最後に現れた女は手に手持ち型の50連発打ち上げ花火を片手にまとめて4本ずつ、つまりそれを両手で合わせて8本持っている。
 400発だ。

 この手の花火は人に向かって打つと本当に危ない。1発でも当たれば軽い火傷では済まない。
 400連発ともなればそれはもはや軽く人間兵器である。

 打ち上げ花火人間になった掠はニタァ~といつもより数段不気味に笑っていた。

『やべぇ!逃げろ!』

 上級生たちが逃げようとするのを綺夜羅たちがくい止めた。

『逃がすなぁ!撃てぇ!掠ぇ!』

 狙われた方はたまらない。一瞬で4発。両手なら8発もの火の玉が飛んでくる。
 服は穴だらけ。肌に当たれば大火傷だ。タバコの根性焼きどころではない。

『くそっ、テメーら頭おかしーのかよ!』

『おかしいのはどっちだ!毎度毎度こんなことばっかりしやがって。オメーらそれでも年上か?恥ずかしくねーのかよ、1年相手に!』

 綺夜羅は上級生たちをにらみ回した。

『うるせー!テメーら今日という今日は許さねーぞ。全員シメだ!』

 上級生たちは綺夜羅、掠、数と向かい合った。

『…そうか、奇遇だな。あたしもそう思うよ。バカみてーに1人を囲んでワンノーだぁ?ふざけやがって。こっからはなぁ…アメリカンフットボールだぁ~!!』

 綺夜羅の掛け声で掠も数も一斉にかかっていった。
 綺夜羅と掠は飛び蹴りで飛びこんでいくと手前の人間から容赦なく殴りつけていく。
 徹底的にまず1人をやっつけるとまたその繰り返しで手当たり次第につかみかかっていく。
 殴られようと引っ張られようとつかんだ敵は完全にしとめるまで放さない。

 数は2人の後方を援護する。2人に近づく人間を次々にバックドロップし投げ飛ばした。

 1人バットを持つ燃は旋と珠凛の前で敵を近寄らせないように振り回した。

『…どうして?』

 そんな綺夜羅たちを見て旋が言った。何故自分たちを助けるのか旋には分からなかった。

『さぁ~、どうしてだろうね』

 燃が2人に背を向けたままため息まじりに答える。

『あなたはそこで何してるの?』

 向こうで3人が30人近くの大人数に苦戦しているのに燃は2人の前から動こうとしなかった。

『綺夜羅に言われたの。燃は何があってもあいつらのこと守ってやれって』

『…は?』

 2人共そんな風に言われる覚えはなかった。旋に至ってはついさっき自分に話しかけるなと突き放したばかりだ。

『あのハリネズミみたいな子、数って言うんだけどね、あいつも最初1人でボコボコにされてたんだって。その時もそう、20人位に。でもそこをたまたま通った綺夜羅と掠が2人で20人相手にケンカして助けたんだって』

『2人で?』

 さすがに旋も珠凛も驚きを隠せなかった。

 いくら腕に自信があろうと大人数の年上相手にそんな無茶する子が同い年にいようとは信じられなかった。

 だが今目の前でそんな無茶をしている子たちがいるのを確かに見ていた。

『あたしはさ、いじめられてたんだ…』

 燃はまた話を続けた。

『小学校の頃にね、ちょっと色々あってクラス全員からハブられちゃってさ。あたしと一緒にいるととばっちり食うから仲良かった友達もみんな離れてっちゃったんだ。だから中学生になってからも最初は1人だったの。せっかく違う小学校の子とも一緒になれたのに小学校の時の話がすぐ広まっちゃって、やっぱり友達もできなくて…でもね、ある日綺夜羅が見つけてくれたんだ。声かけてくれて友達になろうぜって言ってくれて。あたし嬉しかったけど裏切られるのが怖かったから断ったんだ。でも訳を話したら「なんだそんなことか。あたしが絶対裏切らない友達になってやる」って言ってくれて、その後あたしのこと目の前で嘘つき呼ばわりした男子、真剣に怒って全員ぶっとばしてくれたの。綺夜羅は嘘言わない。あの日から今日まで綺夜羅は1回だって嘘言わなかった…』

 燃は少し嬉しそうに一生懸命話した。

『今日ね、綺夜羅はあんたたちのことずっと気にしてた。あいつなんであんなカリカリしてんのかなぁとか、あの茶髪の奴ずーっと心配そうな顔してたんだよとか、そんなんばっかりで。帰りもあんたたちがバス通学なの知ってたからみんなでバス停で待ってたんだけど、いつまで経っても来ないからおかしいって探し始めて。もしかしたら2、3年が大人数で囲んでるかもしれないって話になって綺夜羅あたしにバット渡して言ったの。「いいか燃、これは伝説の武器だ。あたしたちが3人であいつらとやり合うから燃はこれ持ってなんとしてもあいつらのことだけ守ってやれ」って。でもさ?だったら4人で、そんで綺夜羅がバット持って暴れた方が早くない?って言ったんだけど、ダメだって。その間にあいつらやられたらダメだからだって。そんで最後に笑って言うの。「だからもし負けちまったらごめんな」だって。バカでしょ!?絶っ対作戦間違ってるよね!だからね、もしあいつら負けちゃったらあたしがなんとか時間稼ぐから、その間になんとか2人で走って逃げてね』

 そう言って燃が申し訳なさそうに笑うと旋が吹き出した。

『ぷーっ!ふっふっはっ、あっはは!』

 それにつられて珠凛もくすくす笑っている。

『え?何?どうしたの?』

 燃は何がそんなに面白いのか全く分からなかった。

『ははは!だっ…だって、あんたがっ…あんまりにもめんどくさそうだからさ…かっ、かわいそうになってきちゃって、ひーお腹痛い。ふ~!』

 旋は言葉の通り腹を抱えて苦しそうにしている。燃はまたため息をついてから喋りだした。

『あぁ…分かる?あたし、あいつらと違って別にケンカとか好きじゃないし、みんなして短気だから本当いつも困ってるんだけど。でもね…綺夜羅って、なんてゆーかそーゆー人だからさ。あたしはそんな綺夜羅が好きだから…』

 そこまで聞いて旋は立ち上がった。

『よーし、元気出た。あいつら好き放題やってくれやがって~。あったまきた。珠凛この子のことよろしく。あたしあっち混ざってくる』

『あなた何言ってるの?ボロボロじゃない。行くなら私の方よ』

 言われて珠凛も立ち上がった。

『…珠凛さ、あたしのこと心配してくれてたの?』

 周りを見ようともせず、いつも隣にいてくれる友達の気持ちにすら気づけなかったことが今更になって旋は心苦しくなった。

『ずーっと心配そうに見てたって綺夜羅言ってたよ』

 珠凛がすぐに答えないでいると燃が横から言った。

『…あなたがあんな無茶するから…心配しない方がおかしいでしょ?』

『なんだ、2人共本当は仲いいんじゃん』

 燃に言われると2人は恥ずかしそうにした。

『ありがと、珠凛』

 旋が久しぶりに笑ってくれた気がした。

 小さい頃からいつも見せてくれるその笑顔がただ単純に好きだった。

 しかし珠凛はそうやって笑ってくれることが本当は苦しかった。

『私は…別に…』

『さぁほら。早く行かないとあいつら負けちゃうよ?行こっ珠凛』

 いつか、旋にちゃんと話せる時が来るだろうか。珠凛はそんな思いを噛み締めていた。

『えぇ…そうね』

 2人は走りだし乱闘に参戦していった。

『…ねぇ~!そしたらあたしのここにいる意味~!もぉ~!』

 この後、苦戦していた綺夜羅たちを旋と珠凛が助け、最終的にバットを持った燃までが乱入し、綺夜羅たちはたった6人で初めて上級生グループを相手に勝利という勝利をつかむことができた。
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