第25話 あたしのせい
文字数 2,263文字
それは姉が高校3年、旋が小学校5年の時のことだった。
旋が学校から帰ると母が泣き崩れていて仕事のはずの父が家におり異様な空気が立ち込めていた。
『…どうしたの?』
旋が心配そうに聞くと、やがて父も目を赤くして喋りだした。
『めぐ…あのな…優子が…死んじゃったみたいなんだ…』
親がバカなことを言っている。立ち尽くしながら震える父に床に額をこすりつけながら喘ぐ母を見ても旋はその言葉を理解できなかった。
意味も分からないまま両親と共に警察署を訪れると通されたその場所に姉の優子はいた。
動かぬ人となって。
『お姉ちゃん…嘘だよね?寝てるんでしょ?』
そんな言葉を自分の人生で使う日が来るなんて思いもしなかったがそこにいるのは紛れもなく姉で、本当に死んでしまったということを旋は目で見える情報として確認してからやっと状況を理解した。
だが理解はしても納得などできるはずもなく体中がそれを事実だと思うことを拒否していた。
だから旋はそれを見ても涙は流さなかった。
まだ泣く訳にはいかないと思っていた。
前日姉は帰って来なかった。
最近両親とあまり上手くいってなさそうだったのは旋から見てもなんとなく分かっていたし親に対してイライラしてるのも知っていた。
あの真面目でおとなしい姉が帰りが遅かったり帰って来なかったりすることが最近よくあったのも分かっていた。
前日の夜中、姉は自宅のすぐ近くのマンションの階段の踊り場から飛び降りたらしい。
マンションの防犯カメラで確認する限り姉はその時1人だったらしく事件の可能性はないと判断された。
12階の住民が階段の所で座り込む彼女を目撃してもいた。
つまり、自殺ということだ。
何故自殺してしまったのか、イジメでもあったのかと理由を探したが、携帯に残っているメールのやり取りやノートやメモ帳などを見てもただの1つでもそれらしいものはなく、その線はないということが分かった。
では何故姉は自ら命を落としてしまったのか。
旋にはそれが分からなかった。
雛葉家は長女優子の謎の死に葬儀が終わってからも悲しみに暮れていたが、3週間が経った頃その謎は更に深まることになる。
姉が覚醒剤を使用していたことが警察の調べで分かったというのだ。
血液を調べればそんなものはその日に分かるが遺族に伝わるまでにはそれだけの時間がかかる。
つまり姉は覚醒剤を使った状態で自殺したということになる。
それを使ったせいでおかしくなってしまい自殺に至ってしまった、という訳ではなく、おそらく覚醒剤を使った状態なら死ねると思いそうしたのではないか、ということだった。
あの姉が覚醒剤?旋の中では覚醒剤と聞いてもあまりピンとくる訳もなく、両親は姉が覚醒剤を使うことになった経緯や使わせた人間を心から恨んでいるようだった。
だから旋もそれは同じように思ってきた。
だが、それから時が過ぎ色々思い返してみると今は違うことを思えている。
あの頃姉は進路に悩み人知れず苦しんでいたのではないか、と少しずつ思うようになった。
思い出すとこんなことがある。姉が父に進路のことで話をしていた時、進学を希望することを父に伝えたのだ。
だが父親の返事は旋が聞いていても明るいものではなかった。
奨学金で行けないかとか、別に就職でもいいんじゃないかとか、簡単に言えば自分の力では行かせてやれないと言われてしまったのである。
小学生だった旋にはそれがなんの話でなんのことなのか分からず気にしなかったが、考えてみるとあれがそもそもの原因だったのではないだろうか。
姉は多分、周りが進学や就職を決めていく中でやりたいこともまだ見つからず、どうすればいいか分からずに苦しんでいたのだと思う。
だから進学を決めたのに父親に相談したところ、遠回しに無理だと言われてしまったのである。
姉はさぞ絶望しただろう。苦しみ、悩み、やっと出した答えを一瞬で却下されてしまったのだから。実の父親に。
そういえば姉がイライラしだしたのもその辺りからだったように思う。
それなのに母親は帰りが遅いだのご飯いらないなら連絡しろだの自分のことは棚に上げ、シャワーが長いだの電話が長いだのと姉は相当疲れたに違いなかった。だから帰りたくなかったのだろう。
姉を追いつめたのは家族だったと思う。
旋の中でそれは確信に変わった。
しかし父も母もイジメや覚醒剤のせいにしようとして娘を亡くした哀れな親になろうとしていた。
そうすることで自分の責任から目をそらしたのだ。旋はそう思った。
(あたしもそうだ…お姉ちゃんの痛み、苦しみ、あたしだけでも分かってあげられてたらお姉ちゃんはきっと今も生きてた…)
姉は高校に入ってからバイトを始め、家族の誕生日にはプレゼントを必ず用意した。
旋のことはよく遊びに連れてってくれた。
映画、買い物、遊園地。そういった所に連れ出してくれるのは親ではなく姉だった。
あんなに優しく家族思いだった姉が何故そうならなければならなかったのか。
旋は上級生に囲まれ暴行を受けながら、こんな時にそのことが頭から離れなかった。
(…ごめんね。お姉ちゃん…)
旋は白桐優子のことを自分の姉のように思ったはずだった。
大好きだった姉が亡くなり、その姉と同じ名前の先輩が現れ大好きになれたのにまるで嘘のように騙され突き放されてしまった。
それが旋の中で姉の死を急に思い出させてしまい、どこにもやり場のない感情に暴走してしまっている。
そんな自分を止めることもできず結局この有り様だ。
旋が学校から帰ると母が泣き崩れていて仕事のはずの父が家におり異様な空気が立ち込めていた。
『…どうしたの?』
旋が心配そうに聞くと、やがて父も目を赤くして喋りだした。
『めぐ…あのな…優子が…死んじゃったみたいなんだ…』
親がバカなことを言っている。立ち尽くしながら震える父に床に額をこすりつけながら喘ぐ母を見ても旋はその言葉を理解できなかった。
意味も分からないまま両親と共に警察署を訪れると通されたその場所に姉の優子はいた。
動かぬ人となって。
『お姉ちゃん…嘘だよね?寝てるんでしょ?』
そんな言葉を自分の人生で使う日が来るなんて思いもしなかったがそこにいるのは紛れもなく姉で、本当に死んでしまったということを旋は目で見える情報として確認してからやっと状況を理解した。
だが理解はしても納得などできるはずもなく体中がそれを事実だと思うことを拒否していた。
だから旋はそれを見ても涙は流さなかった。
まだ泣く訳にはいかないと思っていた。
前日姉は帰って来なかった。
最近両親とあまり上手くいってなさそうだったのは旋から見てもなんとなく分かっていたし親に対してイライラしてるのも知っていた。
あの真面目でおとなしい姉が帰りが遅かったり帰って来なかったりすることが最近よくあったのも分かっていた。
前日の夜中、姉は自宅のすぐ近くのマンションの階段の踊り場から飛び降りたらしい。
マンションの防犯カメラで確認する限り姉はその時1人だったらしく事件の可能性はないと判断された。
12階の住民が階段の所で座り込む彼女を目撃してもいた。
つまり、自殺ということだ。
何故自殺してしまったのか、イジメでもあったのかと理由を探したが、携帯に残っているメールのやり取りやノートやメモ帳などを見てもただの1つでもそれらしいものはなく、その線はないということが分かった。
では何故姉は自ら命を落としてしまったのか。
旋にはそれが分からなかった。
雛葉家は長女優子の謎の死に葬儀が終わってからも悲しみに暮れていたが、3週間が経った頃その謎は更に深まることになる。
姉が覚醒剤を使用していたことが警察の調べで分かったというのだ。
血液を調べればそんなものはその日に分かるが遺族に伝わるまでにはそれだけの時間がかかる。
つまり姉は覚醒剤を使った状態で自殺したということになる。
それを使ったせいでおかしくなってしまい自殺に至ってしまった、という訳ではなく、おそらく覚醒剤を使った状態なら死ねると思いそうしたのではないか、ということだった。
あの姉が覚醒剤?旋の中では覚醒剤と聞いてもあまりピンとくる訳もなく、両親は姉が覚醒剤を使うことになった経緯や使わせた人間を心から恨んでいるようだった。
だから旋もそれは同じように思ってきた。
だが、それから時が過ぎ色々思い返してみると今は違うことを思えている。
あの頃姉は進路に悩み人知れず苦しんでいたのではないか、と少しずつ思うようになった。
思い出すとこんなことがある。姉が父に進路のことで話をしていた時、進学を希望することを父に伝えたのだ。
だが父親の返事は旋が聞いていても明るいものではなかった。
奨学金で行けないかとか、別に就職でもいいんじゃないかとか、簡単に言えば自分の力では行かせてやれないと言われてしまったのである。
小学生だった旋にはそれがなんの話でなんのことなのか分からず気にしなかったが、考えてみるとあれがそもそもの原因だったのではないだろうか。
姉は多分、周りが進学や就職を決めていく中でやりたいこともまだ見つからず、どうすればいいか分からずに苦しんでいたのだと思う。
だから進学を決めたのに父親に相談したところ、遠回しに無理だと言われてしまったのである。
姉はさぞ絶望しただろう。苦しみ、悩み、やっと出した答えを一瞬で却下されてしまったのだから。実の父親に。
そういえば姉がイライラしだしたのもその辺りからだったように思う。
それなのに母親は帰りが遅いだのご飯いらないなら連絡しろだの自分のことは棚に上げ、シャワーが長いだの電話が長いだのと姉は相当疲れたに違いなかった。だから帰りたくなかったのだろう。
姉を追いつめたのは家族だったと思う。
旋の中でそれは確信に変わった。
しかし父も母もイジメや覚醒剤のせいにしようとして娘を亡くした哀れな親になろうとしていた。
そうすることで自分の責任から目をそらしたのだ。旋はそう思った。
(あたしもそうだ…お姉ちゃんの痛み、苦しみ、あたしだけでも分かってあげられてたらお姉ちゃんはきっと今も生きてた…)
姉は高校に入ってからバイトを始め、家族の誕生日にはプレゼントを必ず用意した。
旋のことはよく遊びに連れてってくれた。
映画、買い物、遊園地。そういった所に連れ出してくれるのは親ではなく姉だった。
あんなに優しく家族思いだった姉が何故そうならなければならなかったのか。
旋は上級生に囲まれ暴行を受けながら、こんな時にそのことが頭から離れなかった。
(…ごめんね。お姉ちゃん…)
旋は白桐優子のことを自分の姉のように思ったはずだった。
大好きだった姉が亡くなり、その姉と同じ名前の先輩が現れ大好きになれたのにまるで嘘のように騙され突き放されてしまった。
それが旋の中で姉の死を急に思い出させてしまい、どこにもやり場のない感情に暴走してしまっている。
そんな自分を止めることもできず結局この有り様だ。