第43話 サプライズ

文字数 4,361文字

『あれ?瞬、なんか痩せた?』

 都河泪の病院にいる時だった。

 琉花が突然そんなことを言い出すので名前を呼ばれているのに自分のことだと気付くのに数秒かかってしまった。

『え?そう?分かんない。計ってないし』

『ちゃんとご飯食べてんの?』

『うん。普通に食べてるよ』

『本当~?あ、さては仕事でいっちょ男と出会おうとか思ってダイエットしてるとかー?』

『あはは、ないない。仕事は仕事としてちゃんとやるつもりだし全然出会いとか求めてないから』

『まぁ、瞬を振り向かせられるのは愛羽っちだけだしね~。はーあ、あたしもなんかバイトでもしよっかな~』

『琉花はまたボクシングやればいいのに。あんたはお嬢さんだからバイトなんて無理だよ』

『あ~、カッチーン。そうやって人のことなんにもできない奴に決めつけて~』

『え?いや、ほら。大阪の時すごい悔しがってたから…もう1回本格的にやればいいのにって思ってただけだよ』

 琉花は大阪で2人がかりで天王道眩(てんのうどうまばゆ)に勝てなかった。
 いくら鍛えてもどれだけ練習しようとも、その鍛練から離れてしまえばやはり格闘技の実力というのは劣っていく。

 琉花は自分がアマチュアチャンピオンになった頃が1番強かったともちろん分かっている。

 やめずに続けていたら眩に勝てたか、それは分からない。だが、だからこそ悔しいのだ。

 もうやめて2年が経つが、そう考えると恐ろしい高校生だった訳だ。

 琉花自身、戻ろうかなとか自分はやっぱり戻りたいのかなと思ったりすることがたまにある。
 だが今琉花は前程そこに目標がない。

 かと言って他にやりたいこともない。

 瞬と同じくこれからのことを考えてる時期なのだ。

 ボンボンのお嬢様なだけに仕事に対する危機感もなく、ただ今の平和を楽しんでいる。

 琉花は瞬という人が大好きだ。

 東京連合としてずっと一緒にやってきたが、どちらかと言えば心のどこかで本当は今のように笑って過ごせる日々を望んでいた。

 だから今はまだ満喫していたいのかもしれない。

『まぁいいけどさ、あんま無理しないでよね。ちゃんと寝てるの?』

 確かに夜中まで仕事で朝起きたら病院に足を運びを繰り返す中で睡眠は十分という程取れてないのかもしれない。
 少し痩せたとしたらそのせいだろうか。

『んー、まぁ前よりは少なくなってるかもね。でも別に無理なんてしてないから』

 琉花は待ってましたと言わんばかりに手を叩いた。

『よし。今日はお休みなんでしょ!?じゃー今日は焼き肉食べに行こ!』

『えぇ!?どうしたの、いきなり』

『いいじゃん。いっぱい食べていっぱい寝る。瞬がへばんないように景気づけだよぉ!ほら、ちょっと遅い就職祝いだと思ってさ』

 なんだかんだこうやっていつも側で支えてくれるのはこの琉花と千歌だ。2人に心配かけて申し訳ないがその気持ちはありがたかった。

『分かった。じゃあ今日は焼き肉ね』

『はいキタ。決まりだねー。泪ちゃんも早く目覚めればいいのに』

『ねぇ琉花。っていうか今日千歌は?』

『あぁ、今日は昼間なんか用事あるってさ』

『ふーん』

 夕方まで病室で過ごした後、琉花に連れられ焼肉屋に向かったがそこはとてもおいしいと評判であると同時に値段もそれなりに高いことで有名な店だった。

『え!?ここなの!?』

『そうだよ。早く入ろ』

『だって高いでしょ?ここ。もっと安いとこに』

『いーからいーから』

 中に入るとまだ客はおらず軽く貸し切り状態だった。

『千歌おっそいね。とりあえず適当に頼んじゃおっか。すいませーん!』

 メニューを開き琉花は片っ端から頼んでいく。

『えっと~、上タン塩と上カルビと上ロースをとりあえず5人前と~…あ、待って、特上カルビってのもあるじゃん。それも5人前で~上ミノと~…』

 琉花の言うメニューと何人前という言葉を頭の中で計算しながら追いかけていくが「とりあえず」がとんでもないことになってしまっている。

 琉花は算数ができないのだろうか。

 そう思ってしまった。

(あたし今日いくら持ってたっけなぁ…)

 財布の中を確認すると福沢諭吉だけで7枚ある。3人でたらふく食べても、まぁ問題はないだろう。多分…

 瞬がほっとしていると琉花の電話が鳴りだした。

『あ、千歌からだ。はーい?おっそいじゃーん。何してんのさー、もう食べちゃうよー?あれ?…もしもし?』

 電話に出た琉花の様子がおかしかった。

『ねぇ…どうしたの?千歌…何かあったの?ねぇ!』

『どうしたの?』

『分かんない。千歌がなんか苦しそうで』

 瞬は琉花から電話を受け取ると急いで耳にあてた。

『千歌どうしたの!?何があったの!?』

 事故か、それとも何かトラブルに巻き込まれた?不安があおる中、電話の向こうで千歌が苦しそうに口を開いた。

『しゅ…瞬か?』

『うん!あたしだよ!千歌今どこ!?今すぐ行くから教えて!』

『私のことは…いい…瞬…早く…逃げろ…』

『何言ってんの!?千歌、場所を言って!』

 しかし、そこで電話は切れてしまった。すぐにかけ直したが電源が落ちてしまったのかつながらない。

『うそ…』

 瞬は頭が真っ白になった。

 やはり襲われた?でも誰に?何故千歌が?逃げろということは自分たちも狙われているということだろうか?
 あまりにも突然のことで動揺を隠せない。千歌はまさか…
 瞬は最悪な想像をしてしまっていた。

『瞬…千歌は?』

『分からない…自分のことはいいから逃げろって…』

 その時だった。突然店内の灯りが消え真っ暗になり奥で店員の悲鳴が聞こえた。

 瞬と琉花は暗がりの中顔を見合わせた。

 これは何事か?少なくともすでに何者かが中に忍びこんでいた。完全に静まりかえってしまったということは店員もやられてしまった、と考えるしかない。
 すると奥の方から足音が聞こえてきた。

 すり足するでもなくわざわざこちらに教えるような、そして妙にゆっくりな足音でそれは近づいてきた。
 琉花はとっさに瞬の腕をつかみ、しゃがみこみテーブルの影に身をひそめた。琉花は震えている。

 瞬は琉花をぎゅっと抱きしめると小さな声で言った。

『あたしが囮になるから、その隙に逃げて助けを呼んできて』

 ステロイドも鎮痛剤もない。

 ないがこのままでやるしかない。瞬は立ち上がった。

 暗闇の中ぼんやり見える相手の方へ向かっていった。

『こっちだよ』

 相手も瞬に気づいた。しかし改めて向かい合った時、その姿を見て身震いした。
 ピエロの被り物を頭から被り、その手には赤い血のついた包丁が握られていた
 さすがの東京連合総長雪ノ瀬瞬もかつてないほど危険と恐れを感じていた。

 おそらく店員は刺された。殺されたかもしれない。そして、千歌も…

『誰なの?狙いはあたしなの?千歌はどこ?答えて』

 ピエロの人物は包丁をこちらに向けて構えた。

(話にはのらない、か…)

 瞬はこの謎の凶悪犯相手に戦うことを決意した。相手は刃物。こちらは素手。一瞬も気が抜けない。

 瞬は身近な椅子を投げつけた。ピエロはそれをよける。続けて2個目を投げピエロがそれをよけた瞬間、次は自分が飛びこんだ。飛び蹴りだ。
 足なら多少切りつけられようとも致命傷にはならない。

 相手もまさか真っ正面から突っこんでくるとは思わなかったのだろう。
 瞬は狙いどおり手に持った包丁を蹴り飛ばしたが、代わりに自分が後ろからつかまれる形になってしまった。

 相手は力ずくで押さえ込もうとする。

『くそっ!離せ!』

 必死に抵抗しようとするが関節技をきめられ、この形から逃れるのはなかなか難しそうだ。

『答えなよ。何故あたしたちを狙うの?』

 とにかく気をそらして琉花だけは逃がしてあげなければならない。

 するとピエロが言った。

『今日は何の日だ?』

『今日?』

 何の日?今日に関すること?何かしたっけ?もがきながら考えるが思い当たることは何もなかった。

『何?今日がなんなの?あたしは何も思い浮かばない!』

『…お前は嘘つきだ』

 そう言われた次の瞬間、いきなり電気が点いた。

 かと思えば突然何かが破裂するような大きな音が響き渡った。
 見ると琉花がクラッカーを引いていた。

『今日はお前の誕生日だろ?瞬』

 ピエロがそう言って瞬は頭の中がぐるぐると回り始めた。

『…えっ?何これ?』

 瞬がまだ分かっていないのでピエロが被り物を取って見せると、その正体はなんと襲われてここにいないはずの龍千歌だった。

『えぇ~!?えぇ~!?分かんないよ。何これ!えぇっ!?』

 とても新鮮なリアクションだ。

『えっ?だって包丁血が付いてて奥で店の人もギャーって…』

 すると店員が申し訳なさそうに出てきて頭を下げた。

『あの血はもちろん作り物だよ。なかなかリアルだろ?』

 笑いながら千歌が言った。突然のことと千歌はすでにやられてしまったという思いこみから被り物の中からの千歌の声に気付けなかった。

『…もぉ~。ありえない…ひどいよぉ~。あたしかなり覚悟したのに…』

 瞬はペタンとその場に座りこんでしまった。

『ほら!いいから早くこっち来てよ!』

 瞬とピエロの千歌が予定通り争っている間に琉花が準備をしていたのだが、いつの間にかとても可愛いケーキが用意されていた。

『大丈夫。今の全部撮ってあるから後でもう1回見よ!』

 去年も一昨年もこんなことはなかった。こんな風に祝ってもらうなんて習慣もなかったから全く予想すらしていなかった。

 それにしても本格的すぎて心臓に悪い。

 だけど、嬉しかった。

『はーい。じゃーあたしからのプレゼント。いい女はまずいいバッグ持たなきゃね』

 琉花が軽い調子で差し出してきたのはブランド物の結構いい値段がしそうなバッグだ。

『私からはこれ。これから寒くなる。特に夜は冷えるだろうから』

 これもまた高そうなコートだ。だけどとても暖かそうなのが見て分かる。さりげない千歌の優しさが感じられた。

『それとこれは泪ちゃんからってことで』

 今度は小さくて細長い立派な箱だ。とても高い万年筆でも入っていそうなその箱を瞬は開けてみた。
 中を見て思わず時が止まりかけていた。涙のような形をした白金の中央に紫の宝石が埋め込まれている。
 それはシンプルだがとても可愛いネックレスだった。

『まぁ、誕生日と就職祝いだよ。瞬が何かを始めるならあたしたちは応援したいからさ』

『大変なこともあるだろうけど負けずに頑張ってほしいから、周りの子や客にバカにされないように私たちの気持ちだ』

 瞬はもう涙が止まらなくなってしまった。

 自分が今も心から願っていることは泪が1日でも早く目覚めてくれることだが、こんなに嬉しいことは初めてだった。

 何故こんなに止まらないのか自分でも分からないが、だけどこの2人が友達で本当によかった。
 そう思えていたのは確かだった。

『ありがとう…』

 10月28日、忘れられない思い出ができた。
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