第172話 2日後

文字数 2,013文字

『よぉ戦国原。気分はどうだ?』

 病室らしき部屋で目が覚め名を呼ばれ起きると、目の前の椅子に哉原樹と雛葉旋がこちらを見ながら座っていた。
 にらむでも警戒するでもなく、でも決して歓迎などしている様子でもない。

『痛っ…』

 右の脇腹が痛い。

『あぁ、まだ寝てろよオメー。撃たれてんだからよ』

 しかし戦国原は横にはならなかった。まずだいぶ気になることがある。

『何故ここに?』

『あぁ?知るかよ。オメーそいつらに感謝しろよ?』

 そう。まずベッドの両方の傍らで愛羽と優子が自分の手を握ったまま座りながら寝ている。

 …なんだ?この異様な状況は。

『話しといてやるよ。何があったのか』




『死ぬな!戦国原!』

 そう叫んだのは優子だった。

『めぐ!頼む。こいつを下まで運ぶの手伝ってくれ!』

 樹は足を撃たれ、愛羽も腕を撃たれている。優子は旋に頼みこんで一緒に4階から戦国原を運び出した。

 自分に人殺しをさせようとしていた、最悪殺される目に合わされていた、それを企てた張本人をまるで大切な仲間だとでもいうような優子の言動が樹にも旋にも全く理解できず、あぁそういえば優子は知らないのかと思っていたら樹たちは聞いて驚いた。




『…知ってた?』

『あぁ。みたいだぜ』

 聞いて1番驚いたのは戦国原だろう。

 優子は戦国原が自分に鷹爪を殺させようとしていたどころか鷹爪をひどく憎んでいることや自身がレディであることまで全部知っていたと言うのだ。

『バカな…まさか…』

『だからそのまさかなんだってよ。あたしもめぐも正直言って理解できねーんだよ。つまり優子は全部知ってたけど知らないフリしてお前の計画とやらに乗っかったんだと』

『そんな…なんで…』

 戦国原は動揺を隠せなかった。自分の計画や立ち振舞いは完璧だったはず。
 自分の中にある本心や素の自分は誰にも見せないようにしていた。徹底してだ。知っていたはずがない。

『分かんねーよなぁ?分かんねーんだよ。あたしも頭おかしいのかって何回も言ったよ。でもよ、こいつにとってお前は友達なんだとよ』

『友達?ボクが?』

『だから知らねーよ。そいつらが起きたらテメーで聞けよ。ふぁ~あ…』

 樹はあくびしながら座ったまま脱力した。というより、愛羽も優子も樹もまだ特攻服だ。

『あの、ボクはどの位寝てたんですか?』

『あ?テメー昨日1日寝てやがったべよコノヤロー。おかげでこっちは2日間オールだぞバカヤロー』

 4人共、ずっとここにいたということらしい。

『…あぁ、それからなんだ?川崎の方は四阿って奴が雪ノ瀬にフルボッコのボッコボコにされてKO負けだとよ。気の毒になぁ。相当やられたみたいだぜ?あんなのとやれって言われてもあたしは絶対嫌だね。』

 樹は呆れたように鼻で笑う。

『それから厚木のアジなんとかっつー外人野郎はドーピング2回打っといて緋薙と天王道の姉ちゃんに落とされたってよ。信じられるか?静火と唯の話じゃそりゃー手も付けられねーよーな化物だったみてーだけどよ、ははは…ヘッドロックで落とした、だとよ。おい、信じられるか?あいつらこそ人間かよなぁ』

 つまりだ。

『あの夜、お前が計画したことは何一つも成功しなかったってことだ。まぁ、全員病院送りになってるみてーだから相討ちっていや相討ちだけどよ。一応教えといてやるぜ。じゃ、あたしも寝るからよ…』

 そこまで言って樹は壁によりかかりあっという間に眠りに入ってしまった。

『…』

 ドーピングの2回打ちが更なる効果を発揮することは戦国原が調べ、レディとしてアジラナに実践させ確認済みだった。
 それがまさか1回打ちの雪ノ瀬瞬や、ましてや何も打っていない緋薙豹那と天王道眩に敗れるなど誰が想像できただろうか。

『…じゃあ、あたしからも1つ』

 ずっと戦国原に強めの視線を送っていた旋が次に口を開いた。

『ほら見ろ、あたしの言った通りだろ。だってさ、綺夜羅が』

 旋はもう今にもまぶたを閉じてしまいそうだ。

『それからあんた珠凛に謝んなさいよね。絶対キレてるから。あの子怒ると怖いんだからね』

 そこまで言って旋も床に座りこみダウンジャケットにくるまって寝る準備に入った。

『あ、そうだ。最後に言っとくけど、あんた優子ちゃんの気持ち傷つけたりしたら絶対許さないからね。そもそもあたしは許してなんてないけど』

 そして旋も眠りに入る。

『…あ、でも…愛羽を守ってくれたことはありがとう』

『…え?』

『これはあたしだけの言葉じゃないから。みんなが言ってくれって言うから言ってるだけだから。あんたを許す許さないの前に…愛羽をかばって撃たれちゃったってことは…あーもう無理。おやすみ…』

 そのまま旋も一瞬で眠りに落ちた。

『…』

 戦国原はその後しばらくの間1人で考えていた。

『…』

 スヤスヤと眠る愛羽と優子。相当疲れたのであろう樹は少しいびきをかき、逆に体育座りで死んだように寝ている旋。

 そして母親との約束。

 戦国原はその後、訳も分からず泣いていた。
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