第171話 ユビキリ
文字数 2,428文字
『…メイ…メイ…』
戦国原は声の方に振り返った。
辺りは深い霧?のような物で視界が悪いが向こうから人影が近付いてくる。
いや、この声は…
『お母さん?』
気付くと目の前には10年前に亡くなった母親が立っていた。
『お母さん…お母さん…』
こちらを見て優しく微笑む母親に戦国原はボロボロに泣きながら抱きついていった。
『まぁ。メイちゃん、大きくなったわね』
まるで7才の女の子のように涙も鼻水も垂らすだけ垂らして泣きじゃくる生き別れになった愛娘を母親も目元を潤ませながら抱きしめる。
『うぇ~ん…会いたかったよぉ、お母さ~ん…』
『あらあら。メイったら、相変わらず甘えん坊さんなんだから』
母親は彼女の背中を手でゆっくりトン、トン、としながら頭を後ろから前に向かって優しく撫でてやり、戦国原が落ち着くまでしばらくそうしていた。
『メイ、ごめんなさいね。お母さんあなたに謝りたかったの』
『どうして?』
『だってお母さん、あなたに何もしてあげられなかったから。遠足や運動会でお弁当も作ってあげられないし、授業参観も卒業式だって見に行けなくて、お誕生日もクリスマスも。それだけじゃないわ。もっと色んなお洋服いっぱい着させてあげて、いっぱいお出かけして色んな所に連れてってあげたかったのに、今日まで何もしてこれなかったのよ。ごめんなさい、メイ…』
『お母さんは悪くなんてない。悪いのは全部…』
戦国原は鷹爪や覚醒剤を使う奴らだと言おうとしたのを寸前でやめていた。大好きな母親に自分の今の姿をさらしてしまうことをためらってしまった。
『でもね、何より謝りたかったのは、あなたにこんなことをさせてしまったこと。こんなに怖いことをあなたにずっとずっと1人で考えさせてきてしまったことよ』
『…お母さん…知ってたんだ…』
『当たり前じゃない。いつだってあなたのことを見てるのよ?あなたが私のことを思ってくれるように、いつだってあなたのことを思っていたわ。でもね、メイちゃん。もう私のせいで苦しい思いをするあなたを見ていたくないの。だからこれからは前を向いて幸せに生きていってほしいの』
『お母さんのせいなんかじゃない』
『メイちゃん…お願い…』
鷹爪が死んでも母親が喜ばないであろうことは分かっていた。むしろ悲しむであろうことも。
だがあまりにも悲惨な事故に大好きな母親を奪われた少女には止まる理由がなかった。
でもこうして母親と再会し、その母親にこんな悲しそうな顔をされると申し訳なくなるばかりだった。
それに今はもう全て失敗に終わり、結局自分は撃たれてしまったのだ。だから今更拒む理由もない。
『お母さん、ボク死んじゃったんだ。だからもう大丈夫だよ。まぁ、きっとボクは地獄に行くけど』
『何言ってるの?あなたは生きるのよ』
『え?何言ってるのって。だってボクは撃たれて…』
死んだからお母さんと会えたんでしょ?
『あなたは小さい頃から友達を作るのが下手だったから、心配していたの』
鷹爪に近付く為にグループに入ってからは愛想良く人付き合いをしてきたが、それまでの彼女は母親の言う通り親しい友達が特にいない孤独な少女だった。
『でも今のあなたにはちゃんとお友達がいて、お母さんそれを見てすごい安心しちゃった』
『…友達?』
ボクに友達なんて…
『いいえ。あなたお友達をちゃんと守ったじゃない。だからお友達もあなたのことを守ってくれたのよ?』
暁愛羽のことを言っているらしい。でも、あれは別に…
『彼女だけじゃないわ。あなたのことを私やお父さんのように大切に思ってくれる人達が今のあなたの周りにはいるし、これからももっと素敵なお友達を増やしていってほしい』
『ボクは別に友達なんて…』
戦国原はそこまで言われても意志を曲げようとしなかった。それを見て母親は困ったように笑い、でも彼女が本当は素直になれないだけなのだということをなんとなく感じていた。
『メイちゃん。あなたはこのまま生きるの。だからもうすぐ私たちはまた会えなくなる。もう2度とこんな風に会うことはできないかもしれない。ううん、多分もう会えないと思う。だからちゃんと笑ってお別れしましょう?お母さんはそうしたいわ』
母親はそう言うと左の手の小指以外を握り差し出した。
『だから約束して。これからはお友達を大切にして前を向いて生きるって。私はあなたが幸せに生きてくれることを祈って、これからもずっと見守っているから』
『でも…』
戦国原は戸惑っていた。母親を安心させてあげて自分だって笑顔で別れたいが、ここまでした自分が愛羽たちと友達だなんてありえないと思っていた。仮に愛羽がいいとしても他の人間が自分を受け入れることはないだろう。普通に考えてそんなバカな話はない。
何よりも自分には無理だと思っている。そんなすぐに人は変われはしない。
『そうね。とても難しいことかもしれない。でも1歩ずつでもいいから、あなたには前を向いて歩いていってほしいの』
母親は戦国原の小指と自分の小指を絡ませた。
『ゆーびきーりげーんまーん♪』
母親はそこまで歌って戦国原の顔を覗きこんで笑いかけた。
昔からそうだった。約束ごとをする時は母親から歌い始め、次を戦国原が歌い最後は2人で終わる。
『…うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます♪』
『ゆーびきった!
ゆーびきった!』
大好きなお母さんを笑わせてあげたい。安心して見守っていてほしい。ただその一心で戦国原は涙ながらだが歌った。
もちろん不安の方が多いが彼女はもう後ろは振り向かないと笑顔で約束した。
これが大好きなお母さんへの最初で最後の親孝行だからだ。
『ありがとうメイ。私の大切なメイちゃん。私の所に生まれてくれて、本当にありがとう』
霧が急に濃くなっていく。
母親はもう1度愛する娘のことを抱きしめた。それで戦国原は別れの時が来たのだと思った。
『お母さん。ボクのこと産んでくれてありがとう…本当に…本当にいっぱいありがとう…』
戦国原は声の方に振り返った。
辺りは深い霧?のような物で視界が悪いが向こうから人影が近付いてくる。
いや、この声は…
『お母さん?』
気付くと目の前には10年前に亡くなった母親が立っていた。
『お母さん…お母さん…』
こちらを見て優しく微笑む母親に戦国原はボロボロに泣きながら抱きついていった。
『まぁ。メイちゃん、大きくなったわね』
まるで7才の女の子のように涙も鼻水も垂らすだけ垂らして泣きじゃくる生き別れになった愛娘を母親も目元を潤ませながら抱きしめる。
『うぇ~ん…会いたかったよぉ、お母さ~ん…』
『あらあら。メイったら、相変わらず甘えん坊さんなんだから』
母親は彼女の背中を手でゆっくりトン、トン、としながら頭を後ろから前に向かって優しく撫でてやり、戦国原が落ち着くまでしばらくそうしていた。
『メイ、ごめんなさいね。お母さんあなたに謝りたかったの』
『どうして?』
『だってお母さん、あなたに何もしてあげられなかったから。遠足や運動会でお弁当も作ってあげられないし、授業参観も卒業式だって見に行けなくて、お誕生日もクリスマスも。それだけじゃないわ。もっと色んなお洋服いっぱい着させてあげて、いっぱいお出かけして色んな所に連れてってあげたかったのに、今日まで何もしてこれなかったのよ。ごめんなさい、メイ…』
『お母さんは悪くなんてない。悪いのは全部…』
戦国原は鷹爪や覚醒剤を使う奴らだと言おうとしたのを寸前でやめていた。大好きな母親に自分の今の姿をさらしてしまうことをためらってしまった。
『でもね、何より謝りたかったのは、あなたにこんなことをさせてしまったこと。こんなに怖いことをあなたにずっとずっと1人で考えさせてきてしまったことよ』
『…お母さん…知ってたんだ…』
『当たり前じゃない。いつだってあなたのことを見てるのよ?あなたが私のことを思ってくれるように、いつだってあなたのことを思っていたわ。でもね、メイちゃん。もう私のせいで苦しい思いをするあなたを見ていたくないの。だからこれからは前を向いて幸せに生きていってほしいの』
『お母さんのせいなんかじゃない』
『メイちゃん…お願い…』
鷹爪が死んでも母親が喜ばないであろうことは分かっていた。むしろ悲しむであろうことも。
だがあまりにも悲惨な事故に大好きな母親を奪われた少女には止まる理由がなかった。
でもこうして母親と再会し、その母親にこんな悲しそうな顔をされると申し訳なくなるばかりだった。
それに今はもう全て失敗に終わり、結局自分は撃たれてしまったのだ。だから今更拒む理由もない。
『お母さん、ボク死んじゃったんだ。だからもう大丈夫だよ。まぁ、きっとボクは地獄に行くけど』
『何言ってるの?あなたは生きるのよ』
『え?何言ってるのって。だってボクは撃たれて…』
死んだからお母さんと会えたんでしょ?
『あなたは小さい頃から友達を作るのが下手だったから、心配していたの』
鷹爪に近付く為にグループに入ってからは愛想良く人付き合いをしてきたが、それまでの彼女は母親の言う通り親しい友達が特にいない孤独な少女だった。
『でも今のあなたにはちゃんとお友達がいて、お母さんそれを見てすごい安心しちゃった』
『…友達?』
ボクに友達なんて…
『いいえ。あなたお友達をちゃんと守ったじゃない。だからお友達もあなたのことを守ってくれたのよ?』
暁愛羽のことを言っているらしい。でも、あれは別に…
『彼女だけじゃないわ。あなたのことを私やお父さんのように大切に思ってくれる人達が今のあなたの周りにはいるし、これからももっと素敵なお友達を増やしていってほしい』
『ボクは別に友達なんて…』
戦国原はそこまで言われても意志を曲げようとしなかった。それを見て母親は困ったように笑い、でも彼女が本当は素直になれないだけなのだということをなんとなく感じていた。
『メイちゃん。あなたはこのまま生きるの。だからもうすぐ私たちはまた会えなくなる。もう2度とこんな風に会うことはできないかもしれない。ううん、多分もう会えないと思う。だからちゃんと笑ってお別れしましょう?お母さんはそうしたいわ』
母親はそう言うと左の手の小指以外を握り差し出した。
『だから約束して。これからはお友達を大切にして前を向いて生きるって。私はあなたが幸せに生きてくれることを祈って、これからもずっと見守っているから』
『でも…』
戦国原は戸惑っていた。母親を安心させてあげて自分だって笑顔で別れたいが、ここまでした自分が愛羽たちと友達だなんてありえないと思っていた。仮に愛羽がいいとしても他の人間が自分を受け入れることはないだろう。普通に考えてそんなバカな話はない。
何よりも自分には無理だと思っている。そんなすぐに人は変われはしない。
『そうね。とても難しいことかもしれない。でも1歩ずつでもいいから、あなたには前を向いて歩いていってほしいの』
母親は戦国原の小指と自分の小指を絡ませた。
『ゆーびきーりげーんまーん♪』
母親はそこまで歌って戦国原の顔を覗きこんで笑いかけた。
昔からそうだった。約束ごとをする時は母親から歌い始め、次を戦国原が歌い最後は2人で終わる。
『…うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます♪』
『ゆーびきった!
ゆーびきった!』
大好きなお母さんを笑わせてあげたい。安心して見守っていてほしい。ただその一心で戦国原は涙ながらだが歌った。
もちろん不安の方が多いが彼女はもう後ろは振り向かないと笑顔で約束した。
これが大好きなお母さんへの最初で最後の親孝行だからだ。
『ありがとうメイ。私の大切なメイちゃん。私の所に生まれてくれて、本当にありがとう』
霧が急に濃くなっていく。
母親はもう1度愛する娘のことを抱きしめた。それで戦国原は別れの時が来たのだと思った。
『お母さん。ボクのこと産んでくれてありがとう…本当に…本当にいっぱいありがとう…』