第30話 オッサン先生

文字数 3,776文字

 チーム綺夜羅は旋の希望通り白桐優子に会う為、こちらも全員で厚木方面を目指していた。

『別にみんなで来ることなかったのによ』

 綺夜羅は旋と珠凛と3人で向かうつもりだったのだが、掠は当然そんなこと許さず、そうなると数も燃もついてくることになり結局全員で向かうことになった。

『つーか場所分かんのか?』

『うん。今朝絡んできた子たちが着てた学ランのボタンが厚央のだった。厚央で間違いないはず』

『厚央か…』

 厚木中央高校。略して厚央と呼ばれ、極めて危険なヤンキー校ということで知られる有名な高校だ。
 元々共学だったのだが今は女子しかいない。

 だがその噂はとても女子だけの学校とは思えなかった。

 教師に対する暴力事件に始まり学校はすでにその役割を果たしておらず、少女たちは学校全体で組織となり街に繰り出してはケンカ、恐喝、オヤジ狩りと、とても狂暴だった。
 援助交際を偽り誘い込み罠にはめバラさない代わりに金を要求したり、そうでもなければ警察に突きだし示談金を払わせたりと悪知恵も働きとても10代の女の子とは思えなかった。

 綺夜羅たちはそんなこと知りもしなかったが、厚央へ向かう中で綺夜羅は咲薇の手紙が一瞬頭をよぎった。

(そういえば咲薇の手紙に最近神奈川が物騒とかなんとか書いてあったな…あれってどこのことだったんだ?)

 手紙には場所や内容まで詳しくは書いてなかった。

『…まぁ、関係ねーか』

 単車で走り風の中綺夜羅はそれを心の中に再びしまった。

『え?ねぇ、これ学校やってんの?』

 問題の厚央に着いて門の前に立ってみた掠の1番最初の感想だった。

 おそらく全員同じことを思っただろう。

 敷地の外から見ても学校中あちこちのガラスが割られ、どうやって描いたのか分からない位校舎の高い所まで落書きがしてあった。
 車や単車が停めやすいように停めてあり人がいるらしいことは見て取れたが不気味な雰囲気が漂っている。
 とにかく静かで笑い声や話し声どころか椅子を引く物音すら聞こえず、何かこう活気や生気、そういうものが全く感じられなかった。

『…昼間なのにお化けでも出そうだね』

 すごく嫌な予感がすると燃は言いたそうだった。

『何ビビってんだよ。こんな明るいのにそんなもん出てたまるかよ』

 綺夜羅は言うがみんななかなか中に1歩を踏み出せずにいた。

『何か用ですか?』

 いきなり後ろから声がした。

『うわっ!』『きゃっ!』『うぉぉぅっ!』

 あまりにも突然だったのでみんな本気で驚き情けない声を出してしまった。みるとすぐ後ろに中年の男が立っていた。

『…あ~ビックリした。なんだよオッサン、心臓すっ飛ぶかと思ったじゃねーかよ』

『あー、これは悪いことをした。すまなかったね』

 優しそうな感じの男だ。髪は白髪交じりでメガネをかけた50過ぎの中年でヒゲを生やしている。
 見た感じは人の良さそうな人物だった。

『君たち高校生かい?こんなとこにいると危ないよ?私はここの教師なんだけど、この学校に何か用事かい?』

『ん?オッサンがここの先公?』

 数がいかにも怪しむような目で男を覗き見るようにし、それに続き綺夜羅も至近距離でジロジロ見ている。

『こら、やめなさいよあんたたち失礼ね』

 燃が2人の服を後ろから引っ張ってやめさせようとしたが男は笑っていた。

『ははは、いいんだよ。教師のくせに学校の外でフラフラして、変だと思わない方がおかしい』

『オッサン先生はこんなとこで何やってんだ?』

『ぷっ…オッサン先生…』

 綺夜羅がそんな呼び方をするとそれが掠のツボにはまった。

『今、学校の周りのゴミ拾いをしてきてね。1周回り終わったとこなんだよ』

 男は大きなゴミ袋を2つ持ち、片方はカンなど燃えないゴミ。もう片方はタバコの吸いがらや箱、その他もろもろのゴミでいっぱいだった。

『…オッサン先生…ぷはっはっは!』

 掠はまだ引きずっている。

『先生は校長先生ですか?』

『いやーいや、私は担任をしているよ。一応美術を教えることになってる』

『へぇー』

 へぇーと言いながら、ん?という顔をみんながしているのに気付き男は続けた。

『クラスを受け持って授業するはずの先公がなんでこんな時間にボランティア活動なんてしてるんだと思ったのだろう?…恥ずかしながら、この学校ではまともに行われてる授業なんてないよ。学級崩壊どころじゃない。学校崩壊さ』

 そこまで教師がはっきり言ってしまえるのも悲しい気がする。

『もう今年で何年になるのかな…ここは今学校としての役目を何一つ果たせてない所なんだ。元々この辺りでは悪い方の学校だったけど、ここ3年位が過去最大級に悪くてね。職員も最初は頑張っていたんだけど、教師に対する暴力や圧力が後をたたなくてね。みんな何も言えないし、今じゃ学校に来たって職員室からほとんど出ない』

 噂通り。いや、それ以上である。

『だからゴミなんて拾ってるの?』

 掠はあまり理解できていないという顔だ。

『うーん…だからと言うか、私は今でもこの学校をなんとかしたいんだ。本当はね…』

 男はどこか寂しそうに笑って話を続けた。

『…まぁ、できることなんて大してないんだけどね。落書きだって何回も消したし割られたガラスだって直した。でも何回消しても何回直しても、次の日にはもう壊されてる。ガラス代だってバカにならないし心なんて何度も折れたよ。その内せっかく描いたものを消すなと言われたり暴力を振るわれたりしだして結局誰もしなくなってしまった…だけど、せめて学校の中や周りを綺麗にしたいと思ってね。それしかできなくてもやれることがあるなら何かし続けたいと思ってるんだ。綺麗な学校でいつかはちゃんと役目を果たせるようにしたい。だから私はゴミ拾いをね、今はしているんだ』

 大人のくせにだらしないと思ってしまいそうだが、この中年の志しは真っ直ぐに感じた。

 美術の教師のくせに上下ジャージ姿で軍手をはめ、おそらく誰に誉められる訳でもないのに大きなゴミ袋いっぱいのゴミを毎日拾っている姿がなんとなく想像できたからだ。

 綺夜羅は腕を組み、学校全体を眺めるようにしてからアゴをつまんで言った。

『よし!オメーら、あれ消すぞ。オッサン先生、消す道具貸してくれよ』

『え?』

 まさか、本当に消すと言うのか?

 その気持ちは嬉しかったがさすがに他の学校の生徒に消させるなんてできない。
 危険だ。消していただけでひどい目に合わされた教師だっている。

『いや、いや、やめておこう。何かあったら困る』

『うるせーなぁ。んなこと気にしなくていいから早く道具貸せよ』

『いや、でも…』

『あっ、オジサン先生。多分もうこいつに何言っても聞かないから悪いんだけど道具と消し方教えてあげて』

 掠が言うと男はしぶしぶ道具を取りに行った。
 それに続いて綺夜羅たちも学校の中に入っていった。

 タワシにデッキブラシ、洗剤にシンナーなどを受け取るとチーム綺夜羅は作業に取りかかった。

『あの、ところで君たちは一体…』

 綺夜羅も掠も燃も数も早速落書きをこすり始めた。後の話は旋と珠凛に任せると言わんばかりだ。

 旋が聞きたいことは1つ。

『先生、ここに白桐優子さんっていますか?』

『白桐?君たちは白桐の知り合いなのかい?』

『はい。昔お世話になってた先輩で、ここにいるらしいことを知って会いに来たんですけど』

『そうだったのか、白桐の…』

 どうやらやはり優子はここにいるらしい。そしてここで思わぬ情報が入ってきた。

『私は白桐の担任だよ』

『え!?本当ですか!?』

『うん、まぁ担任というか顧問というかね』

 顧問というのは意味が分からなかったが一気に旋のテンションは上がった。

『じゃあ、よく知ってるってことですよね!?』

『そうでなくても白桐はこの学校の中で1番目立ってるから知らない人なんていないよ。下級生も同級生も誰も白桐には刃向かわないし言うことも聞いてるみたいだしね。古い言い方かもしれないが番長と言うのかな。この学校の中心は間違いなく白桐優子さ。私たちが見てもわかるよ』

 今朝旋と珠凛が絡まれていた時も優子の一声で引っくり返るように女たちは行ってしまった。

 番長というのも言いすぎではないかもしれない。

『君たちは…昔というと中学の時の後輩かな?』

『あ、はい。一緒だったのは、すごく短い間だったんですけど…』

 旋は優子の担任という男に自分と珠凛のことを簡単に話した。

 そして、謎の裏切りのことまで。

『…それは、なんとも不可解だね。何か例えば思い当たるような原因とかはないのかい?』

『なんにもない!あたしたちは優子ちゃん先輩が一緒にって言うから転校したの。じゃなかったらあたしたちだって残ってた』

『それなのに白桐は1人だけ転校せず残り、会えばその後も今ももう2度と目の前に現れるな、か。…うーん。私にとって白桐はとても親しみやすいし唯一言葉を交わせる生徒なんだがなぁ…』

 男は困り顔で首をかしげた。

『え?…でも先生、優子ちゃんは番長だって…』

『あぁ、もちろんこの学校の番長は白桐だよ。でもね、私はあの子と付き合いがあるから思うのだけど、白桐は悪い子じゃない。君たちにそうしたのもひょっとしたら何か訳があったのかなと思うんだ』

 旋も珠凛もその言葉にとても興味を示した。

『よかったら私の知っている白桐の話をしよう』

 2人は頷き聞き入った。
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