第174話 オトヒメサマノユメ

文字数 1,031文字

『ちわーす』

 CRSとの戦いが終わり、また普段の日常に戻った週末、麗桜は樹のジムを訪れていた。

 中ではすでに勢いよくグローブで打つ音が響いている。

 リングで樹がスパーリング中らしい。

 バン!バン!ズダン!ズダン!

『おぉ…』

 気合いの入る樹に麗桜は思わず声を漏らしていた。

 相手をしているのは優子だ。樹が打てば優子が蹴り返す。樹が蹴り返せば優子が打ち返す。
 打ち合う技はほぼ互角。しかしやはり優子に余裕が見える。

『ん?おう!ピンク頭!』

『あ?なんだ麗桜いたのかよ!』

 2人はやっと麗桜に気付いて打ち合うのをやめた。

『気合い入ってんね、樹さん。もう何本目?』

『あ?あー、今で丁度50だ』

『ご!50!?これ何分やんの!?』

『3分やって30秒空けて3分やってのエンドレスだ』

『3分!?』

 もう3時間、打ち合いっぱなしということになる。

『おーよ。こんないい練習相手いねーからな。やらなきゃやらねーだけ損だろ?』

 優子相手に3時間は1度やり合ったことがある麗桜からすると正直気が引けた。
 だがこの2人ときたら、てんで楽しそうだ。

『ねぇ樹ぃ。あたしお腹減った~』

 優子が転校してきて数日一緒に過ごしているので麗桜は分かっていたが、白桐優子の表情はもうCRSの総長の時とは別人だった。

 想像していたよりも全然女の子だったし、旋や珠凛が言っていた通り先輩というよりは友達になろうとしてくる。

 よく笑うし、喋っているとずっとふざけている。

 ちなみに優子は愛羽たちと同じクラスだ。

『なんだ?逃げんのか?あたしはまだまだ足りてねーけどな』

 樹もそれ以来、今までにも増してトレーニングに励んでいる。もちろん優子も毎日付き合っている。

『は~?この人何言ってんの?あたしなんて足りないどころか毎日欲求不満だよ~?あたしはお腹が減ったの~。ちゃんとご飯食べたらまた稽古つけてやるから静火と唯にご飯作ってもらおーよー』

『言わせておけばこの女…くそっ!じゃあ飯食ったらもう50な!今日こそ絶対勝つ!』

『勝つのは無理じゃな~い?』

『うっせ!絶対勝つ!…1回位は…』

 優子に負けたことが相当悔しかったんだろうなと麗桜は思っていた。
 だが樹の気合いの入り方は単純に悔しさから来ているものとも思えなかった。

『すごいね樹さん。もしかしてプロでも目指すの?』

『あ?』

 しかし樹は当然のように普段通りのセリフを言った。

『バカ麗桜。あたしがなりたいのは1つだ』

 神奈川で1番かっこいい女になる。それがあたしの夢だ。
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