第60話 萼と浬の気持ち
文字数 1,760文字
咲薇は鏡叶泰の件でこれの少し前に謝罪の手紙を萼と兵庫陽炎朱雀の
弁解というのではなく、ただひたすら謝り続けるだけの内容だったが萼は納得できなかったし怒れなかった。
大切な人を殺されて疎井冬のように咲薇を憎み殺意を抱き、もう2度と顔も思い出したくない位に思うのがおそらく普通の人の感じ方だろう。
だが咲薇をあんなに目の敵にし、チームから破門にするのと同時にケジメという卑劣な暴力を振るった萼は咲薇に同情にも近い感情を持ってしまっていた。
それが自分でもよく分かるから自分に腹を立てている。
そんな中今回届いたのは謝罪の手紙ではなかった。
「椿原萼様
今回あたしがこうして手紙を書いているのは申し訳ないのやけど謝罪の為やなく、1つお願いがあるからです
実は最近、神奈川の方が物騒なことになっとるらしいのやけど大阪ではテレビのニュースなんかで見たりしませんか?
何か根拠があるのか言うたらないねんけど、何故かずっと嫌な予感がしてんねん
それは綺夜羅にも手紙で伝えたんやけど、きっとあの子らは何かあったら巻きこまれて絶対無茶をすんのやと思てます
こんなことをあたしがあんたにお願いするなんておかしいことやというのは分かってます
でもあたしには他に頼める人なんておれへん
今、神奈川で覚醒剤が流行ってるみたいで中でも10代の子がその標的になっとるらしい
これがあたしの考えすぎで何もないのならそれでえぇけど、もしあんたが偶然でも気まぐれでも頼まれてくれるという時は、どうかあたしの姉妹たちを助けたって下さい
どうかお願いします
突然無理なことを言うてごめんなさい
風矢咲薇 」
萼は送られてきた手紙をグシャグシャにして投げた。
『勝手なことぬかしよって』
萼は咲薇がこうなってしまったことに本当は責任を感じていた。
自分があんな形で咲薇から叶泰を奪って苦しめたりしなければ咲薇の中で人格が別れたりしなかったのではないかと思っている。
仮にそうだとしても咲薇の罪は消えないし、そうならなかったとは言いきれないかもしれない。
だがもし自分が違っていたら2人の人間を助けられたのかもしれないと思うと責任を感じずにはいられなかった。
『おい浬!…おいアホ女ぁ!!』
萼は向こうの部屋で必死にTVゲームに夢中になっている誘木浬を呼んだ。
ドタドタと足音が勢いよく近づいてくる。
『コラァ萼!あたしのが年上やねんぞ!せめてちゃんとかさんとか付けてやなぁ』
『へっ。年上なら年上らしいとこ、ちっとは見してみーや』
『なんやと!?』
この2人はあれからわりと一緒にいることが多く、こんなだが仲は悪くない。
というのも前回の大阪戦争を通して、大阪、兵庫、京都で同盟が結ばれたのだ。
言い出したのは京都不死鳥の嵐山イデアだったが、天王道眩がケロッと即答でそれをOKすると浬に萼、槐たちも流れに乗るしかなく、これからは争うのではなく共に関西をまとめていこうとなったのだ。
あの日あれだけ殴り合った2人も、咲薇、叶泰、疎井冬のことを思うと頷くしかなかった。
自分たちよりもツラい人がいる。
疎井冬は憎むべき咲薇の裁判(審判)に、その咲薇を弁護する為に法廷に立った。
そして自分と咲薇が二重人格であるということを証明してみせた。
そんな姿を見ておいてつまらない意地など張れなかったのだ。
似たような境遇である2人は互いの痛みもよく分かったのだろう。
今ではこうして毎日のように浬は萼の家にいる。
『なんや?この手紙』
浬は丸められた便箋を丁寧に開いていき目を通していく。
『…ははーん、分かった。萼、お前行きたいのにまた変な意地が邪魔しとんのやろ。せやからあたしに背中押してほしーねんな?』
『バッ!違うわボケぇ!こんなん来てたん見せんと捨てたら後で何言われるか分からへんから見したったんや!』
『あ~そーでっか。ま、えぇわ。早よ支度せぇや』
『…なんやお前、行く気なん?』
『ははっ!浬ちゃんが連れてってあげまっせ』
『うっさいわボケ』
何かを償いたい萼。そしてそんな萼や咲薇に何かしてあげたい浬。
2人は神奈川に向かうことを決めた。