第36話 大砲

文字数 1,718文字

『ちょっと姉さん本当に行くの!?』

 ここは大阪。天王道姉妹の妹の天王道煌(てんのうどうきらめ)とあの疎井冬(まばらいふゆ)は、姉の天王道眩(てんのうどうまばゆ)の突然の行動に振り回されていた。

『もう!ちょっと姉さん!』

 スタスタと1人でさっさと行ってしまおうとしていた眩だったがさすがに足を止めた。

『なんやねんな~、ほんな後ろからギャーギャー言われとったらあたしが悪いことしたみたいやんか。違うで?あたしはえぇことしよ思て行くねん。煌はホンマすぐ怒んねん、カルシウム取りやー』

『姉さんってば、ちょっと落ち着いて。京都や兵庫に行くのと違うのよ?関東よ!?しかもいきなり何のあてもなく。無鉄砲にも程があるわよ!』

 煌は無鉄砲どころかもう大砲のようなこの姉をなんとか落ち着かせて止まらせようとしていた。

『関東なんて新幹線乗ったらすぐやないか。各駅停車で京都行って兵庫回ってくるのより早いやん。何があかんねん』

『時間のこと言ってるんじゃないのよ。すぐとかすぐじゃないとかの問題じゃないの。姉さん1度でも関東なんて行ったことあるの?ないじゃない!』

『あたしかて今いくつや思てんねん。今の時代目ぇつぶってても神奈川位行けるわ。お前はあたしのことそんなにアホやと思とんのか?心配しすぎや』

 もはや眩に待てと言っても煌に心配するなと言っても両方不可能である。


 天王道姉妹とは大阪喧嘩會というチームを作った生きる伝説とまで歌われる2人姉妹で、妹の煌は「魔神」姉の眩は「死神」という異名をつけられている程で、特に姉の眩は関西一強い女と恐れられ大阪のみならず周りの地域でも彼女を知らない者はいない。


 夏の白狐をめぐった関西全面戦争の時、白狐(疎井冬)が関西中から狙われ命すら危ういと知り2人は冬を守る為に激戦の地へ現れ、煌は瞬、眩は樹と琉花、そして神楽と戦い、その恐るべき実力を見せつけた。

 あの日以来この3人はまた仲良くつるむようになっていた。

 今何故眩が関東に行くなどと言っているのかというと、それもあの日に遡る。

 眩と樹、琉花がやり合っていた時のことだ。

 激しい戦いの中だったのでどちらかは分からないが、首から指輪をネックレスにかけて下げているのが見えた。

 そのネックレスが3人でもみ合っていた中で切れてしまったのだ。
 当の本人はそれに気付いてなかったが眩にはそれが一瞬見えていた。

 もちろんその時はそんなこと言ってる状況ではなかったので、その後神楽が現れ更に激しい戦いを繰り広げるともう指輪のことなど忘れてしまっていた。

 ところが自分たちのいる建物がどうやら燃えているということに気付き争うのをやめ、建物内にいる他の人間たちに声をかけ脱出しようということになり手分けして逃げ遅れている人たちを探し走り回る中でまたそこを通った時、なんと偶然またその指輪を見つけたのである。

『そうや!さっき切れて落ちとったな。後で渡したろ!』

 それをポケットにしまい、残っていた愛羽たちや綺夜羅と他の人間にも火事を知らせ、なんとか全員脱出したのだ。

 咲薇が助かり冬に土下座し、冬は刀を抜くも思い止まりその場を去った。
 そして眩と煌もそれに連れ添い消えていったのだ。

 あれからもう2ヶ月が経ち、つい昨日たまたまあの日脱いで部屋でそのままになっていた特攻服をいい加減洗濯してたたもうとした時、ポケットからそれが落ちてきた。

『あれ?なんやこれ?…』

 数秒かかったが消えていた記憶は完全に甦り眩は大声をあげ引っくり返ったのだった。



『もう、姉さんは人が良すぎるのよ。そんなの捨てちゃえばいいじゃない。あんな神奈川だかどっかの奴らの物なんて』

『そう言うてもあたしが忘れとったせいで渡せなかったんや。後味悪いやん。これでまた渡せへんかったらまた忘れてもうてあたしはホンマにやろうと思ったことやれへん女になってまうやん。そんな気持ち悪いの絶対嫌や!せやから行くねん』

 横では冬がニコニコしながら見ている。

『煌ちゃん、いいじゃない。たまにはお出掛けしてみようよ』

 元はと言えばあんたのせいだ、とまでは煌も言えずため息をついた。

『えぇやんか煌。それに、前から1回行ってみたかったんや。神奈川』

 ということで3人はあてもなくぶらり旅に出ることになった。
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