第74話 こんにちは伴先輩
文字数 3,108文字
『こんにちは。伴先輩』
伴が駐輪場で単車にまたがろうとすると、すぐ後ろに戦国原が立っていた。
『あら…こんにちは、冥ちゃん。今日もとっても可憐ね。元気そうで何よりだわ』
もう転校してきて2ヶ月が過ぎ、愛羽たちの中では馴染みきっているこの謎の少女を伴は何故かまだ注意していた。
(考えすぎよ…ありえないのは分かっているわ)
パッと見、真面目っ子のガリ勉にしか見えないのだが何故か油断ができなかった。
見られてないはずなのに妙に視線が気になったり、言葉では説明できない圧力というか目で見えないオーラのようなものを感じてしまっている、としか言いようがなかった。
(だから…考えすぎなのよ。多分私は意外とこういう子が苦手なだけなのかもしれないわ)
ニコニコしながらこっちを見ている戦国原を見ると、そんなことを思う自分に罪悪感を覚えたがやはり気は抜けないままだった。
数日前のことだ。
『なぁ、冥ってボクシングとかやってたか?』
突然麗桜がそんなことを言い出した。
『へ?ボクがですか?』
それには理由があった。
少し前に愛羽たちがお昼休みにみんなで外でお弁当を食べていると、そのすぐ目の前で野球部の男子がキャッチボールを始めたのだ。
『ちょっと!こっちにボール飛ばさないでよね!』
蓮華がそう言って注意するも案の定暴投が出て取り損なわれたボールは真っ直ぐ愛羽たちの方へ飛んできた。
野球部の人間が振りかぶって投げた速球をその距離で不意に反応などできる訳がないのだ。
10数メートル先から愛羽たちの本当に目の前にいる男子に向かって投げ込んでくる。
もちろん愛羽たちは暴投があるなど思ってもいないしボールに集中などしていない。
ということは目でそれに気づいてから0、0何秒で反応しなければならない。
普通の人間ではまず無理だ。
だがそれを戦国原は首の動きだけでよけた。
顔色1つ変えずに。
麗桜はそれを真横で見ていた。
正直ゾッとした。
ボクシングをやっていた麗桜でもおそらくよけられなかったと感じた。
つまり戦国原は少なくとも麗桜以上の動体視力と反射神経を持っているはずなのだ。
そうでなければ最初から分かっていたとか未来が見えていた、とでも言う他ありえない。
そう思えた。
『冥ちゃん大丈夫!?』
『今のよくよけれたわね!』
驚いた愛羽と蓮華が声をかけるが本人はとぼけた様子で言う。
『えっ?あっ、いや、今、たまたま首を回した所にいきなりボールが飛んできて…』
いや…そんなはずはない。今確かにまばたきもせずによけた。
少なくとも麗桜にはそう見えた。
ただ確信はなく、よりによってこの戦国原に限ってそんなことも信じられず、本当にたまたまだったのかもしれない、むしろその方が現実的と、その時は自分に言い聞かせたのだが、やはりそのことが忘れられずおもいきって聞いてみたのだ。
『ボクシングなんて、やりたいと思ったこともないですよ』
戦国原は眼鏡をかけた小動物のような顔で答えた。
『何言ってんだよ麗桜。こいつがそんな殴り合いなんてできるような奴だと思うか?あ、さては冥のことも弟子にしようとしてんのか?やめとけって。お前の弟子は蓮華1人で十分だろ?』
玲璃が呆れ顔で言う。
『…あっ、あぁ、そうだよな!ワリーワリー変なこと聞いてごめんな、冥』
『いいえ、全然平気です』
しかし似たようなことを思っているのは麗桜だけではなかった。
『あら、私は分かるわよ。冥ちゃんはきっとバレエとかやってたんじゃない?』
今度は蘭菜が思い出したように言う。
『バレエ?』
『えぇ、そうよ。冥ちゃんってすごく姿勢がいいのよ。立っていても座っていても。歩き方なんてとっても綺麗で、私いつも見てしまうんだけど。最初はね、空手か何か武道をしているんじゃないかって思ったんだけどバレエと思えば納得できて。どう?冥ちゃん、当たり?』
『いえ、ボクは何も習ったりしたことないですよ?』
『え?本当に?』
『はい』
蘭菜は明らかに納得がいかなそうだが本人がニコニコして言う以上仕方なく、それ以上聞くこともできなかった。
自身も武術を多数経験してきた蘭菜だから思う所があったのだ。
そして、ずっと黙って聞いていた風雅もやはり同じことを思っていた。
(嘘だ…剣道、と僕も聞こうとした。姿勢がいいのもそうだけど、それ以上に彼女には全く隙がない。どこからかかっていっても1本取れる気がしない…)
だからといってどうということはない。
彼女が友達であることに変わりはないと、誰もが思っていた。
『今日はもうお帰りなんですか?』
『え、えぇ。今日はこれから友達のお見舞いに…』
『そうですか。伴先輩も気をつけてくださいね』
そう言うと戦国原はニコッとした。
『ありがとう…じゃあ私、行くわね』
伴は自分のCBX550Fにまたがると走り出し学校を出た。
どうやらつい先程神楽が目を覚ましたらしく龍玖から連絡が来たので学校を早退して病院に向かうことにした。
体も所々縫っているのでまだ退院はできないが、話はできるということなので改めて会って色々話したいこともある。だが何よりもまずは心配だったのだ。
友達を思う気持ちが彼女を走らせた。
しかし、そんな思いに付け入る隙を窺っている人物が伴の背後に迫っていた。
しばらく走った所で後方から単車の音が響いた。
ミラーで後ろに目をやると特攻服をまとった金髪の人物が迫ってきている。振り向くと見覚えのない女であることがまず分かった。
そして自分を目指しているようだ。
まず間違いなく敵。そして自分は相当親切なマークをされているようだ。
あっという間に自分の隣まで来るとこちらを向いて手を振った。
今時の暴走族にしてはずいぶん大きな単車に乗っている。
(Z1000R?何者なの?)
マスクではなくネックウォーマーで目元まで顔を隠しているが目が笑っているのが分かった。
するとその女はそのまま走りながら蹴りをくらわせにきた。
脅しではない。躊躇なく単車から蹴り落とそうという勢いだ。
伴は普段なら冷静だ。いちいち挑発に乗ったりなんてしないが、さすがに神楽がやられたことに対しイラ立っていたこともあり落ち着いて考えられる頭がなかった。
相手の特攻服にCRSというチーム名が堂々と刺繍されているのを見てしまったからである。
それが伴を熱くさせてしまった。
『やってやるわよ。クソッタレ!』
相手は続いて伴のハンドルを蹴ってきた。バランスを崩させ転倒させるつもりだろうか。
だが伴も負けじと蹴り合いに応じていった。
大通りをある程度の速度で走りながら互いに一歩も引かず蹴り合っていく。
その勝負は一見互角だが敵の狙いはそもそもそんな所になかった。
伴が気づいた時にはすぐ目の前の横断歩道を小さい子供たちが保育園の団体で手を上げながら渡っていた。
相手はここぞとばかりに蹴りながら幅寄せし、絶対によけられないであろう道路の端へと伴を追いやる。
(この女、くそっ!正気なの!?)
もう急ブレーキでは間に合わない。それでは確実にひいてしまう。金髪の女もまだどかない。
ねぇ龍玖。
私、いつかあなたのお嫁さんになって可愛い子供を産めるかしら。
それが私の夢なの…
伴は一歩手前で歩道に乗り上げそのまま吹っ飛んでいった。子供たちの団体とは間一髪接触せずに済んだが当の伴は見るも無惨な有り様になってしまった。
単車は歩道脇の柵を越え建物に激突し、伴は体ごと投げ出されコンクリートの壁に顔面から叩きつけられ子供たちのすぐ目の前まで転がっていった。
金髪の女はそれを横目で確認しながら子供たちをよけて走り去っていった。
伴が駐輪場で単車にまたがろうとすると、すぐ後ろに戦国原が立っていた。
『あら…こんにちは、冥ちゃん。今日もとっても可憐ね。元気そうで何よりだわ』
もう転校してきて2ヶ月が過ぎ、愛羽たちの中では馴染みきっているこの謎の少女を伴は何故かまだ注意していた。
(考えすぎよ…ありえないのは分かっているわ)
パッと見、真面目っ子のガリ勉にしか見えないのだが何故か油断ができなかった。
見られてないはずなのに妙に視線が気になったり、言葉では説明できない圧力というか目で見えないオーラのようなものを感じてしまっている、としか言いようがなかった。
(だから…考えすぎなのよ。多分私は意外とこういう子が苦手なだけなのかもしれないわ)
ニコニコしながらこっちを見ている戦国原を見ると、そんなことを思う自分に罪悪感を覚えたがやはり気は抜けないままだった。
数日前のことだ。
『なぁ、冥ってボクシングとかやってたか?』
突然麗桜がそんなことを言い出した。
『へ?ボクがですか?』
それには理由があった。
少し前に愛羽たちがお昼休みにみんなで外でお弁当を食べていると、そのすぐ目の前で野球部の男子がキャッチボールを始めたのだ。
『ちょっと!こっちにボール飛ばさないでよね!』
蓮華がそう言って注意するも案の定暴投が出て取り損なわれたボールは真っ直ぐ愛羽たちの方へ飛んできた。
野球部の人間が振りかぶって投げた速球をその距離で不意に反応などできる訳がないのだ。
10数メートル先から愛羽たちの本当に目の前にいる男子に向かって投げ込んでくる。
もちろん愛羽たちは暴投があるなど思ってもいないしボールに集中などしていない。
ということは目でそれに気づいてから0、0何秒で反応しなければならない。
普通の人間ではまず無理だ。
だがそれを戦国原は首の動きだけでよけた。
顔色1つ変えずに。
麗桜はそれを真横で見ていた。
正直ゾッとした。
ボクシングをやっていた麗桜でもおそらくよけられなかったと感じた。
つまり戦国原は少なくとも麗桜以上の動体視力と反射神経を持っているはずなのだ。
そうでなければ最初から分かっていたとか未来が見えていた、とでも言う他ありえない。
そう思えた。
『冥ちゃん大丈夫!?』
『今のよくよけれたわね!』
驚いた愛羽と蓮華が声をかけるが本人はとぼけた様子で言う。
『えっ?あっ、いや、今、たまたま首を回した所にいきなりボールが飛んできて…』
いや…そんなはずはない。今確かにまばたきもせずによけた。
少なくとも麗桜にはそう見えた。
ただ確信はなく、よりによってこの戦国原に限ってそんなことも信じられず、本当にたまたまだったのかもしれない、むしろその方が現実的と、その時は自分に言い聞かせたのだが、やはりそのことが忘れられずおもいきって聞いてみたのだ。
『ボクシングなんて、やりたいと思ったこともないですよ』
戦国原は眼鏡をかけた小動物のような顔で答えた。
『何言ってんだよ麗桜。こいつがそんな殴り合いなんてできるような奴だと思うか?あ、さては冥のことも弟子にしようとしてんのか?やめとけって。お前の弟子は蓮華1人で十分だろ?』
玲璃が呆れ顔で言う。
『…あっ、あぁ、そうだよな!ワリーワリー変なこと聞いてごめんな、冥』
『いいえ、全然平気です』
しかし似たようなことを思っているのは麗桜だけではなかった。
『あら、私は分かるわよ。冥ちゃんはきっとバレエとかやってたんじゃない?』
今度は蘭菜が思い出したように言う。
『バレエ?』
『えぇ、そうよ。冥ちゃんってすごく姿勢がいいのよ。立っていても座っていても。歩き方なんてとっても綺麗で、私いつも見てしまうんだけど。最初はね、空手か何か武道をしているんじゃないかって思ったんだけどバレエと思えば納得できて。どう?冥ちゃん、当たり?』
『いえ、ボクは何も習ったりしたことないですよ?』
『え?本当に?』
『はい』
蘭菜は明らかに納得がいかなそうだが本人がニコニコして言う以上仕方なく、それ以上聞くこともできなかった。
自身も武術を多数経験してきた蘭菜だから思う所があったのだ。
そして、ずっと黙って聞いていた風雅もやはり同じことを思っていた。
(嘘だ…剣道、と僕も聞こうとした。姿勢がいいのもそうだけど、それ以上に彼女には全く隙がない。どこからかかっていっても1本取れる気がしない…)
だからといってどうということはない。
彼女が友達であることに変わりはないと、誰もが思っていた。
『今日はもうお帰りなんですか?』
『え、えぇ。今日はこれから友達のお見舞いに…』
『そうですか。伴先輩も気をつけてくださいね』
そう言うと戦国原はニコッとした。
『ありがとう…じゃあ私、行くわね』
伴は自分のCBX550Fにまたがると走り出し学校を出た。
どうやらつい先程神楽が目を覚ましたらしく龍玖から連絡が来たので学校を早退して病院に向かうことにした。
体も所々縫っているのでまだ退院はできないが、話はできるということなので改めて会って色々話したいこともある。だが何よりもまずは心配だったのだ。
友達を思う気持ちが彼女を走らせた。
しかし、そんな思いに付け入る隙を窺っている人物が伴の背後に迫っていた。
しばらく走った所で後方から単車の音が響いた。
ミラーで後ろに目をやると特攻服をまとった金髪の人物が迫ってきている。振り向くと見覚えのない女であることがまず分かった。
そして自分を目指しているようだ。
まず間違いなく敵。そして自分は相当親切なマークをされているようだ。
あっという間に自分の隣まで来るとこちらを向いて手を振った。
今時の暴走族にしてはずいぶん大きな単車に乗っている。
(Z1000R?何者なの?)
マスクではなくネックウォーマーで目元まで顔を隠しているが目が笑っているのが分かった。
するとその女はそのまま走りながら蹴りをくらわせにきた。
脅しではない。躊躇なく単車から蹴り落とそうという勢いだ。
伴は普段なら冷静だ。いちいち挑発に乗ったりなんてしないが、さすがに神楽がやられたことに対しイラ立っていたこともあり落ち着いて考えられる頭がなかった。
相手の特攻服にCRSというチーム名が堂々と刺繍されているのを見てしまったからである。
それが伴を熱くさせてしまった。
『やってやるわよ。クソッタレ!』
相手は続いて伴のハンドルを蹴ってきた。バランスを崩させ転倒させるつもりだろうか。
だが伴も負けじと蹴り合いに応じていった。
大通りをある程度の速度で走りながら互いに一歩も引かず蹴り合っていく。
その勝負は一見互角だが敵の狙いはそもそもそんな所になかった。
伴が気づいた時にはすぐ目の前の横断歩道を小さい子供たちが保育園の団体で手を上げながら渡っていた。
相手はここぞとばかりに蹴りながら幅寄せし、絶対によけられないであろう道路の端へと伴を追いやる。
(この女、くそっ!正気なの!?)
もう急ブレーキでは間に合わない。それでは確実にひいてしまう。金髪の女もまだどかない。
ねぇ龍玖。
私、いつかあなたのお嫁さんになって可愛い子供を産めるかしら。
それが私の夢なの…
伴は一歩手前で歩道に乗り上げそのまま吹っ飛んでいった。子供たちの団体とは間一髪接触せずに済んだが当の伴は見るも無惨な有り様になってしまった。
単車は歩道脇の柵を越え建物に激突し、伴は体ごと投げ出されコンクリートの壁に顔面から叩きつけられ子供たちのすぐ目の前まで転がっていった。
金髪の女はそれを横目で確認しながら子供たちをよけて走り去っていった。