第123話 言えなかった言葉

文字数 1,903文字

 それは旋の姉の優子が亡くなる何日か前だった。

『お姉ちゃん、これ何?』

 いつも通り雛葉家に遊びに来ていた珠凛は優子の部屋に行った時、それが見たことのない物だったので気になって尋ねた。

 珠凛がたまたま見てしまったそれは白い粉の入った小さな袋と注射器のような物だった。
 それが何なのか全く分からなかったが、その時優子は間違いなく「ヤバい!」という顔をした。
 それを珠凛は見た。

 だが優子はいつもの顔で
『これね、科学の実験で使う大事な物なの。ごめんね』
 と、そっとそれを取り上げるとカバンにしまい
『黙って学校から持ってきちゃったの。誰にも言わないでくれる?』
 そう珠凛に言った。

 もちろん何も知らない珠凛は笑顔で「うん」と答えた。

 その数日後、優子が飛び降り自殺し、その後覚醒剤反応が出たらしいという話を聞き覚醒剤という物が何なのかと知った時、珠凛は凍りついた。

 それは正しく自分が優子の部屋で見たあれに間違いなかったからである。
 だから、あの日持っていたあれを使って優子は飛び降りたということになるだろう。

 つまり自分はあの時優子に、これを使って死ぬつもりだけど誰にも言わないでねと言われ笑顔で「うん」と答えてしまった訳だ。
 珠凛はそう思わずにはいられなかった。

 優子が死んだのは悲しかった。

 それはもちろんだが自分が何も知らないせいで死なせてしまった。
 あの時何か1つでも知っていたり変だと思えていたら、誰かに見たままを言ってしまえていたら優子は死なずに済んだかもしれない。
 助けられたかもしれない。いや、そうできたはずだ。

 そう思えてしまうことが1番悲しく1番怖かった。

 そして珠凛は未だ旋にそれを打ち明けることができずにいた。

 当時は自分のせいだったと言い出すのが怖かったのだが、結局時間が過ぎても言えないまま、もう5年が経ってしまった。

 姉が死に旋は何度も泣いた。

 しばらくはふいに思い出してしまうその度に泣いていた。
 旋にとってはそんな姿を見せられるのなんて珠凛しかおらず、本人もそれが分かっているのでずっと側にいてあげた。

 しかし、そんな姿を見れば見るほど珠凛の心はいたたまれなくなり、自分を責め1人泣き崩れた。

 その頃からだった。

 自分がしっかりしなければいけない。強くいなくてはいけないと思うようになったのは。

 それは旋の為で、死なせてしまった優子の為でもあった。

 今ではもう旋も落ち込んだりはしないが珠凛はいつも旋の心配をしている。

 心のどこかで姉の代わりになろうとしていたのかもしれない。
 珠凛が少し大人びた喋り方をするのもそのせいで少しずつ変わっていったことだった。

 夏、大阪で綺夜羅が背中を斬られ、入院していた病院に斬った本人疎井殺が綺夜羅のCBRに乗り現れた時、掠が怒りのあまり我を忘れ1人追いかけていき、その後を咲薇や玲璃、そして旋が追いかけようとした時すぐに追いかけることを決めた。

 あれもなんでもないことのようだが旋のことを考えてだった。

 そして、そんな珠凛のことを綺夜羅もまたよく見ているということなのである。




『めぐ、ごめんなさい。実はお姉さんが亡くなる直前に私、お姉さんが覚醒剤を持っていたのを見ていたの』

 珠凛は喋り始めてすぐに涙を流していた。

『知らなかったの。それがそんな物だって…私、何に使う物か分からなくて疑問に思ったのに、学校で使う物で勝手に持ち出しちゃったから秘密にしてって言われて、だから言わなかったの。それで後からあれがそうだったって分かって…あの時もし知っていれば…もし言えていたらお姉さんは死なずに済んだのにって思ったら怖くなっちゃって…ちゃんと言わなきゃいけないって思ってたけど、今までずっとそれが言えなかったの。ごめんなさい…』

 珠凛が泣いているのを旋は初めて見た。

 あれからもう5年が経つが彼女はずっと言えず苦しい思いをしてきたのだろう。
 自分の隣で…

 だが珠凛は悪くない。それはもう自分の中で結論が出ている。

『…珠凛。あんたは悪くなんてないよ』

 旋はくすぐったいような顔をして言った。

『たとえ珠凛があの時に言ってくれてたとしてもさ、お姉ちゃんは他の方法を探して死んだと思う。あれはね、あたしがいけないの。お父さんもお母さんもお姉ちゃんのこと分かってあげれなくて、あたしも何もしてあげれなかった。もしあたしだけでも分かってあげれてたらお姉ちゃんは死んだりしなかった。だからそれはもう気にしないで』

 旋は珠凛を座らせてやった。

『めぐ。あなたも言いたいことちゃんと伝えて、優子さんを絶対助けてあげて』

『うん…行ってくる』

 旋は厚央に向かって走り出した。
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