第130話 えくそしすと

文字数 2,513文字

 夜の国道246号線に鬼音姫対SEXYMARIAの乱闘の騒がしい声音と、何かもう1つの音が響き渡っていた。

 甲高い2ストの音。

 細くて哉原樹のRZとは違う。鉄で鉄を切り裂くようなその音はだんだん近付くにつれ大きくなり、だが玲璃や掠はそれが見えると一気に希望が膨らんだ。

『ふふ…関西一が聞いて呆れるねぇ。大阪の女はどうとかって言ってなかったかい?』

『豹那!』

 玲璃が思わず名前を呼ぶと掠が小さな声で「様」と付け足した。

『玲璃。せめてこういう場ではもう少しこのあたしを敬った呼び方をしな』

 神奈川最強の女、緋薙豹那が最後の望みを背
負ってここへたどり着いた。

『豹那、あの外人がヤベーんだ。ドーピング2本ずつ打っちまってる』

 玲璃に促され豹那はアジラナに目をやった。

『ずいぶんデカい奴がいると思ったら、そういうことか。それにしてもやれやれ、またドーピングとはね。まぁいい。相手をしてやろうじゃないか』

 豹那は微かに笑いながらその美しい髪をなびかせ揺らしながら歩いた。
 しかしその髪は1本1本に意思があるようにあるべき所へしなやかにまとまっていく。

 まるでパリコレモデルのように歩いてアジラナの方へ向かっていく豹那だったが、そこでそれを止める声があがった。

『おい待てや!このアホンダラはあたしの仇や。今まだタイマンが終わってへんねん。割り込みせんといてくれ』

『なんだって?口のきき方に気をつけなよ。こいつらはあたしらの敵だ。今日の戦いはあたしらとあいつらのケンカなんだ。なんであたしが割り込んだみたいな言われ方しなきゃいけないんだい?』

 2人は互いに睨み合うと今にもつかみかからんといった勢いだ。

『ちょっと!仲間で揉めてどーすんのよ!そんな場合じゃないでしょ!?』

『仲?』

『間やと?』

 掠はよかれと思って言ったのだがこれがまた火に油だった。

『あたしは別にこいつらと仲間になったつもりはないね』

『あたしかて風矢咲薇との約束守りに来ただけや。仲間になったんとちゃう』

 玲璃と掠は頭をかきむしり額に手をあてがい、やがて肩を落とした。

『だから分かったらどいてなよ、部外者』

『なんやとぉ!?お前こそ後から来たくせに偉そーに!』

 アジラナはそれを見て怒りに顔を歪ませた。

『オチョクッテルナラソウイエ!ニヒキマトメテシケイシッコウダ!』

 アジラナは闘牛のようにかかってきた。眩を殴り飛ばすと豹那を蹴り倒した。

『いっでぇ~!!』

『ちぃっ、くそったれめ!』

 2人の意思疎通は全くできないまま2人はアジラナに引きずり回された。
 豹那がまだ立ち上がらない内にアジラナは豹那の足をつかみ、そのまま遠心力をつけて回りだした。ジャイアントスイングというやつだ。

『こらぁ!お前の相手はあたしやゆーてるやろが!』

 眩が反撃しに走って向かうとアジラナは眩に向かって豹那を軽々と投げつけてきた。
 2人はまるで子供扱いだ。

『あんの野郎!』

 豹那は怒りを露にしてアジラナに向かっていった。

『おい!待ててゆーてるやん!やるのはあたしや!』

 眩は後ろから豹那の肩をつかんだ。

『うるさいねぇ。あたしがやるって言ってるだろ!』

『せやから、まだあたしがやっとる最中や!まだ決着ついてへんのやで!?』

 一向に譲らない2人に向かって尚もアジラナは走っていき、右と左の腕で2人同時にラリアットをくらわせて2人同時にふっとばした。
 豹那も眩もゴロゴロと転がる。

『くそ、化物め!』

 豹那は拳を振りかぶって飛びこんだ。そのままおもいきり叩きこんでやると少し柔らかい車のタイヤを殴りつけたような弾力があり殴りきれず手が弾かれてしまった。
 アジラナの青い目はしっかりと豹那を捉えている。

 アジラナはお返しに豹那の首をつかむと信じられないことに片手でそのまま持ち上げた。

『うぅっ』

 豹那は呻き声をもらした。首が絞まる。

 本気で首が絞まるとあがこうにも体が動かないもので、豹那は首を吊った人の苦しみを生まれて初めて知った。

 眩は走って突っこんで飛び蹴りにいった。それがアジラナの肩を少し押すだけに終わってしまうとすかさず強烈な前蹴りで蹴り飛ばされた。

 蹴られた腹に鈍い痛みが残った。あばらが折れたかもしれない。

 豹那は持ち上げられながら腕を叩き蹴りをくらわせたがアジラナはそれすらも見ながら狂気に満ちた顔で笑っていた。
 その顔があまりにも許せなかったのだろう。豹那はあと少しで漏らしてしまいそうだった所を最後の力を振り絞ってアジラナの顔に唾を吐き散らした。

『ッキタネェナ!コノアバズレガァ!』

 アジラナはそのまま豹那を押し倒し地面に叩きつけた。
 豹那はかろうじて左手を頭の後ろにすべりこませ後頭部が打ちつけられるのをなんとか防いだが体は強い衝撃を受けた。

『シネ!!』

 転がる豹那をアジラナは何度も蹴りつけサッカーボールを蹴るのと同じ調子でどんどん蹴り飛ばしていく。

『えぇ加減にせぇや!』

 そこへ眩がまた突っこんでいくとアジラナの眉間、顔のど真ん中に全体重を乗せて拳を叩きこんだ。
 だがまたしてもダメージは見れず、眩の手首をアジラナはつかみ人差し指と中指を反対の手でつかむとぺキッと根元から曲がらない方へ折り曲げた。

『い"ぃ"ったぁ~!!』

 眩は絶叫したが次の瞬間フルスイングで左目を殴られた。
 眼球は大丈夫だろうか。今ので目の上も下も横も切れた。裂けたと言うのか?尋常じゃない痛みがある。目の周りの骨もイカれたかもしれない。

 豹那も眩も倒れすぐに立ち上がることができなかった。

『な…なぁ、豹。あいつ…まさか悪魔にでも…と、取り憑かれとんのとちゃうか?ほ、本で呼んだことあんねん。信じられん力を発揮するてな…』

『さ、さぁね…となると、十字架が必要かい?あ…あと、うさんくさい神父がいないとね…あ、聖水はあんたのションベン頭からぶっかけてやりなよ。案外効くかもよ?あたしはニンニクでも買ってくるからさ…』

『わはは…ニンニクはそれ君、吸血鬼の話やろ…』

 どうにもならないと分かっていながらも玲璃と掠に心愛はアジラナに挑んでいった。

 眩はこんな時ヒーローが現れたらカッコえぇなと1人思い、ひきつった顔で笑っていた。
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