第33話 謝れ
文字数 4,506文字
優子の担任は自分の抱く疑念以外のこと、美術室でのことや優子が見せる顔など、自分の目で見てきた優子のことを旋と珠凛に話した。
『そっか…でも、とりあえず普通に元気なんだね。それが分かるだけでもなんかホッとした』
『白桐はまだ来てないみたいだから、もしかしたら今日はこのまま来ないかもしれないよ』
『そうですか…』
3人が話している間にも他のメンバーたちはひたすらゴシゴシしながら落書きと戦っていた。
『ふぃ~。あったく、なかなか落ちねーな。これ全部消すっつったら何日かかるか分かんねーぞ』
綺夜羅は体を伸ばしながら言った。細かい所や染み込んでしまっている所はこすってもなかなか落ちない。
まだ本当に入口付近の一部しか手をつけられておらず、今日1日ではまず綺麗になどできはしないだろう。
優子の担任たちがどれだけの時間をかけて不良たちの落書きと向き合ってきたかが身に染みて分かる。とても中途半端な気持ちではできなかったはずだ。
『なぁ、これなんだ?』
数が何か落ちているのに気付いて拾ったそれは注射器だった。
『おいオッサン。まだゴミ落ちてんぞ、これ』
数はそれがなんなのか分かっておらず手に持って見せたが、他のメンバーはさすがに気付いた。
『あ…すまんね。ゴミだ。私がもらおう』
そう言って数から受け取ると慌てるようにゴミ袋に入れた。
『オッサン先生よぉ…ずいぶんなゴミだな。平気で校内に落ちてていいようなもんじゃねーだろ、それ』
綺夜羅は見て終わりにはしなかった。
『ここに転がってるってことは学校でそんなもんやってる奴がいるってことか?オッサン先生。あんたそれ見て驚かねぇってことは分かってるってことか?今に始まったことじゃねーってことだろ?』
優子の担任は黙ってしまった。
『こりゃオメー、美術室でタバコ吸ったどころの話じゃねぇぞ』
数は急に綺夜羅が怒りだしたので意味も分かっておらず、掠はなんとか落ち着かせようとした。
『綺夜羅。先生にそんなこと言ったって』
『しょうがねぇで済ますのか?知ってたのを黙ってたで済ましてそれでいいのか?仮にも自分の学校の生徒が真っ昼間から堂々とこんなもんを学校で打ち込んでやがる。それを知ってて見てねぇフリしてそれで教師か?それが先公なのかよ!あたしは不良だし暴走族みてーなことやってんけどな、これはやったらダメなやつだ。完全アウトだ。自分でなんとかできねぇんだったら、おまわりに言ってパクらせてでもやめさせなきゃダメだ。それが少なくとも大人のすることだろ?あたしはそう思うぞ』
『…すまない。君の言うとおりだ…』
『まぁ、この学校の現状見りゃオッサン1人で何思ったところでどうにもなんねぇのはあたしだって分かるよ。でも注射器その辺に転がってて、それを当たり前のようにすんのだけはやめてくれよ。オッサンは先生なんだからよ』
『綺夜羅。本当に悪いのは先生じゃないでしょ?それ位にしときなよ』
掠がやっと間に入るも、その場の空気は重くなってしまった。
それはそうだ。想像以上に問題が大きすぎる。
そのまましばらくしんとしていると、突然低い音を響かせながら車が走ってくるのに気付いて一同は目をやった。
『なんだ?うっせー車だな』
その黒い車はバカでかい音量で音楽を流し、同時にマフラーからも豪快な音を轟かせながら校内に入ってきた。
ボディだけでなく窓もフルスモークで真っ黒という、いかにもヤバそうな車だがその車は今朝旋と珠凛が見たものだった。
堂々と昇降口の目の前に停まるとまず校舎の中から学ランの女たちが今までどこにいたのか一斉に走ってきて車の周りに群がった。
まず運転席からパンチパーマの女が降りてきた。熊小路瞳だ。すると周りがあまりなんと言っているのか分からない挨拶をしている。
熊小路はそれに構わず後部座席のドアを開けた。
するとその瞬間さっきよりも大きな声でさっきよりも更になんと言っているのか分からない挨拶が飛びかった。
後部座席から降りてきたのは金髪リーゼントの白桐優子だった。
彼女は耳を塞ぎながらとてもめんどくさそうな顔をして出てきた。
『…もういいから散れ』
うざったそうに手で払うしぐさをしてみせたが女たちは動こうとせずかしこまっている。
その内誰かが落書き消しをする綺夜羅たちの存在にやっと気付いた。
『なんだ?あいつら』
熊小路を先頭に学ラン女たちは綺夜羅たちの方へ向かってきた。
『オイこらテメーら!人の学校に単車で乗り込んで落書き消しとはずいぶんな趣味だな』
『あん?』
それを聞いてまず数が眉をつり上げた。
『てめーらの代わりに消してやってんだろうが!くそパンチ!』
『あんだと!?』
気付けば外に出てきた人間全員が綺夜羅たちを囲んでいた。
学ランの女たちは今にも襲いかからんという勢いで威圧している。
『お前らどこのもんだ?覇女か、夜叉猫か、悪修羅嬢か?』
『どこでもねぇよ。あたしらはまだ名もない暴走族だからな』
『はぁ?…名もない、暴走族ぅ?』
数が対抗して言い返すと女たちは大声をあげて笑い始めた。腹を抱えたり指を差したりして完全にバカにしている。
『ぎゃははは!いやー本物のバカとは思わなかったぜ。名もない暴走族なんてロマンチックじゃねぇか!』
そう言った熊小路に数が向かっていった。
『てめぇ!』
『あ!ダメ数ぇ!』
燃は止めたがもう遅く数は得意のバックドロップをおみまいした。
燃は目を閉じおでこを押さえてしまったが他のメンバーは静かに眺めていた。
『へっ、ざまぁ見やがれ』
数が背を向けると熊小路は跳ね起きた。
『数!後ろ!』
燃に言われて振り向いた瞬間、今度は熊小路のドロップキックが数を襲った。
『うぉっ!』
後ろから蹴り飛ばされ転がったがすぐ起き上がると敵と向かい合った。
『いってーな…クソパンチ野郎…』
『そこまででやめておくんだな』
女たちの奥から白桐優子が現れた。旋と珠凛に気付いたはずだが優子は完全に無視をした。
『これ以上ここで暴れるつもりならジョーダンじゃ済まなくなるぞ』
優子はそれをここにいる全員に言っている。それを聞いて学ラン女たちは恐る恐る一歩下がった。
『へっ、もうとっくにジョーダンじゃ済んでねぇぞ!』
熊小路は優子の言葉など関係なく数に再び襲いかかっていった。
『瞳ぃ!!』
優子がそれを見るや凄みをきかせた声で怒鳴り声をあげると熊小路は足が止まってしまった。
『聞こえなかったか?これ以上はジョーダンじゃ済まないぞ』
熊小路はそう言われると急に怯えだした。
『すいません…つい、熱くなっちまいました…』
さっきまでの勢いが嘘のように声を震わせて向かい合っていた数から離れていく。
『いいか!お前らの敵は絞られた!覇女、夜叉猫、悪修羅嬢を叩き潰して新しい時代を築き上げるのがあたしらの掲げる使命だ!こんなつまんねぇチンケな揉め事であたしのことイラつかせんじゃねぇよ。こんなガキ相手にしてんな。他から舐められんだよ。分かったら散れ』
熊小路も学ラン女たちも優子にすいませんと頭を下げると校舎の方へ歩き出していった。
『そういうことだ。作業してるとこ悪いがもう帰ってくれ。そして2度とこの学校に近付くな』
後ろ姿のままでそう言うと優子も行ってしまおうとした。
数も掠も燃も、そして旋と珠凛も、やはりこれで仕方ないのだと思っていた。
少し離れて様子を見ていた優子の担任も悪いことをしてしまったと、綺夜羅たちに落書き消しをさせてしまったことを後悔していた。
『オッサン先生、あれ貸せよ』
だがこの金髪ポニーテールの少女だけは納得しなかった。
『よぉ先輩。あんたがこの学校の頭か?そうなんだな?』
綺夜羅は白桐優子の目の前まで行くと優子も足を止め2人は向かい合った。
『…だったらなんだ』
『消せよ』
『は?』
『この落書きだよ』
綺夜羅は手を広げグルッと回って校舎や地面に描かれた落書きたちを促した。
『知ってるか?あたしも今日初めてやったけどな、これ消すのスゲー大変なんだぞ。オッサン先生たちが何回消してもまた描いたんだろ?だから、責任持ってオメーが消せよ。じゃなきゃみんなで消させろ。窓もだ、直せ。いくらかかると思ってんだ。バカみてーにあっちもこっちも割りやがって。カンパでもなんでも回してオメーらが業者呼んで頭下げて直せ』
『ちょっと綺夜羅』
驚いて止めに入ろうとする旋。その腕を珠凛がつかんで引き止めた。
綺夜羅の言葉を聞いて数は偉そうな顔でうんうんと頷いている。
掠は真っ正面から優子にぶつかっていく綺夜羅の姿を見てニヤニヤしている。そういう綺夜羅が好き、という顔だ。
燃は相変わらず頭を抱えている。多分頭が痛いのだろう。
『それからな…』
話はまだ終わらない。綺夜羅はゴミ袋から取り出した注射器を見せつけた。
『学校でこんなもんやらすな。オメーもこんなもんやってやがんのか?それとも流してる側なのか見て見ぬフリしてるだけなのかは知らねーけどな、オメーが言って聞かせることのできる人間なんだったらよ、こんなもん下の奴らにやらせんな。やめさせろ。それと最後にもう1つ。めぐと珠凛に謝れ』
『なんだと?』
綺夜羅はとても強い眼差しを優子に向けた。
『…なんであたしが謝らなきゃならないんだ。あたしはその2人にもう2度と目の前に現れるなと言ったんだ。そいつらとはもう関係ないんだよ』
「バチン!」
綺夜羅は目にも止まらぬ速さで平手打ちを優子の頬に叩き込んだ。
『…てめぇ、もう1回こいつらの前で同じようなこと言ってみやがれボケヤロー』
綺夜羅は優子の胸ぐらをつかんだ。
『めぐと珠凛がなんで今日ここに来たか分かるか?それも分からねーで、何も答えてやらねーままで勝手なことばっか言ってんじゃねぇよ!』
優子は言葉を返さない代わりにおもいきり殴り返した。
綺夜羅は勢いよくふっとび転がっていく。
『綺夜羅!』
掠がすぐに駆け寄り手を貸すが、思ったより今の一撃が効いたようだ。
(くそったれ…どういうパンチだよ…今のは)
頭がボーッとする。痛みが後からジワジワと滲んでくる。
すると次はまた熊小路が綺夜羅に飛びかかってきた。
『てめーらウチの総長に手ぇ出しといてただで済むと思うなよコラァ!』
熊小路の飛び蹴りで綺夜羅はまた蹴り飛ばされた。
『あっ!…このパーマ野郎!』
それを見て今度は一気に掠のスイッチが入ってしまった。尚も綺夜羅を狙う熊小路に横から飛びこんで殴りかかった。
『死ね!』
熊小路を殴り飛ばすと掠は狂暴な目つきでにらみつけた。
『ぐぉっ…おい!こいつらやっちまえ!』
その熊小路の声で学ラン女たちは再び綺夜羅たちを取り囲んだ。そしてもう一気にかかってくる。
『おいクソパンチ。殺してやるからさっさとかかってこい!』
『掠、あのクソはあたしにやらせろ』
『数と掠のバカァ!』
『もう…なんでこうなっちゃうかなぁ』
『やるしか、なさそうね』
掠も数も完全にスイッチが入り旋も珠凛も燃も戦わざるを得なくなってしまった。
ざっと見て100人はいよう人数に到底勝ち目などあるはずもなかったが、その場はそのまま乱闘になってしまった。
『そっか…でも、とりあえず普通に元気なんだね。それが分かるだけでもなんかホッとした』
『白桐はまだ来てないみたいだから、もしかしたら今日はこのまま来ないかもしれないよ』
『そうですか…』
3人が話している間にも他のメンバーたちはひたすらゴシゴシしながら落書きと戦っていた。
『ふぃ~。あったく、なかなか落ちねーな。これ全部消すっつったら何日かかるか分かんねーぞ』
綺夜羅は体を伸ばしながら言った。細かい所や染み込んでしまっている所はこすってもなかなか落ちない。
まだ本当に入口付近の一部しか手をつけられておらず、今日1日ではまず綺麗になどできはしないだろう。
優子の担任たちがどれだけの時間をかけて不良たちの落書きと向き合ってきたかが身に染みて分かる。とても中途半端な気持ちではできなかったはずだ。
『なぁ、これなんだ?』
数が何か落ちているのに気付いて拾ったそれは注射器だった。
『おいオッサン。まだゴミ落ちてんぞ、これ』
数はそれがなんなのか分かっておらず手に持って見せたが、他のメンバーはさすがに気付いた。
『あ…すまんね。ゴミだ。私がもらおう』
そう言って数から受け取ると慌てるようにゴミ袋に入れた。
『オッサン先生よぉ…ずいぶんなゴミだな。平気で校内に落ちてていいようなもんじゃねーだろ、それ』
綺夜羅は見て終わりにはしなかった。
『ここに転がってるってことは学校でそんなもんやってる奴がいるってことか?オッサン先生。あんたそれ見て驚かねぇってことは分かってるってことか?今に始まったことじゃねーってことだろ?』
優子の担任は黙ってしまった。
『こりゃオメー、美術室でタバコ吸ったどころの話じゃねぇぞ』
数は急に綺夜羅が怒りだしたので意味も分かっておらず、掠はなんとか落ち着かせようとした。
『綺夜羅。先生にそんなこと言ったって』
『しょうがねぇで済ますのか?知ってたのを黙ってたで済ましてそれでいいのか?仮にも自分の学校の生徒が真っ昼間から堂々とこんなもんを学校で打ち込んでやがる。それを知ってて見てねぇフリしてそれで教師か?それが先公なのかよ!あたしは不良だし暴走族みてーなことやってんけどな、これはやったらダメなやつだ。完全アウトだ。自分でなんとかできねぇんだったら、おまわりに言ってパクらせてでもやめさせなきゃダメだ。それが少なくとも大人のすることだろ?あたしはそう思うぞ』
『…すまない。君の言うとおりだ…』
『まぁ、この学校の現状見りゃオッサン1人で何思ったところでどうにもなんねぇのはあたしだって分かるよ。でも注射器その辺に転がってて、それを当たり前のようにすんのだけはやめてくれよ。オッサンは先生なんだからよ』
『綺夜羅。本当に悪いのは先生じゃないでしょ?それ位にしときなよ』
掠がやっと間に入るも、その場の空気は重くなってしまった。
それはそうだ。想像以上に問題が大きすぎる。
そのまましばらくしんとしていると、突然低い音を響かせながら車が走ってくるのに気付いて一同は目をやった。
『なんだ?うっせー車だな』
その黒い車はバカでかい音量で音楽を流し、同時にマフラーからも豪快な音を轟かせながら校内に入ってきた。
ボディだけでなく窓もフルスモークで真っ黒という、いかにもヤバそうな車だがその車は今朝旋と珠凛が見たものだった。
堂々と昇降口の目の前に停まるとまず校舎の中から学ランの女たちが今までどこにいたのか一斉に走ってきて車の周りに群がった。
まず運転席からパンチパーマの女が降りてきた。熊小路瞳だ。すると周りがあまりなんと言っているのか分からない挨拶をしている。
熊小路はそれに構わず後部座席のドアを開けた。
するとその瞬間さっきよりも大きな声でさっきよりも更になんと言っているのか分からない挨拶が飛びかった。
後部座席から降りてきたのは金髪リーゼントの白桐優子だった。
彼女は耳を塞ぎながらとてもめんどくさそうな顔をして出てきた。
『…もういいから散れ』
うざったそうに手で払うしぐさをしてみせたが女たちは動こうとせずかしこまっている。
その内誰かが落書き消しをする綺夜羅たちの存在にやっと気付いた。
『なんだ?あいつら』
熊小路を先頭に学ラン女たちは綺夜羅たちの方へ向かってきた。
『オイこらテメーら!人の学校に単車で乗り込んで落書き消しとはずいぶんな趣味だな』
『あん?』
それを聞いてまず数が眉をつり上げた。
『てめーらの代わりに消してやってんだろうが!くそパンチ!』
『あんだと!?』
気付けば外に出てきた人間全員が綺夜羅たちを囲んでいた。
学ランの女たちは今にも襲いかからんという勢いで威圧している。
『お前らどこのもんだ?覇女か、夜叉猫か、悪修羅嬢か?』
『どこでもねぇよ。あたしらはまだ名もない暴走族だからな』
『はぁ?…名もない、暴走族ぅ?』
数が対抗して言い返すと女たちは大声をあげて笑い始めた。腹を抱えたり指を差したりして完全にバカにしている。
『ぎゃははは!いやー本物のバカとは思わなかったぜ。名もない暴走族なんてロマンチックじゃねぇか!』
そう言った熊小路に数が向かっていった。
『てめぇ!』
『あ!ダメ数ぇ!』
燃は止めたがもう遅く数は得意のバックドロップをおみまいした。
燃は目を閉じおでこを押さえてしまったが他のメンバーは静かに眺めていた。
『へっ、ざまぁ見やがれ』
数が背を向けると熊小路は跳ね起きた。
『数!後ろ!』
燃に言われて振り向いた瞬間、今度は熊小路のドロップキックが数を襲った。
『うぉっ!』
後ろから蹴り飛ばされ転がったがすぐ起き上がると敵と向かい合った。
『いってーな…クソパンチ野郎…』
『そこまででやめておくんだな』
女たちの奥から白桐優子が現れた。旋と珠凛に気付いたはずだが優子は完全に無視をした。
『これ以上ここで暴れるつもりならジョーダンじゃ済まなくなるぞ』
優子はそれをここにいる全員に言っている。それを聞いて学ラン女たちは恐る恐る一歩下がった。
『へっ、もうとっくにジョーダンじゃ済んでねぇぞ!』
熊小路は優子の言葉など関係なく数に再び襲いかかっていった。
『瞳ぃ!!』
優子がそれを見るや凄みをきかせた声で怒鳴り声をあげると熊小路は足が止まってしまった。
『聞こえなかったか?これ以上はジョーダンじゃ済まないぞ』
熊小路はそう言われると急に怯えだした。
『すいません…つい、熱くなっちまいました…』
さっきまでの勢いが嘘のように声を震わせて向かい合っていた数から離れていく。
『いいか!お前らの敵は絞られた!覇女、夜叉猫、悪修羅嬢を叩き潰して新しい時代を築き上げるのがあたしらの掲げる使命だ!こんなつまんねぇチンケな揉め事であたしのことイラつかせんじゃねぇよ。こんなガキ相手にしてんな。他から舐められんだよ。分かったら散れ』
熊小路も学ラン女たちも優子にすいませんと頭を下げると校舎の方へ歩き出していった。
『そういうことだ。作業してるとこ悪いがもう帰ってくれ。そして2度とこの学校に近付くな』
後ろ姿のままでそう言うと優子も行ってしまおうとした。
数も掠も燃も、そして旋と珠凛も、やはりこれで仕方ないのだと思っていた。
少し離れて様子を見ていた優子の担任も悪いことをしてしまったと、綺夜羅たちに落書き消しをさせてしまったことを後悔していた。
『オッサン先生、あれ貸せよ』
だがこの金髪ポニーテールの少女だけは納得しなかった。
『よぉ先輩。あんたがこの学校の頭か?そうなんだな?』
綺夜羅は白桐優子の目の前まで行くと優子も足を止め2人は向かい合った。
『…だったらなんだ』
『消せよ』
『は?』
『この落書きだよ』
綺夜羅は手を広げグルッと回って校舎や地面に描かれた落書きたちを促した。
『知ってるか?あたしも今日初めてやったけどな、これ消すのスゲー大変なんだぞ。オッサン先生たちが何回消してもまた描いたんだろ?だから、責任持ってオメーが消せよ。じゃなきゃみんなで消させろ。窓もだ、直せ。いくらかかると思ってんだ。バカみてーにあっちもこっちも割りやがって。カンパでもなんでも回してオメーらが業者呼んで頭下げて直せ』
『ちょっと綺夜羅』
驚いて止めに入ろうとする旋。その腕を珠凛がつかんで引き止めた。
綺夜羅の言葉を聞いて数は偉そうな顔でうんうんと頷いている。
掠は真っ正面から優子にぶつかっていく綺夜羅の姿を見てニヤニヤしている。そういう綺夜羅が好き、という顔だ。
燃は相変わらず頭を抱えている。多分頭が痛いのだろう。
『それからな…』
話はまだ終わらない。綺夜羅はゴミ袋から取り出した注射器を見せつけた。
『学校でこんなもんやらすな。オメーもこんなもんやってやがんのか?それとも流してる側なのか見て見ぬフリしてるだけなのかは知らねーけどな、オメーが言って聞かせることのできる人間なんだったらよ、こんなもん下の奴らにやらせんな。やめさせろ。それと最後にもう1つ。めぐと珠凛に謝れ』
『なんだと?』
綺夜羅はとても強い眼差しを優子に向けた。
『…なんであたしが謝らなきゃならないんだ。あたしはその2人にもう2度と目の前に現れるなと言ったんだ。そいつらとはもう関係ないんだよ』
「バチン!」
綺夜羅は目にも止まらぬ速さで平手打ちを優子の頬に叩き込んだ。
『…てめぇ、もう1回こいつらの前で同じようなこと言ってみやがれボケヤロー』
綺夜羅は優子の胸ぐらをつかんだ。
『めぐと珠凛がなんで今日ここに来たか分かるか?それも分からねーで、何も答えてやらねーままで勝手なことばっか言ってんじゃねぇよ!』
優子は言葉を返さない代わりにおもいきり殴り返した。
綺夜羅は勢いよくふっとび転がっていく。
『綺夜羅!』
掠がすぐに駆け寄り手を貸すが、思ったより今の一撃が効いたようだ。
(くそったれ…どういうパンチだよ…今のは)
頭がボーッとする。痛みが後からジワジワと滲んでくる。
すると次はまた熊小路が綺夜羅に飛びかかってきた。
『てめーらウチの総長に手ぇ出しといてただで済むと思うなよコラァ!』
熊小路の飛び蹴りで綺夜羅はまた蹴り飛ばされた。
『あっ!…このパーマ野郎!』
それを見て今度は一気に掠のスイッチが入ってしまった。尚も綺夜羅を狙う熊小路に横から飛びこんで殴りかかった。
『死ね!』
熊小路を殴り飛ばすと掠は狂暴な目つきでにらみつけた。
『ぐぉっ…おい!こいつらやっちまえ!』
その熊小路の声で学ラン女たちは再び綺夜羅たちを取り囲んだ。そしてもう一気にかかってくる。
『おいクソパンチ。殺してやるからさっさとかかってこい!』
『掠、あのクソはあたしにやらせろ』
『数と掠のバカァ!』
『もう…なんでこうなっちゃうかなぁ』
『やるしか、なさそうね』
掠も数も完全にスイッチが入り旋も珠凛も燃も戦わざるを得なくなってしまった。
ざっと見て100人はいよう人数に到底勝ち目などあるはずもなかったが、その場はそのまま乱闘になってしまった。