第61話 少女少年院
文字数 2,519文字
少年院の朝は7時起床、夜は9時就寝でとても規則正しい。
だいたいどこの少年院も施錠された寮内で生活する。
寮には大抵5、6人の職員が担任として院生たちを受け持ち、院生は大体30人前後で役割などを分担し自分たちで寮の生活を作っていく。
1日の流れだが平日は午前午後とも実習訓練が色々な課に分けて行われ、夕方は集会という選ばれた1人の対象者について改善の為にその人の良い所や悪い所を意見したり抱える問題についてみんなで考える。その後日記を書き、TV視聴などもある。
休日は実習の代わりに体育があったり、それ以外の時間は余暇時間となる。
大きな流れはそんな所だが1日の全ての動作に意味や機敏さが求められ常に気を張った生活を心掛けなければならない。
例えて言えば警察学校や自衛隊のような非常に軍隊的な場所だ。
行事も1年を通してスポーツ大会、盆踊り、運動会に演劇祭など10代の少年少女のことを考えられたイベントが多々あり常にやることは絶えない。
同じ寮で暮らす者たちで一丸となって目標に向かっていく中でそれぞれの成長、更正につなげていく狙いがある訳だ。
前向きに取り組む者ほど評価を受け進級し表彰され寮の中でもそれなりの立場を得ていく。
咲薇は少年院送致となり、今関東の女子少年院で最下級生の新入りとして生活し始めていた。
最下級生は実習時行動訓練を行う。これからの院生活で必要な体力や基本的な動作を身に付ける為だ。
咲薇はキツい体育にも音をあげず毎日全力を尽くしてガムシャラに取り組んだ。
だがそんな咲薇を見て同期の少女たちは良く思わなかった。
誰もが最初から真面目になどできない。ほとんどの人が猫を被ったり前向きになりきれない所から始まる。
だから迷わず頑張ろうとする咲薇の姿は彼女たちの目についた。
『まいえ ー!進め!左!左!左右!』
腕は前に60°、後ろに30°振り足もしっかりと上げて行進する。
行進の訓練中、職員が目を離した瞬間だった。
突然隣の少女から腹に拳を叩きこまれた。
『うっ!』
『お前生意気だよ』
少女は咲薇にだけ聞こえるような小さい声で言うと何事もなかったように行進を続けた。
咲薇が腹を押さえてうずくまっているのに職員が気づいて走ってくる。
『風矢!どうしたの?』
『…すいません。なんでもありません。大丈夫です』
咲薇は最初殴られたとは言わなかった。しかしここで言わなかったことが周りの少女たちを面白がせ、その後も咲薇へのいじめを加速させた。
ランニング中に足をかけられ転んだ所を更に踏みつけられたり、列になり並んでいる時に後ろや横から蹴られたり、すれ違う時に殴られたりと職員が見ていない所でかなり悪質ないじめを受けていた。
現代ではこうしたいじめなど少年院ではほとんどない。本当にごく稀にあるのを聞く位だ。
咲薇は思っていた。
(こんなものはチームを抜けた時のあのケジメに比べたら屁みたいなもんや。くだらん足の引っぱり合いをするんはごめんや。それにこれも、あたしに対しての罰なのかもしれへん。こんなことでは折れへんぞ)
咲薇は自分が少年法に守られたことをありがたいと思う反面、これでは軽すぎるのではないかとも感じていた。
そんな気持ちから卑怯ないじめや暴力も受け入れてしまっていたのだ。
だが咲薇の中のもう1人である彼女はそう思わなかった。
「我慢することはない…」
『…は?』
それは突然目を覚ましたかのように話しかけてきた。
「先に手を出したのは向こうだ。正当防衛だぜ」
『…まさか』
「お前ができないならあたしが代わろう」
『なんやと?』
咲薇は吸い込まれるような意識が薄れていくような感覚を覚えた。そして気付くと自分の意識の更に中に咲薇は立っていた。
もう1人の人格風矢真朧 に勝手に交代されてしまったのだ。
「嘘やろ!?よせっ!真朧!」
『悪いのはこいつらだ。お前は黙って見てろ』
咲薇と代わった真朧は訓練を無視していじめの中心人物の目の前まで行き、ニヤッと笑って「プッ!」と相手の顔に唾を吐きかけた。
『うっ、きったねーなテメェ!』
相手はいきりたって殴りかかってきたが真朧は訳もなくよけると右拳でおもいきりカウンターをくらわせた。
『汚ねぇのはどっちだ?このブタ女が』
殴り飛ばされて這いつくばる相手を真朧は続けて踏みつけ連続で蹴り飛ばした。
一瞬の出来事に周りも反応できずにいたがすぐに職員が止めに入った。
『こら、やめなさい!何してるの風矢!』
真朧は取り押さえられたがそれさえも振りほどくと周りで呆気にとられる女たちをにらみつけた。
『次、咲薇に余計なことしやがったらこんなもんじゃ済まさねぇぞ、てめぇら』
まるで何かに取り憑かれたような低い声、とても同じ年頃の少女と思えない狂い笑う顔。
その変わり様に少女たちは驚きを隠せず無言で必死に頷いた。
『こら風矢!こっちに来なさい!』
『うるせーな!あたしに指図してんじゃねぇ!』
職員にも散々反抗し真朧は独居房に連れていかれた。
少年院では規律違反や問題を起こすと狭い単独室に収容される。分かりやすく言えば反省部屋という訳だ。
反省部屋にぶちこまれた真朧の中、咲薇は頭を抱えていた。
「なんで出てくんねん…ホンマえぇ加減にせぇや。あたしはここの生活ちゃんと頑張りたいんや!こんな問題起こしとる場合ちゃうねん!」
『分かってるさ。だからその邪魔をする奴らを蹴散らしただけだ』
「それじゃあかんのや!なんであんたにはそれが分かれへんねん!もうえぇから代わってや!」
咲薇はあの疎井冬とその妹の人格アヤメのように自分の意思でこの真朧と入れ代わることができない。
だが真朧は好きな時に出てきてしまう。
それを止めるどころか、まだどういう原理で入れ代わっているのかも分かっていない。
咲薇が裁判所から与えられた課題はそこを完全に克服できるようになることだ。それができなければ咲薇は退院することができない。
でなければこの自分と全く違う考えを持つ凶悪犯がこれからも何をするか分からない。
自分の中にもう1人いることが分かってからどうすればいいか考えてはいるが咲薇の中ではまだ何も見つけられてはいなかった。
だいたいどこの少年院も施錠された寮内で生活する。
寮には大抵5、6人の職員が担任として院生たちを受け持ち、院生は大体30人前後で役割などを分担し自分たちで寮の生活を作っていく。
1日の流れだが平日は午前午後とも実習訓練が色々な課に分けて行われ、夕方は集会という選ばれた1人の対象者について改善の為にその人の良い所や悪い所を意見したり抱える問題についてみんなで考える。その後日記を書き、TV視聴などもある。
休日は実習の代わりに体育があったり、それ以外の時間は余暇時間となる。
大きな流れはそんな所だが1日の全ての動作に意味や機敏さが求められ常に気を張った生活を心掛けなければならない。
例えて言えば警察学校や自衛隊のような非常に軍隊的な場所だ。
行事も1年を通してスポーツ大会、盆踊り、運動会に演劇祭など10代の少年少女のことを考えられたイベントが多々あり常にやることは絶えない。
同じ寮で暮らす者たちで一丸となって目標に向かっていく中でそれぞれの成長、更正につなげていく狙いがある訳だ。
前向きに取り組む者ほど評価を受け進級し表彰され寮の中でもそれなりの立場を得ていく。
咲薇は少年院送致となり、今関東の女子少年院で最下級生の新入りとして生活し始めていた。
最下級生は実習時行動訓練を行う。これからの院生活で必要な体力や基本的な動作を身に付ける為だ。
咲薇はキツい体育にも音をあげず毎日全力を尽くしてガムシャラに取り組んだ。
だがそんな咲薇を見て同期の少女たちは良く思わなかった。
誰もが最初から真面目になどできない。ほとんどの人が猫を被ったり前向きになりきれない所から始まる。
だから迷わず頑張ろうとする咲薇の姿は彼女たちの目についた。
『
腕は前に60°、後ろに30°振り足もしっかりと上げて行進する。
行進の訓練中、職員が目を離した瞬間だった。
突然隣の少女から腹に拳を叩きこまれた。
『うっ!』
『お前生意気だよ』
少女は咲薇にだけ聞こえるような小さい声で言うと何事もなかったように行進を続けた。
咲薇が腹を押さえてうずくまっているのに職員が気づいて走ってくる。
『風矢!どうしたの?』
『…すいません。なんでもありません。大丈夫です』
咲薇は最初殴られたとは言わなかった。しかしここで言わなかったことが周りの少女たちを面白がせ、その後も咲薇へのいじめを加速させた。
ランニング中に足をかけられ転んだ所を更に踏みつけられたり、列になり並んでいる時に後ろや横から蹴られたり、すれ違う時に殴られたりと職員が見ていない所でかなり悪質ないじめを受けていた。
現代ではこうしたいじめなど少年院ではほとんどない。本当にごく稀にあるのを聞く位だ。
咲薇は思っていた。
(こんなものはチームを抜けた時のあのケジメに比べたら屁みたいなもんや。くだらん足の引っぱり合いをするんはごめんや。それにこれも、あたしに対しての罰なのかもしれへん。こんなことでは折れへんぞ)
咲薇は自分が少年法に守られたことをありがたいと思う反面、これでは軽すぎるのではないかとも感じていた。
そんな気持ちから卑怯ないじめや暴力も受け入れてしまっていたのだ。
だが咲薇の中のもう1人である彼女はそう思わなかった。
「我慢することはない…」
『…は?』
それは突然目を覚ましたかのように話しかけてきた。
「先に手を出したのは向こうだ。正当防衛だぜ」
『…まさか』
「お前ができないならあたしが代わろう」
『なんやと?』
咲薇は吸い込まれるような意識が薄れていくような感覚を覚えた。そして気付くと自分の意識の更に中に咲薇は立っていた。
もう1人の人格
「嘘やろ!?よせっ!真朧!」
『悪いのはこいつらだ。お前は黙って見てろ』
咲薇と代わった真朧は訓練を無視していじめの中心人物の目の前まで行き、ニヤッと笑って「プッ!」と相手の顔に唾を吐きかけた。
『うっ、きったねーなテメェ!』
相手はいきりたって殴りかかってきたが真朧は訳もなくよけると右拳でおもいきりカウンターをくらわせた。
『汚ねぇのはどっちだ?このブタ女が』
殴り飛ばされて這いつくばる相手を真朧は続けて踏みつけ連続で蹴り飛ばした。
一瞬の出来事に周りも反応できずにいたがすぐに職員が止めに入った。
『こら、やめなさい!何してるの風矢!』
真朧は取り押さえられたがそれさえも振りほどくと周りで呆気にとられる女たちをにらみつけた。
『次、咲薇に余計なことしやがったらこんなもんじゃ済まさねぇぞ、てめぇら』
まるで何かに取り憑かれたような低い声、とても同じ年頃の少女と思えない狂い笑う顔。
その変わり様に少女たちは驚きを隠せず無言で必死に頷いた。
『こら風矢!こっちに来なさい!』
『うるせーな!あたしに指図してんじゃねぇ!』
職員にも散々反抗し真朧は独居房に連れていかれた。
少年院では規律違反や問題を起こすと狭い単独室に収容される。分かりやすく言えば反省部屋という訳だ。
反省部屋にぶちこまれた真朧の中、咲薇は頭を抱えていた。
「なんで出てくんねん…ホンマえぇ加減にせぇや。あたしはここの生活ちゃんと頑張りたいんや!こんな問題起こしとる場合ちゃうねん!」
『分かってるさ。だからその邪魔をする奴らを蹴散らしただけだ』
「それじゃあかんのや!なんであんたにはそれが分かれへんねん!もうえぇから代わってや!」
咲薇はあの疎井冬とその妹の人格アヤメのように自分の意思でこの真朧と入れ代わることができない。
だが真朧は好きな時に出てきてしまう。
それを止めるどころか、まだどういう原理で入れ代わっているのかも分かっていない。
咲薇が裁判所から与えられた課題はそこを完全に克服できるようになることだ。それができなければ咲薇は退院することができない。
でなければこの自分と全く違う考えを持つ凶悪犯がこれからも何をするか分からない。
自分の中にもう1人いることが分かってからどうすればいいか考えてはいるが咲薇の中ではまだ何も見つけられてはいなかった。