第39話 重なりゆく謎

文字数 4,446文字

 麗桜と蓮華、それに旋と珠凛は樹に会う為、樹の住み処でもあるBAR「DREAM」に来ていた。

 中では静火と唯が開店の準備をしていた。ホールを掃除していた唯がまず麗桜たちに気づいた。

『あれま、麗桜ちゃんどうしたの~?久しぶりじゃ~ん』

『ちわっす。樹さんいないんすか?』

『いるいるー。今奥で絵描いてるよー』

『え?絵…すか?』

 唯に促されホールの奥に目をやった。カウンターの先にダーツやビリヤード、スロット、テーブルには麻雀、トランプに花札などが置かれカラオケのステージも見える。

 その更に奥、そういった物の何もない部屋でスケッチブックに夢中で描きこむ哉原樹の姿があった。

『ん?おー、ちゃん麗桜!さっき電話くれたか?後でかけ直すつもりだったんだがよ』

 どうやらそこが樹の部屋らしく、多少の生活感があるものの意外に無駄な物の少ない部屋だった。
 ただ絵を描く道具らしい物はあちこちに置かれていた。

『丁度一段落したとこだ。ホールに行こうぜ』

 樹の描く絵にも興味があるが、まずは話さなければならない。

『お?なんか今日は珍しい組み合わせだな。まぁいいや、静火~!あたしジンジャー!あと客人にも適当に出してやってー!』

『は~い』

 樹はテーブルのソファーに腰かけてタバコに火をつけた。

『樹さん、絵なんて描く趣味あったの?』

『お?あれ?なんだ、知らなかったのか?この店に飾ってあるのだって全部あたしが描いてんだぞ?そっか、そーいや言ってなかったかもなぁ』

 樹は運ばれてきたジンジャーハイボールに口をつけながら言う。

『この店に…飾ってある?…』

 そう言われ4人は辺りをゆっくりと見回していった。

 言われてみれば店のあらゆる所に絵が飾ってある。それはどれも完成度が高く、もはや趣味で描いているものとは思えず、普通に売られていてもおかしくないような作品ばかりだった。

 ここに何度か来たことがある麗桜でさえ言われて今気づいた。

『すげぇ…これ、本当に樹さんが全部描いたの?』

『あったりめーよ。ここはあたしの店だ。だからあたしの絵を飾るのさ』

 麗桜もみんなも壁や色々な所に飾られた絵を一つ一つ見ていった。

『ねぇ…これ、もしかして愛羽?』

 蓮華が立ち止まって見た絵は紫色の髪をポニーテールにした白い特攻服の少女と赤い髪のショートカットで灰色のつなぎを着た少女が中心で互いに殴り合っている所だった。

 周りにはそれを見守っている何人かの人がいて、よく見れば玲璃や伴たちに琉花などもいるのが分かる。

 あの夏のベイブリッジでの激闘が限りなくリアルに再現され描かれていた。

『あぁ…それは夜明けの天使って絵だ』

 愛羽が喜びそうな題名だ。

『すごい…こんなだったんだ』

 あの時蘭菜と蓮華は病院のベッドの上だった。

『…なんつーかよ、あいつは真夜中の天使って感じじゃあねぇんだよなぁ。』

 その場にいなかった蓮華もその絵を見てあの日の戦いがどれ程凄まじいものだったのかが感じられるようで夢中になって見ていた。

『あの日は歴史に残る日だ。でも写真なんて撮ってねーしよ、描くしかねーだろ?』

『いや…驚いた。写真よりよくできてるよ』

 あの日その場にいた麗桜も目を見張っていた。

 互いに譲れない思いをかけて文字通り最後の1人になっても戦った愛羽と瞬。まるでその2人の思いが記憶を超えて伝わってくるような迫力がある。
 他にも伴に豹那や神楽、そしてあの天王道姉妹を描いたものや今まで樹が見てきた景色が何枚もの絵になっていた。

『ねぇ、これ麗桜ちゃんじゃない?』

 旋が指差した絵を見て麗桜は目を疑った。それは間違いなく麗桜がギターを持ち様々な色のスポットライト浴びて歌っている所の絵だった。

『あ~、そん時ゃ麗桜が殴り込みに来たんだ』

『殴り込み?』

『おう。敵のあたしに一緒に雪ノ瀬と戦ってくれなんつってよ。あたしは嫌だっつってんのによ、コイツ丁度このテーブルに手ぇ押しつけてからナイフ持って振りかぶりやがってよぉ。危うく目の前でトラウマ作られんとこだったんだよ。間一髪蹴り飛ばしたけどな、あっはっは!』

『やめてくれよ…恥ずかしい…』

 麗桜の赤い顔は珍しい。

『全くよぉ、とんでもねぇガキだと思ったよ。なんでそこまですんのか聞いたら「この手は愛羽に守ってもらったものだから愛羽を守る為なら安いもんだ」ってよ。頭おかしーだろ?カッコいいこと言う奴なんざいっぱいいるけどよ、仲間の為に本当にテメーの指落とそーとした奴は初めて見たよ。だから言ったんだ。オメーが守ってもらった夢、見せてみろってな。まぁ、別に深い意味はなかったんだ。とりあえずコイツを落ち着かす為にちょっとやらせてみたかっただけだったんだよ。でも、いざコイツがギター弾いて歌い始めたら、なんか世界が変わっちまったんだよな。みーんな見せられちまってたよ。歌もうんまくてよ。そんで思ったんだ。あぁ、コイツかっけーなって。こんなに人を夢中にできる物、音楽やってん奴にしたら宝物だぁなぁ。1番大切に決まってる。でも、それを仲間助ける為に捨てようとさえ思える。こんなガキがたった6人で1000人と戦おうとしてんのにあたしは何やってんのかなって思わされちまってよ。そんなつもりなかったし、周りにはそんなんじゃねぇって見せてたけど、あたしは東京連合にビビってたんだってその時分かったんだ。きっと緋薙や神楽だってそうだったと思うぜ。勝てる訳ねぇ、東京連合なんかとやり合いたくねぇって実はみんな思ってたのさ。不思議だよな。あの歌聞き終わった時にはよ、もう気持ちが固まってたんだ。あたしだけじゃねぇ。あたしを含めてここにいた奴全員な。その絵はだから…あたしが大好きなアーティストだ』

 麗桜はずっと恥ずかしそうにしている。

 その向こうで今度は珠凛が1枚の絵の前に立ち止まった。

『あの…これは?』

『あ?あぁ…それは見えない光って絵だ』

 1人の少女が道のずっと向こうを指差している。絵の中央に向かって道が遠くまで続いていて、その方向を少女が後ろ姿で指差している所だ。
 辺りは暗く星も見えているのに、その道の向こうに白い光が広がっている。

『この人は…』

『ん?あぁ、あたしの友達さ。それは中学ん頃家出した時の絵でな、そいつが指差した方向になんもねぇのに見えない光があった気がしたんだ』

『優子さん…』

『え?』

『優子さんですよね?』

 樹はいきなりその名前が出てきたことに驚きを隠せなかった。

『本当だ…優子ちゃん先輩だ。本当に樹先輩が優子ちゃんの相棒だったんだね』

 後ろ姿の絵でも2人にはそれが優子だとはっきり分かるようだった。

『優子…先輩?』

 樹は旋と珠凛にドタバタと駆け寄った。

『おいお前ら!あいつと知り合いなのか!?あいつ今何してる!?元気なのか!?』

 樹は息つぎもせず一気に早口で質問責めにした。

 行方不明になった親友への手がかりが突然転がりこんできたのだ。興奮するのも無理はないが喜びや希望を思う中、返ってきたのは沈黙と今にも泣き出しそうな2人の顔だった。

『えっ?…おい、なんだよ…どうした?』

 2人が無言になってしまうとそれを見かねて麗桜が口を開いた。

『ごめん、樹さん。実は…』

 そこからやっと本題に入り旋と珠凛は自分たちのこと、そしてCRSというチームのこと、それが覇女、夜叉猫、悪修羅嬢に加え綺夜羅たちも敵対することになってしまったことなど順を追って話していった。

 樹の耳には信じられないような話が次々に飛び込んでいった。

 彼女がそれを聞いて何を思ったかは計り知れないが終始眉間にしわを寄せていたのがその内そのまま考えこむようにしてしまった。

『そっか…そんなことが…』

『…ごめん樹さん。俺、何かして返したいばっかりに余計なことしちゃって…』

 麗桜は頭を下げずにいられなかった。

『おいおい、やめろよ。別にお前のせいじゃねーじゃねぇか』

 さっき自分のことを大好きなアーティストと言ってくれたこの恩人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 善意でしたことだが結局傷つける形になってしまい会わせる顔がなかった。

 もちろん樹にそれは伝わっていたし誰も悪くないことは分かっている。

『優子ちゃん先輩は卒業したら高校こっちに通って樹先輩とCRSを作ること楽しみにしてました。なのに、あたしたちだけ転校させられて…今日やっとまた会えたと思ったら、こんなことになっちゃって…どうしてなんですかね。あたしたち優子ちゃんが好きで、ついていきたくて、あたしたちも2人のCRSに入れてほしかったのに…』

 思い詰める旋の姿にさすがに空気も重く、樹も普段の調子では言葉を返せなかった。

『どうしてってよ…全っ然分かんねーよ。何がどーなってんだよ。厚央だぁ?あいつ厚木にいるんじゃねーかよ。なんであたしは連絡取れなくされちまったんだ?CRSの総長だぁ?はぁ?…ダメだ。もうさっぱりだ。何から考えていいかも分かんね』

 樹は体中の力が抜けたかのようにソファーで横になってしまった。

『業務連絡業務連絡。静火さぁ~ん』

 樹は急にふざけているのか、それとも少しおかしくなってしまったのか、そんなノリで静火を呼んだ。

 カウンターの中から静火が人の良さそうな笑顔で応えた。

『はいはい、こちら静火です。どーしましたー?』

『お前、これ聞いてどう思う?』

『え~?そうだねぇ~。でもなんで鬼音姫は敵対宣言されてないの?それ気になるよね。謎ではあるけど、なんかあたしたちのこと無視っていうか避けてる気がするよね。うーん…意外と庇ってたりしてね』

 樹はため息をついて頭をかきむしった。

『ゆーいさぁーん!』

『はーいよー!なんですかー!』

 奥で何かの支度中なのか声だけが返ってきた。

『ちょっとこっち来てよぉ~!あたしもぉ頭パンクなんだよぉ~!ゆーいさぁーん!はーやーくー!』

 もうまるで小学生のようにダダをこねている。樹がうるさいので唯も仕方なく奥からやってくる。

『はいはい、何何?仕方ねーなーこの人は。仮にも1つの暴走族の総長だってゆーのに人が見てる前で、みっともないからやめなよぉ~』

『だってぇ~、頭パンクなんだもん。しょうがねーじゃん。総長だってそんな日位あるわ。お前はどう思うんだよ、聞かせてくれよぉ~』

『まぁ…あたしだって分かんないけど、優子さんには何か理由があったんじゃないのかなぁ。そうするしかなかったとか…』

 静火も唯も聞いた話だけでは判断しなかった。

『お前らはつまり優子がただ悪い訳じゃねぇんじゃねぇか、と言ってる訳だ』

『まぁね。友達だからね』

『あたしの知ってる優子さんから想像できないんだよねー』

 樹は難しい顔をしながらタバコに火をつけた。

『…あいつ、転校してから1人で頑張ってたんだな。後輩守ったりなんてしてよ』

 やはり樹もあの優子がそうなってしまったことが信じられなかった。

『会ってみなきゃ、どーせ分かんねーわな』


 会いに行こう、優子に。樹は1人で厚木中央に行ってみることにした。
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