第4話 あたしの歴史

文字数 2,188文字

 文化祭当日、暴走アイドルのステージは大成功だった。ダンス、パフォーマンスのクオリティの高さに観客の目はくぎづけになり、その日1番の拍手と歓声が6人に送られた。

 その後、愛羽たちは豹那やこの日1人でわざわざ観に来てくれた鬼音姫(おにおとひめ)哉原樹(かなはらいつき)と打ち上げということで夕食を共にしていた。

『そういえばね、前から2人に聞きたかったんだけどさ。神楽さんと(ともな)さんは地元の覇女(はじょ)とか夜叉猫(やしゃねこ)を継いだじゃん?でも豹那さんと樹さんは悪修羅嬢と鬼音姫は初代だから自分たちで作ったってことだよね?どーやってチームを作って初代で覇女とか夜叉猫と張り合える位大きくしたの?』

 話は愛羽の思いつきで始まった。

『…なんでそんなことが聞きたいんだい?』

『え?暴走愛努流の総長として、ゆくゆくはみんなに負けない位のチームにしたいと思ってるんだけど、なかなかチームをそこまで大きくするのって大変そうだしコツとか聞きたくて』

 豹那がどうでもよさそうに聞くと愛羽は目をキラキラさせて言った。
 初代でチームをそこまで大きくしたということについて愛羽は尊敬の念を抱いているのだ。

『それ、あたしも聞いてみたかった』

 今度は蓮華(はすか)が言う。

 スカウトされアイドルとして活動するはずだった豹那が何故暴走族などになってしまったのかはずっと気になっていた。

 この蓮華と豹那は3年前まで一緒に暮らしていた。

 蓮華の家は母子家庭だったが母親は育児をほぼ放棄していて蓮華はいつも家で1人だった。

 放置されていたのである。

 その内1人で夜フラつくようになると5年生の頃、閉店後のショッピングモールでダンスの練習をしていた当時中学1年だった豹那とその仲間に出会う。

 事情を聞いた豹那は『そんな家出ちゃいなよ。ウチおいで』と簡単に言ってのけると蓮華を引き取り、それからずっと一緒に住み面倒を見てくれ2人は姉妹のような関係になった。

 豹那は高校に上がる前、これからデビューするというとあるアイドルグループにスカウトされ、そのメンバーとしてデビューすることが決まり上京したのだが、顔やスタイルがずば抜けて良く1人目立つ豹那を周りのメンバーが良く思わず、ある事件が起きてしまう。

 合コンの場に豹那をうまく呼び出すと睡眠剤入りの酒を何杯も飲ませて眠らせ、その後豹那に違法薬物を投与し男たちにその場で集団輪姦させたのだ。

 その様子を動画に撮り、後日豹那にDVDにして匿名で送りつけると、当時完全に薬物にキマり記憶すらなかった豹那はその時やっとそのことに気付いた。
 そして、その時いた全ての人間に復讐を決意し決行した。

 しかし復讐が済むと更に予期せぬ事態が豹那を襲った。

 なんと彼女はその時のことで妊娠までさせられていたのだ。

 自分の中に宿った命を殺せなかった豹那は悩んだ末1人で産み育てることを決めたが、その思いも虚しく妊娠10週を過ぎてすぐ不運にもその命は絶えてしまう。

 期限を過ぎての死産ということで死亡届を出した後に火葬され、生まれることができなかった命はほんの少しの灰になった。

 豹那はその灰を墓には入れず、地元湘南の海風にかざしてしまった。

 そして豹那はもう2度と自分には戻らず生きることを選んだ。

 だがこんなことは蓮華や愛羽、玲璃(れいり)たちには話すことではないと思っているし、これからも話すつもりはない。

 たまに思い出し祈るだけだ。

 来世で幸せになってくれることを。

『この世の全てを滅ぼせと悪魔と修羅があたしに言ったのさ』

『怖っ!』

 真顔で言った豹那に一同はビビるも、その言葉の裏にある何かをなんとなく感じ取った。

 今までは緋薙豹那が鬼の化身だと言われても驚きもしなかったが今は豹那がどんな人なのかみんな分かっている。

 きっとそうしなければ正気ではいられない程のツラいことがあったのだろうということは言葉にしなくてもみんなには伝わっていた。

『どうやって大きくか…さぁ、どうだったかねぇ。あたしはこれでも1人で始めたんだよ』

『ん?えっ?』

『1人って、他に誰もいなかったってこと?』

 そこは素直に全員が驚く。

『言葉の通りさ。朝から晩まで1人で特攻服着て走り回ってたよ。ケンカも毎日売られたね。とにかく片っ端からぶっ殺してたよ。そうしたら今度はケンカ売るんじゃなくて仲間にしてくれなんて言う奴が増えてね。あたしは別に仲間なんていらないし誰も信用するつもりはないって言ったんだけど、それでもいいからなんて言い出すからさ、めんどくせーから勝手にしなって言ったら…いつの間にか…今の人数まで増えて…まぁ、そんなとこだよ』

 すごく簡単なことを説明するかのように豹那は言うが、要は悪修羅嬢は作って大きくしようとしてそうなったのではなく、豹那は仲間なんていらないと言っているのにメンバーが勝手にメンバーになり、それがこうなってしまったということで勝手に豹那を王だ神だと崇めているらしい。

 まぁ、鬼のように強く天女の如く美しいこのカリスマの周りに人が集まっていくのは、この何ヵ月かダンスを指導してもらったり一緒に戦ってきた愛羽たちが1番分かってはいる。

『へぇ~。じゃあ樹さんは?』

『あ?あたしか?なんでどーやってときたか。よし、今日はいいもん見してもらったお礼だ。あたしの歴史についてお話させてもらうぜ。えーと、どっから話そうかな。あたしにはさ、約束があるんだ』

『約束?』

『おう』
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