第170話 あの日
文字数 1,833文字
『樹?…樹?…』
優子は恐る恐る樹に近付いていった。膝から力が抜けそうなのをなんとか、発狂してしまいそうなのをなんとか堪えながら大切な親友の前で立ち尽くしていた。
照準を鷹爪に合わせ優子はこの3年間の憎しみを込めた。
しかし引き金を引いた時にはもう樹が間に入っていた。弾が樹の胸に直撃すると樹は崩れるように倒れ、鷹爪は一目散に逃げていった。
『どうして…なんでだよ…』
殺して終わり。自分はもうそれで終わりでよかった。当然死ぬつもりでいた。
鷹爪さえ殺したら、あとはもう…
「そんなことさせる訳ないじゃん」そう、樹ならきっとそうやって言った。
「あんたに人殺しなんてさせる訳ないでしょ」
樹。分かってたけど、あんたはやっぱり…
『…ねぇ、聞いてんの?』
『…え?』
優子がふと我に返ると樹が仰向けに倒れたままこちらを見ている。
『樹!?大丈夫なの!?大丈夫なの!?』
『あぁ。なんとか、ギリギリね』
樹はそう言って特攻服の下に着た防弾ベストをちらつかせた。
『あんた、それ』
『へへ…ちょっと借りたぜ。どうせ着ろって言ったって、あんたは着なかっただろうからさ』
『バカじゃないの!?死んだらどうするつもりだったんだよ!!』
優子は涙をにじませ樹の胸ぐらをつかみ寄せた。
『あんたが…死んだ未来をさっき夢で見たんだ』
樹は指先で優子の涙をぬぐってやった。
『あんたが死ぬより、あんたに殺させるより、そっちの方がずーっとマシだよ。あたしの命で守れるならね』
優子はぬぐってもらったばかりの頬をまた濡らした。
『優子。あたし中1の時、あんたを守れなかったよね。中3であんたが転校した時も、あたしは結局なんにもできなかった。だけど今は違う。ちゃんとあんたを、優子を守れるよ。何があったって守ってみせるよ。だから、もういいから、もう安心していいからさ…戻ってきなよ、相模原に…』
優子は不思議な気分だった。
どす黒い心の中の殺意と憎しみが薄れていく気がした。
でもダメだ。自分にはもう…
『バカ言わないでよ。あたしに帰る場所なんてある訳ないだろ?』
だが樹はそっと優子を抱き寄せ、優しく声をかけた。
『バ~カ。あんたに帰る場所が他にあんのかよ』
…いいのかな?
覚悟した心がまた揺れているのが分かった。
…本当に、いいのかな?
自分にはそんな資格なんてない。
けど、だけど、樹の腕の中が心地いい…
樹の声が温かい …
優子はやっと親友のことを抱きしめ返した。
『…帰りたい…あたし…帰りたいよ…樹…』
優子の本音がやっと言葉になった時、遠くからサイレンの音が鳴り始め、あっという間に数台のパトカーと救急車が駆けつけた。
鷹爪肖は車で弾を補充していた所を押さえられ呆気なく連行されていった。
救急車は樹が呼んでいた。美術室で防弾ベストを身に付けた後に連絡を入れた。
もちろん誰も死なず誰も怪我しないのが1番だが、何かあるかもしれない以上救急車の到着は早い方がいいと判断した。
警察へは救急からもそうだが近所から通報が入っていた。
『愛羽!大丈夫か!』
2人は立ち上がると愛羽たちの方へ駆けていった。
鷹爪が戦国原に向けて撃った2発目の弾は愛羽が戦国原をかばい左腕に受けたらしく特攻服に血が染みている。
『あたしは大丈夫…でも、メイちゃんが…』
愛羽は自分に体を預けさせ横たわる戦国原の傷口を手で押さえていたが出血が止まらない。
戦国原の表情は虚ろで呼吸が上手くできていないらしくすでに虫の息だ。
『メイちゃん…ごめんなさい…なんで?…なんであたしなんて助けたの?…やだよ…死なないで…メイちゃん…』
愛羽が流した涙がポタポタと戦国原の顔に落ちていく。
戦国原はもう口を動かすことができない。
意識はゆっくりと遠のいていく。
(愛羽さん…やめてください…ボクは…あなたなんて…)
自分はCRSの真の黒幕レディ。始めから愛羽たちのことを利用する為だけに近付いた。
それだけだ。鷹爪を殺す計画を全うする為に彼女と友達であると装っていただけに過ぎない。
(あぁ…でも…)
戦国原は消えゆく意識の中、自分の誕生日の日のことを思い出していた。
こんな時だというのに頭の中に浮かんでくるのは、いつも以上にニコニコしながら、でも少し恥ずかしそうな顔でプレゼントを渡してくれた愛羽の笑顔だった。
(…あのクッキーは…おいしかった…)
戦国原冥の目は閉ざされていった。
閉ざされる瞬間その両方の瞳からは、彼女の今日までの悲しみが零れ落ちていた。
優子は恐る恐る樹に近付いていった。膝から力が抜けそうなのをなんとか、発狂してしまいそうなのをなんとか堪えながら大切な親友の前で立ち尽くしていた。
照準を鷹爪に合わせ優子はこの3年間の憎しみを込めた。
しかし引き金を引いた時にはもう樹が間に入っていた。弾が樹の胸に直撃すると樹は崩れるように倒れ、鷹爪は一目散に逃げていった。
『どうして…なんでだよ…』
殺して終わり。自分はもうそれで終わりでよかった。当然死ぬつもりでいた。
鷹爪さえ殺したら、あとはもう…
「そんなことさせる訳ないじゃん」そう、樹ならきっとそうやって言った。
「あんたに人殺しなんてさせる訳ないでしょ」
樹。分かってたけど、あんたはやっぱり…
『…ねぇ、聞いてんの?』
『…え?』
優子がふと我に返ると樹が仰向けに倒れたままこちらを見ている。
『樹!?大丈夫なの!?大丈夫なの!?』
『あぁ。なんとか、ギリギリね』
樹はそう言って特攻服の下に着た防弾ベストをちらつかせた。
『あんた、それ』
『へへ…ちょっと借りたぜ。どうせ着ろって言ったって、あんたは着なかっただろうからさ』
『バカじゃないの!?死んだらどうするつもりだったんだよ!!』
優子は涙をにじませ樹の胸ぐらをつかみ寄せた。
『あんたが…死んだ未来をさっき夢で見たんだ』
樹は指先で優子の涙をぬぐってやった。
『あんたが死ぬより、あんたに殺させるより、そっちの方がずーっとマシだよ。あたしの命で守れるならね』
優子はぬぐってもらったばかりの頬をまた濡らした。
『優子。あたし中1の時、あんたを守れなかったよね。中3であんたが転校した時も、あたしは結局なんにもできなかった。だけど今は違う。ちゃんとあんたを、優子を守れるよ。何があったって守ってみせるよ。だから、もういいから、もう安心していいからさ…戻ってきなよ、相模原に…』
優子は不思議な気分だった。
どす黒い心の中の殺意と憎しみが薄れていく気がした。
でもダメだ。自分にはもう…
『バカ言わないでよ。あたしに帰る場所なんてある訳ないだろ?』
だが樹はそっと優子を抱き寄せ、優しく声をかけた。
『バ~カ。あんたに帰る場所が他にあんのかよ』
…いいのかな?
覚悟した心がまた揺れているのが分かった。
…本当に、いいのかな?
自分にはそんな資格なんてない。
けど、だけど、樹の腕の中が心地いい…
樹の声が
優子はやっと親友のことを抱きしめ返した。
『…帰りたい…あたし…帰りたいよ…樹…』
優子の本音がやっと言葉になった時、遠くからサイレンの音が鳴り始め、あっという間に数台のパトカーと救急車が駆けつけた。
鷹爪肖は車で弾を補充していた所を押さえられ呆気なく連行されていった。
救急車は樹が呼んでいた。美術室で防弾ベストを身に付けた後に連絡を入れた。
もちろん誰も死なず誰も怪我しないのが1番だが、何かあるかもしれない以上救急車の到着は早い方がいいと判断した。
警察へは救急からもそうだが近所から通報が入っていた。
『愛羽!大丈夫か!』
2人は立ち上がると愛羽たちの方へ駆けていった。
鷹爪が戦国原に向けて撃った2発目の弾は愛羽が戦国原をかばい左腕に受けたらしく特攻服に血が染みている。
『あたしは大丈夫…でも、メイちゃんが…』
愛羽は自分に体を預けさせ横たわる戦国原の傷口を手で押さえていたが出血が止まらない。
戦国原の表情は虚ろで呼吸が上手くできていないらしくすでに虫の息だ。
『メイちゃん…ごめんなさい…なんで?…なんであたしなんて助けたの?…やだよ…死なないで…メイちゃん…』
愛羽が流した涙がポタポタと戦国原の顔に落ちていく。
戦国原はもう口を動かすことができない。
意識はゆっくりと遠のいていく。
(愛羽さん…やめてください…ボクは…あなたなんて…)
自分はCRSの真の黒幕レディ。始めから愛羽たちのことを利用する為だけに近付いた。
それだけだ。鷹爪を殺す計画を全うする為に彼女と友達であると装っていただけに過ぎない。
(あぁ…でも…)
戦国原は消えゆく意識の中、自分の誕生日の日のことを思い出していた。
こんな時だというのに頭の中に浮かんでくるのは、いつも以上にニコニコしながら、でも少し恥ずかしそうな顔でプレゼントを渡してくれた愛羽の笑顔だった。
(…あのクッキーは…おいしかった…)
戦国原冥の目は閉ざされていった。
閉ざされる瞬間その両方の瞳からは、彼女の今日までの悲しみが零れ落ちていた。