6.2 Taiwan AAA 昇美龍(2)。

文字数 2,111文字

  仕切り直しをせねばと思い、しばらくしてから、また台湾へ飛んだ。台北空港には陳さんが迎えにきてくれている。オンボロのセダンに乗り込む。一時間程かけて台北市街へ移動をし、まずは彼の縁故のホテルに入る。クラスにこだわる人であれば、ここは敬遠するかもしれない。そこそこ古くて小振りである。環境的にはあまり良くはない。ごみごみしている。でも宿代は相場よりもかなり安く、近くには飲食店が多いので便利である。いつもここに泊まった。

  二人で夕食を食べに行く。台湾は食い物だけは、まず外れがない。かって、[黒角A]が、あれだけ不味い店を見つけてきたことは、どれだけ奇跡的なことであったことか。まあ、『止めとけ!』『危険!』との知らせであったのだろうからしょうがない。*他の客たちにとっては絶品の味であったのかもしれない...。つきだしでテーブルにおいてある台湾しじみのニンニク醤油漬け(鹹蜆仔)がボクは大好物だった。 たいてい何処の店もテーブルにはおいてある。これとご飯があれば、ボクには十分なのだが、さすがにそういうわけにはいかない。注文は陳さんにお任せする。二人とも酒は飲まない。台湾の中華は、ほんとにおいしい。どう考えてもその[うまさ]の正体は熱と油と塩としか考えられないのだが。いろんな食材はただの風味づけでしかない。これが中華のマジックだ。

  陳さんに前回の件において謝罪をした。彼は全然気にはされておらず、『まあ〜..ああいった展開は日常茶飯事ヨ』といった語りではあった。「これからはどうしましょうか?」とのボクの問いに、『大丈夫、まだいっぱい行く所がありますから』と答えられた。陳さんは元々は紡績畑の人間だ。そこでの人間関係は広かった。AAAは台湾との付き合いは古いが、この繊維加工の市場とは縁がなかった。〈不織布〉と〈繊維〉は、関係者は、またまったく違う。しかし、〈含浸〉と〈塗布〉の工程は、どちらにも存在する。お分かりだろうか?...、陳さんの導きにより、当社にとって『どんぴしゃ』のテーマを見いだすことになっていく。

  秀◯という会社が台中にあった。繊維コーティングの会社だ。初めての訪台から訪問はしている。社長の蔡さんは、かって大手の会社で工場長までされた方だ。独立して今の会社を始められていた。五十代半ば。細身ではあったが、無骨で真面目の権化のような方だった。流石は技術屋、職人気質と思えた。台湾人としては、珍しく、とても無口な方だった。しかし電話口での彼の『喂』(発:『ウェイ』)(意:もしもし)は、そのサウンドだけでえらく凄みがあった。印象に残ったので、どうやったらあんな発語ができるのか、あとでまねして遊んでみたが、無理だった。閑話休題、改めてこちらを訪問した。お茶を何杯もいただいた。ひとしきり陳さんのおしゃべりも尽きたころ、蔡さんは今、台湾には〈透湿防水〉の注文がよく入りだしていると語り始める...。秀◯も研究に余念なく力を入れているとのことだった。この加工には特殊なコーティング剤が必要であった。遠く英国から輸入しているものが主流を占めていると...。それの独占状態だと...。よって、ケミカルとしては値段は、かなり高い部類に入り、『安くて性能が同じく満たされるならば喜んで使いますよ』と話される.......。

「モォーー、なんで最初からこの話しをしてくれないのよー」
「無口なのも、いい加減にしてッ!」
「もったいつけとると〜ドタマかちクラわっそー!」などとは、ボクは ” 一切 ” 思わなかった。

  このテーマにおいては、AAAの重合事業部は迅速に動いた。旧来の市場は、かっての姿は見る影もなく、売上高、利益はともに右肩だだ下がりの状況であったがためだ。更には、勿論、[勝ち戦]が、見通すことができたからだった。秀◯がパイロットユーザーとなり、製品の調整が行われ、市場における最適化が果たされる。現地の工場への委託生産(OEM)で製品は製造され、商売が起ってくる。英国からの調達品の価格が高い天井を作ってくれていたので、やがては迅速に販売量を増やしていく。この一連の流れの中、台北に[ 昇美龍 ](Taiwan AAA)が誕生する。陳さんは董事長として就任される。年間億を超える成績をゼロから作ってくださる。五年程これは続く。

  「なんとなく察してもらえるであろうか?...」。ボクは、どこかではじき出され、忘れ去られてしまう。お役御免とされる。状況も一切知らされはしない。昔見た映画で同じような展開があった。あの『ダンシズ・ウイズ・ウルブズ』だ...。しかも、昇美龍 の展開は、やがてはおかしなものになっていく。父が亡くなってしまったことが根本の原因だ。それはボクからしたら、とても悲しいものへと....。


追記:

ボクが昇美龍において台湾での再登場を果たすのは、この会社を閉める時である。
この時の社長(母)は『すべては、お前が陳さんを連れてきたからだ!』と会議の席で、ボクを責めている。よって、Taiwan AAA 昇美龍(3)はあるが、かなり先になる。
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