11. Lifted アネクドーツ9

文字数 2,214文字

  怪しの介入はどこかで途絶えていっている。夜間の悪夢は、かなりのインターバルをおいて起こることはあったが、いずれにしても現実におけるトラブルに、その座を明け渡すが如く、減っていった。左脳がそれの本拠があるのだが、横向きで左を下に寝ると[ヤバイ夢]を見ることが多かった。しかし、エゴの存在感は、その圧力は年を追うごとにさらに強力になる。そして、相変わらず悪意の相は健在だ...。

   東京に所在していた折に、機会を見つけてサビアンの専門家であられる直井あきら先生を一度だけ訪ねている。とても誠実なご対応を受けた。先生は電卓を叩き続け、多くの情報を読み上げてくださった。一つ驚いたのは、大きな収入が近くあるとの予告内容だった。これは、父への生命保険として母が掛けていたものの分配金として現実化する。他人には、おいそれと相談できないことにも、落ち着いて耳を傾けてくださった。ボクは、エゴに対してかなり無茶な作用を長く積み重ねてきている。素人の行いなので心配だった。先生は、自身の選択判断で大丈夫と言ってくださった。それなりに正しいのだろうと。ボクは安心した。先生も人には語れぬ、試練を背負ってられることが察せられた。少し、孤独感も癒される機会ともなった。ありがとうございました。

  自宅の小さな居間に、冬場は炬燵がおかれている。一人、ここでウツラウツラ横になっていた時のことだ。おかしなチューニングが起こり、”落下”の事態が生ずる。暗黒の無底への自由落下。間違いなく特別な機会だったのだろう。しかし残念なことに、浅ましくも、エゴが俄然これに介入をしてくることとなった。そして...、これは中途で途絶えてしまう。もし、無欲のままあれたなら、そのまま自己を放下しきれていたなら、バーナーデット・ロバーツ女史と同じ体験をする事にになったのかも知れない。いかに自分がまだ救い難い状況にあるかがよく確認できた。これ以後、長く不思議の体験は起こらなくなる。


  いつの間にか、物流倉庫なる名称の建屋が会社の隣にできている。かって、そこには簡易なプレハブ二階建ての建屋があったが、これは○○により改築がされていた。この倉庫では、例の海綿体のブロックをスライスする為の機械が設置されていた。当然にリースである。「へニャンへニャン」の分厚いブロックを等分にスライスするのは難しい。専門の機械と、熟練の職人仕事がそこには要求されてしまう。
  「そう」、一匹狼の専門職人をどこからか見つけてきていたのだ。彼は、かなり野心的で、灰汁の強い人間だった。押しの強いタイプで、なぜか母は、この手の人間を懐深くに迎え入れてしまう癖がある。まあ、父から、知性と品格を差し引けば、まあ似てなくもないタイプではある。しかし、ボクの印象は、いつもの如く、ため息をつかざるを得ない存在でしかなかった。なんで、みんな分からないのだろう?。「軒を貸して母屋を取られる」が完全に見越されていたのだ。そこの主(ヌシ)になっていたな...。みんな気をえらく使っていた。
  ある経営会議の席でのことだ。[スライサー]の購入の稟議が上がってくる。「あの機械を買い取ることにしました」と、母は形式ばかり流れで、この稟議を静かに読み上げる。あの職人も、その席には呼ばれて来ていた。他の参加者は、船越さんも含めて、社長に習えの陣容であり、大した議題でもないとばかりの流れではないか...。ボクには、この話はイキナリで、初耳だった。即座に「絶対に反対。ダメである!」と慌てて声をあげていた。社長には、まさかの声であったようだ。『なぜ反対をするのですか?』と訊かれる。ハッキリ、「母屋が取られかねない」とイメージされる展開をあからさまに、ハッキリと話して聞かせた。*敵意の眼差しを浴びながら...。それなりに真実味が感じられたのだろう、決済は保留との判断を母はしてくれる。一機、数百万の機械である。このことも躊躇いの理由にはなってくれていたのだとは思う。
  話は、その後においてである。母、退場のあと、彼は即座にボクに歩み寄り、胸ぐらを掴んで吊るし上げに及んできたのだ。中々の迫力ではあったが、意味はなかった。ボクは、ただ脱力して吊るし上げられるママでいたのだから。何らかの反撃をボクが反射的に行なっていたなら、返り討ちにあい、ボクはぶちのめされていただろう。そして、先に手を出したがのが理由として、彼に付け入らせる事にもなっていたのかも知れない。なぜか周りもこのドラマに際して、誰一人慌てる人もなく眺めるばかりであった。そして静かにことは終えられていた。彼は、さっさと帰っていった。

追記:

彼は、亡き父の一張羅であるスーツを着て、あの場に来ていたのだ。母のお気に入りの度合いが察せられる。ボクにとっては、えも言われぬ味わいとしての演出だった。
寂しさかな...。

父も会社の立ち上げに際しては、公共施設としての工業試験所を研究室がわりにしていた。他人事としては「ドテラい奴」も嫌いではないのだけどね。

改築の前の上棟式では、彼とボクの二人して鍬入れを行う。この時、初めて彼が父のスーツを着ている事に気づく。

父の遺産の相続は、あの保険金のみだった。母を信頼して、言われるままに印鑑を押した。そのお金で、住まいしている自宅を買い取ると丁度残りはなくなった。


  
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