Just altered 09「抜刀せし」の噺。

文字数 5,530文字

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ある状況下での振舞ひ適切たりゑしかハ其の後の成り行きによりて裁可されんの件。

美濃国ハ炊米郡仙里山東箕顔街道沿ひにありし囲込養老陣屋、碌賀の郷、
文化元年如月第一日目、其の夜のこと…。

草木も凍りて亡さん丑の刻、四つ過ぎて寅へと入りなば、暫しの仮眠これ終いと
せんとすべき時分となりにけり。これよりは身共独り戦さの如く賑わいて、煮炊き
に精出しするが尾張名古屋の献知己鎮なり。向ゆるは爺婆合わせ総勢二十七名の朝餉、
その飯の支度なり。

蕩けたる眼目煩わしけれども仮寝してたる陣居ヲバば(管椅子)我嗎とばかり気合のみ
にて離れたり。確固たる足取りもて自動昇降箱へと乗り込みて仕る。行き掛けに相方
眠りしを横目に二層より地階へと降りて参りに御座候う。毎度変わらぬ重き鉄の扉、
苦心して横押し開けひ〜して後は、無人にて闇の居座りしの大広間、常夜灯を頼りに
闊歩し進み行けたり。既に気迫十分に満ち溢れてありなば、此度も精魂傾けして首尾
万端に勤め為し遂げるヲ意向するのみ。

行き当たりて右、細き通路の内に厨房ありき。先ずは湯ヲバ沸かしもて
傍らでは汁物を拵えにて候う。是共に大釜にての仕度なりけり。
湯沸きたれば茶葉荒くも握り掴みて放り入れなむ。しばし間を置きて、
広間に据え置かれし円柱内面鏡造りの大鉄瓶二つにこれを移し替えりぬ。
頃は真冬なりて、寒凍えの骨身染み入る狼藉ニ堪えて忍ぶが男梅。
格子より外伺えば、白黴の生えし漆盆の如くして朝は未だ遠かりき。


 皆の様々方、御久方ぶりに御座りまする。これな崇、再び罷り越したるに候う。
 先の言の葉語りより遠の長き月日経ち申したることお伝えせずばなりますまい。
 又、某の境遇、大きく変わり改められしこと明かさずんば居れますまいて…。

 徒歩々なる境涯なほも深まり行きて、惨なる職場にての勤めと相成りてしまへしに候う。
 時節かの時より三年後となりますれば少々早うに出しゃばりしたるが是れ実情。
 されど委細、詳細、経過につきて多くを語るはいたしますまい。
 是れ、本家にお任せするが道理にして妥当也と思える所存が随神…。


某においてハ日勤夜勤通しなりてに候う。五日に一度有り申さん。
酷に過ぎると思われましょうが、否、左様程ではあり申さぬ。
意地悪き同僚、皆悉く失せた後なれば、当然、気楽至極としか思われじ。
年配の相方一方居らんが、気さくなるお人柄にて障りなし。
但し、深く眠れんこと、これ逃れられぬハ嫌苦以外の何者でも無きに哉。
眠ること特段に要る性分なれば、後に忌まわしき障り来るのが常の事。
それ必定なりて、昨今、神の回り、その不調乱調は常態となりたるにけり。

一時毎に小半時ほどの巡回行うが勤めなりけれ。
夜勤二人にてあらば正味は二時毎にならん。
滞ることなくして迅速に見回りせん。
禅定修めしこと有難からんや。
巡るは五層の二より五なり。
各七、八つの床ありぬ。
大人数居りなむ。
忌避たりし。

然して、野火走るが如く閲行わるるが肝要なりけり。
若し、粗相等の異変あらば、容赦無くひん剥き、捌きて、元の通りに整え直すのみ。
去りて後は知らぬが仏決め込みするが、もののふたるたるの非情なりての骨頂たりけり。

「南無八幡大菩薩~っつ」

早うに済まし切りて、改めて仮眠するが我が身大事の心得なりけり。
されど是叶うこと稀なり。呼び鈴の急なる知らせ有るの多きもて。
夜間、粗相する者凡てにし、また戯けたる行いする少なからず在りなんば。
扨は一大事とばかりに駆けつんこと多かりき。
落ち申した、転けし、知らじ、食むしたし、淋し、湿りし、人恋しければ、也也等々。
どないせいやなるの、些事ごと、面倒ごとばかり多かりき…。


閑話休題、煮炊きしに地階に降りてからの話しで御座った。
先ずは、氷室より食材の内容吟味し、献立その場で練るが常態なりき。
これ時かけること禁物なりて即座の即決要することなりらん。
次に両手、井戸より汲みあげられし水にて清め切られん。
続いて出来合いのもの急ぎ切り分けし、○手もて皿に並べて盛り付けしす。
数え切れぬ実践経っ、修められし膳立て捌きの妙技、考案、数多ありし。
これ大部明かすハ叶わじ!。

洋だの和だのの皆の所望、確かに果たさんと注意して賄たるを盆に並べ奉る。
缶こじ開け笊に放り込みて、摘み取りひだしたるの果物、硝子の小鉢に盛り付け果たせし。
再度、幾夜をも潜り抜け、練りにして極められたる秘密の奥義、云々かんぬんありせし!。

初段にて、鍋に常備たる卵かち割り入れして牡蠣油隠し味に焼いて捏ねてかき交ぜらるん。
是れ、某の、毎々賄いで作りたる銘印の馳走、その十八番にありてに候う。
油の爆ぜる音、威勢良くして、目覚まし用の一盛り上がりたりけり。湯気だちて仕上がりたるの
味わい誠に格別にして絶なりけり。冷めて後の評判は知らぬが仏でありに候う。
語るに抜けしことあり。これは洋式に向けての支度なりけり。和式に向けては、熱使わじ。
冷やっこき、備尼入より取抜きたる切分けし並べるのみによりて。
時経たんば、室温にて軈て丁度よき按配になりたるかしらん。
後は、最後、米計り洗いて釜に据えたらば後は自動起動の時指定して放置をばせん。
最終、二層七名の為のみにと岡持二艘に詰め込みて、元の待機処へと担いで戻りぬ。

明け六つに迫り来たるも、熱き即席珈琲五臓に流し込みて一息つかん。糖山程入れたったり。
先の賄い手早く済ませしも消耗著しく内在す。然れど、これよりが戦の如きの真骨頂なり。
最後の踏ん張りせんと、神気呼び起こしたる。故にノ入れたったりなりしかば…。
握り潰したる紙茶碗、隅に投げ捨て入れずんば、強歩にて迎えに行きて仕らん。
相方既に始動せしむるは、不在なりしが明白たるの証なりけり。
我も起床の助太刀すべく、未だ人痴れて寝果てたる床探してゆかん…。

「南無八幡大菩薩~っつ」

見定めたる者等への捌き加減容赦無かりしかば、是等皆手玉となりにけり。
子羊の如くして従順なる、要らぬ抵抗示さぬ者からが、お決まりごとでありにけり。
知れたる勝手もて、縦横無尽に整え起こし連れ出したらば地階へと共に降下し仕らん。
着座させ茶もて落ち着かしすらば、後は陰残さずして次へと戻りしに候えん。
皆、未だ不覚にして神朧なりければ、地階残されし後は座りたるまま改めて眠りに落ち
て往きたらん。起床の刻としてハ、ちと早すぎるが由なれしかば。迷惑千万でしかなか
りにして勘弁乞ふる思ひ毎度胸に込み上げ来たりてノ憶えられん。群無い餅備…。

然て某、渦中においては高揚感、何処よりか込み上げ参り来れらば得体の知れぬ
悦ありし。ふるふると湧き出でにして尋常ならざる動意、気勢ヲ与えて寄こさん。
然れども其に任せして威勢ノ続かバ、後に神荒ぶりて祟りて乃ガ訪らるん。
是れ、必定がことなりし…。

「不綿~阿ッ、經津句」

儘よ、とばかりに備うる動意これ乗りて、更なる気概をば持ち揚げきらん。
これよりは、細かきことに心砕きするハ一生するの後悔足りけり。
剛剛烈号の志あるのみ!。身共に拍車ホば掛けて掛けて掛けまくらん。

「杯四ツ、汁馬亜」

一人降ろして後は二人三人四人と恙無くにて捌き続けりにけれ。
内に走り廻りて登りて來らんハ亜度伶奈輪。是れに後は侭よと許り五体預けし。
されど神、氷の如くに醒めきりて、全き正覚の鑑となりてにけりり。

軈て、踏み込みしハ新参者と聞き知りし恩婆の部屋なりけり。
此奴、某には初対面にも等しく勝手分からぬ奇の輩にて候う。
先般、見廻りし折は響く高鼾響、饅頭布団に覆われてありし。
海馬の化身と覚えられ、悟られして、速攻踵を返し退室せし。
ただ床に転落防止柵の抜き落ちてたるホ発見せりて肝冷えし。
これぞ痴たる行い、その例えたるに敵ふ具体的実相にて候う。

僅かに某が知りたるハ、長の独り住まひが果てにて入所されしとのこと。
周りが騒ぎての運び入れとなりしを聞きにて、呆れかつ懸念せしなり。
衆人等になんらかの心配、もしくは迷惑ありて、行政動かしたるに相違なし。
我知らずの内に、突如新天地移され、異なる人々に囲まれて過ごすに至りぬ。
これ意外にも当人にしてハ気も狂わんばかりの随喜歓喜なりし出来事たるに候う。

さて、この恩婆において…。
起床介助が現の役目となりにて候う。
布団剥いで、状況の検分速やかに、早速更衣させんとせり。
恩婆目覚め宜しゅうして、披露せしむるハ、是異常なるらん興奮たりにけり。

喜び故の、感極まって故からにしてからの挙動不審ヲば披露せしめしてにありらん。
惑乱に似たり寄ったり、戯れ、悪ふざけに等しき振る舞ひと成りにて見せてにきこせし。
側にありて体に触れゆる某に、「波多波多」と触りて寄こすハ寄こすハ…。
「屁多屁多」と手をば出され伸ばされして触りくるハくるハ…。

これ柔こうにして微に震える利き手の掌もて、半寝の状態に身ひ乗りひ出しての
触り踊りなりけり。なんぞや喜びに打ち震えししてからの行いたるに、甚だしくも
礼儀与り知らぬる不埒なる訴え、否、もとい阿比入るにて御座候う。某は正覚に
おいては初対面にも等しき間柄にしてかな。総毛立ちて、うざ堪へするハ叶わじ…。

此度の夜勤、その定められしが責任の全幅、
恙無く遂げるノ権化に等しなりてあらんや。
無駄にしふる暇、刹那もなかりき。
正覚、常日頃の倍深くありし。
阻むもの受け入れ難し。
鬼神推参なり…。

「抜刀」

間髪入れず無心にて放たれしは掌なり。一切の容赦なきにして神速の振り様にて
右の頬をば捉えん。小気味良き乾きたる音響いて後、刹那の静寂暫し訪れし。
然して我何介さぬままに身支度進めゆければ、恩婆こと勘違いと思いなりしか、
有りしこと振り払ろうて、無かりきとせんばかりにかば、改めて触れて触れて触れ
まくりもて迫りにけり。迷うことなく、更にもう一閃にくれてやるに惑いなし。
躁たる憑き物をば祓うが慈悲なりて今ハ其が理なりと覚えられしかば…。
鮮やかなりし。
全面的に静かになりたるにけり。我淡々と氷の心境もて身繕いせしむるに精力傾けし
たらん。後は滞りなく、惚け保ちたる面の恩婆、車に乗せ換えして運び出だしたり。
無音にて昇降箱降りて後は、地階大広間に残し踵返して上がりて次へと向かえし也…。

この後の委細詳細は省かしめ割愛にて参りたきに候う。
隣接する日遊び小屋へと幾人か手つなぎもて率いたりあり。
細々とした復帰の案件。
汚れ物まとめ集めいで濯ぎ箱ヲば運転せしめし程には申し添え候うらん。


仕舞いの辰の終わりの刻、近づきたれば、同輩方みな湧くように揃い現れ出しに候う。
早出は辰の始まりにて参り、日勤組の出動の正に時分なりけり。
地階の番頭女将なりし。単母煮〜太にして美なる獣の如き見目麗しきの持ち主たりける。
平素、休息の合間などには気さくにして気取りなく、是れ明朗丸出しのおなごし也し。
お侠にして、言葉数、笑い多かりき。某においても、面倒見ひしいされ給い、様々に
守り助けに心砕かれしこと多かりし。されど、己が領分におきて、責任覚え強く有りた
れば、采配行うに誠に厳しからんや。いざ本番活躍の、その蝶々発しが舞台、その幕
上がる間際となれば、これ悉く又の別人。一切甘言取り付く島なきこと面に貼り付いて
ありし厳しさ夙に伺い知れん。


猛禽獣の如くしての観察眼鋭きにして、やがてに、あの恩婆座して仰け反りしの
近う寄り給ひてハ異変ヲば察知されし。
右頬に鮮やかに浮かび上がりし青ノ染め跡、認められし故なりかば。
其ハ、何故なりしか、十本指の仕業であること明らか也し。
女将、身共呼び寄せ、詳細をば確かめんと質しされ仕給ふ。
某、ただ、黙して語らじ。平素と変わらぬ自若たる様のみ晒して立ち給ふ。
得体の知れぬ緊張、忽ち場に醸し出されして高まりゆかん。
人も何やらちりらほらりと集まり寄りに來りて、様子覗うて成り行き知らんと欲す。
女将、急ぎ白黒つけんとばかりに恩婆それ当人ニ経緯を尋ね質されし…。

「南無八幡大菩薩~っつ!!!」

念じてこれよりの成り行き全て天に預けに依りて姿勢良き侭、立ちて居りにて御座候。
不思議と恐れなくして、されど細微たる動揺胸中に芽生え揺らめき刹那ありしは真なり。
すると、恩婆答えて曰く、知らぬ、覚ゑなしと述べ給ひしに候う。
女将、何やら安堵の表情ありて、迷うことなく、囲んで集いおるるお局連中等に即座に
仕事に戻れんや、やるべきことしやるよう激して明らかならんよう伝へられし。
其所に醸しありての緊張、瞬時に搔き消されして立ち所に日常の流れ取り戻し給ふ。
某、其の機に乗じして、心安らかなるままに悠々たりにて散りにて候う。

後ハ二層に上がりて、来こしめしたる意地悪き同輩らに上辺ばかりの申し送り果たしに
候う。続ひて相方お疲れさん述べ伝えてからは脱兎の如くに陣去りて消え失せり。
脆き刃の上に立ちたるの一幕なりけり。

畏し。


追文、

隣接せし日遊び小屋への送り出し、これは本来は某の役にあらず。
地階大部屋組のとりもちし責務なり。飽くまで好意にての奉仕にありき。

思うに、恩婆は痴れあらず。囲まれしに醒めて正覚備え持つに至りにてかな。
素面にて知らぬ答えしは、某を慮っての言行と思ハれん。

伴天連の宣教師より、気合い入れの祝詞と聞きて学びしに候う。
正きは「What a heck!」「Hi-yo Silver」と書き示すとされして口伝受けし。

冒頭につきてハ免罪乞ふべき経緯あらば、先ず心に呼び起こすべきものと習へり。
「In any given circumstances, the proper course of action is determined by subsequent events. 」
聖墨菲(まふぃ)の編纂せし語録にありて上級者に向けての一節たり。




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