4.1 D. Hunting 軌道メンテナンス(1)。

文字数 2,147文字

  リストにある番号に片っ端から電話をかける。あるとき、電話に出たのは[総務]の人間であった。大阪から東京への電信だった。「訪問したい」との打診をし、日時が設定される。新幹線で前日に東京に入った。本社は東京の銀座。なんで新規の売込みの相手を総務が直接してくれたのかは分からない。だが、この方が[営業上がりの総務勤めの人]であったことが幸いであった。こちらの熱心さに絆(ほだ)されたのか、主要な部署のキーマンへの取次ぎを協力的に、お膳立てをしてくれたのだ。何度もの訪問となった。三つの部署、営業、技術と工事部と、各々に「ボンドにおいてのテーマがないか?」を尋ねる。総務の方は、いつも同席をして下さった。この会社は、レール回りの製品、メンテナンス用の資材を製造販売していた。鉄道に関して多岐にわたる仕事をお持ちであった。JRからの天下りが多くおられた。専門商社の顔も持っていた。確かに塩ビ関係ではあったが、これはささやかな内容でしかなかった。どの部署の方も真面目な方ばかりだった。しかし、いろいろと検討はして頂けたのだが、特にこれといったテーマは上がってくることはなかった。

  AAAのボンド事業部のトップは[向日葵おじさん]だった。*当然にコードである。取締役のお立場で、父が頼りにしている人間の一人だった。元は建築畑の人間で、父がスカウトしてAAAに在籍するようになった。これは大正解だったのか、[向日葵おじさん]率いるボンド事業部は大躍進を遂げた。ある市場においてのリーディングカンパニーの一社になることができていた。さて、この[向日葵おじさん]の同行で、ボクが改めて銀座の会社を訪問したときのことだ。初めて会う人が向こうにはいた。工事部の人間とのことだった。初対面にも関わらず、やけに親しげにこちらに話しかけてくる。どうやら、AAAへ、協力を仰ぎたいテーマを彼は見つけて来ていたのだった。内容は、老朽化した枕木の補修剤としてボンドを売込みたいとのことだった。粘度の低い、刷毛塗りができるもののサンプルを要請される。このあと会社をでてから[向日葵おじさん]は、「仕事が付いて来てる」「運を持ってやないか」とボクに言ってくれた。取り敢えず、顔が立ったことに安心をする。

  その後の進展を伺うべく、期待しいしいこの会社への訪問を重ねる。試験的な施工をされていた。写真なんかも見せては頂けた。しかしJRとしては、そう乗り気になるものではなかったようだ。古い枕木などにコストをかけるのは、よほど予算が余った場合ぐらいのことなのだろう。期待するような動きには、つながらなかった。ただ、枕木のテーマを見つけてきてくれた人を、以降はボクの窓口として固定することとした。彼は、工事部の所属ではあったが、営業活動を熱心にされる方だったからだ。ボルトの弛み防止のテーマという新たなテーマもあった。不織布にボンドを含浸し、ボルトに挟んで締めるというアイディアだった。これも協力を惜しまなかった。*まあ、注文が来たとしても大したものにはなるまいが...。現場での試験に参加もした。やはり、これといった進展は、このテーマにおいてもなかった。

  そして、とうとう、”あのテーマが”上がってくる。初回の訪問から、半年は経っていた。ボクは全然知らなかったのだが、線路に敷かれたバラストは、時々、突き固めなければならないらしい。時の経過、寒暖の影響で石は緩んできてしまう。結果、バラストとして求められる機能が、徐々に失われていってしまう。*これは脱線につながるので、[突き固め]は本当に重要なメンテナンスなのらしい。この[突き固める]は、本来、人力もしくは専用機械列車にて行う。だが、何時の頃からか、ボンドを撒くことによっても同効果があることから、このような[ケミカルの散布によるメンテナンス]も、行うようになってきているとのことだった。「これは一回やったら止められなくなる”麻薬”のようなもだ...」との含みのある話しがあった。北海道を含めた、関東以北が、これを使う必要がでてくるエリアとのことだった。実際(既に)、このケミカルは、かなり前から現場で使われ続けているとのことだった。とんでもない数量、金額が頭をよぎる...。それも現在は「一社が独占している」とのことだった。
この商品は【道床◯○剤】と呼ばれていた。

           〈続く〉

補記:

  [向日葵おじさん]は、父の意を受けて、お目付役として同行をされていた。彼は、既に立派すぎると言っても過言ではない実績を会社では築かれていた。よって、なんの欲もなく、ボクのフォローに徹することができた。彼のコントロールがなければ、本テーマは技術に持っていかれて、ボクは外されていたのは間違いない。”JR”の二文字は名誉欲のある人間にとっては、効果絶倫だったと思う。

  「つまらん自慢話だ」と、読まれていて、お思いの方も多くおられると思う。しかし、全ては、実際、奇跡のような成立ちであったと、ボクは振り返っては思うのです...。分かって頂ければと願うのは、「やはり、これも天の介入があったればの話しであろうな」ということ。ありがとうございます。
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