3. Carnal Tendency 厄介な、でも性がない。

文字数 2,871文字

  事務所は、そう広い場所とはいえなかった。基本、電話とFAXさえあれば成り立つ仕事なのだから。狭い空間で、複数の男が仕事とはいえ長く時間を共に過ごすとなると、いろいろ面倒臭さいことが起ってくる。先に入社していた男性の一人、[小西]は、異常にライバル意識をボクに対して燃やしてきた。電話が鳴って、誰が一番にそれを引き取れるかの勝負をするのが彼は好きだった。それも、人が手を出し始めたのを見てからのアクションが彼の作法だった。なるほど、彼の反射神経は凄まじく早かった。それもそのはず彼は、かっては甲子園に出ることを真剣に目指していた野球少年だったのだから。六甲の山を自転車で駆け上ることとも涼しい顔でできるまで体を鍛え上げたとのことだった。*また、長きに渡るクラブ活動で揉まれ、鍛えられた、ある種の錬磨をその身に備えていたのは確かなことだった。[ガンマン]よろしく、電話の取り合いには、ボクは乗ってやった。10の内9は彼の得点だった。ただ、一を取られた時の、彼の愕然とした様子には首を傾げるものがあった。負け(挫折)に弱いタイプに思えた。*彼は、ボクが辞めてすぐ、機能性食品の訪問販売へ転職する。

  この貿易商社という場所においては、人付き合いが大事であった。日本での営業活動のサポートを求めて、多くのアジアのビジネスマン達が会社を訪ねてきた。売手であったり、買手であったり立場は色々であったが、日本国内には、あまり精通してはいない。そこでガイドが必要になる訳だ。繊維の紡績関係の商社として、現地で[理晃]は、その存在を知られてはいたようだ。
  訪れてきた人達から、いかに気に入られ、今後において自分を頼りとしてもらえるかが大事な課題ではある。営業職であれば何処でもこれは同じ話しである。これはこれで一つの奥深いアートがあると言える。「如何に人に付け入るか?」「如何に人を誑し込むか?」これも、おいそれと身に付くものではない。小西は、この面においても抜きん出たものをもっていたのは事実だった。ただ、万人に通じるものではなく、中には、ボクの様な、[洗練の欠片もない者]を好む来訪者もいた。これも不思議な話であった。*社長の林さんは、このことにおいてはチャンピオンであったと思う。魔力に等しいものを持っていた。

  もう一人の男性の名は[燕]と言った。ベビーフェイスの上海人。日本人の奥さんと子供がいるとのことだった。彼は、入社がボクより四ヶ月ほど早いだけで「俺はお前の先輩やぞ〜」と息巻いたことを最初にボクに言ってきた。なんか気に入らなかったのだろう。社長は、彼をえらく可愛がっていた。中国市場の道先案内を期待していたのだと思う。副社長の八藤丸さんとは、時を追うごとに関係は悪化していくのが分かった。燕は、上海の良い大学出なんだろうが、[我が侭]で感情がすぐ顔にでるタイプだった。口達者で頭は良いのだろうが、いい加減な人間だった。*会社の社外秘の情報を、なんの躊躇もなく持ち出せるのには驚いた。いつかはドエライ成功者になるか、破滅するかのどちらかだと、自分の未来を語っていた。まあ、憎めない人間ではあったの事実だ。ボクには最後の方では、えらく懐いてきていたが、これは今後の人間関係で利用を考えていたからに違いない。*後日、ある別の会社の社内文書のフロッピーを「あげましょう」と言われる。土産のつもりだったのだろう。「いりません」と答えた。

  女子の皆さんも、なかなか気位の高い方が多かった。また心の狭い人も。電子タイプは、みなで共有で使う。タイプにはリボンがあり、やがてはこれを交換しなければならない時がやってくる。タイプを打っていて「あっ、無くなった」と判明して、その人がリボンを交換する。ある女の子は自分がこの役があたった時にキツい舌打ちをしていた。ボクは、なぜかよくこの役回りが回ってきていた。これもなにかのサインなのかも知れない。たとえば、その群れの誰が一番下っ端なのかを象徴する現象であるとか....。

  女子は入れ替わりが何故か激しかった。多分、八藤丸さんとの相性の為だと思う。気に入らない娘に、とんでもない作業をさせていたのを見たことがあった。関係者情報をゼロからノートに清書をさせていた。毎日延々と...。*穏やかで、とても根性のある人だったんだが、最後には会社を辞めた。入れ替わって、新しく入ってくる女の子達の中には、やんちゃなものもいた。徒労を組んでサボタージュをするのだ。この時節、会社には男性はボクしかいなかった。要は、「私らはアンタのことなんか何にも怖いとは思っていないのよ」の意思表示でしかなかった。この時の[ボスの女子]は、やはり運動系のクラブの出身者で目立たず、巧みに、他の女の子達を操っていた。No.2は、意地の悪い、性格のキツい女の子だった。まあ、好きにさせておいて、終業時間になってからハッキリ、「皆さんはここへ働きに来ているんですよ、今日の皆さんの有り様を見ていて大変に残念に思いました」。「一度自分の胸に手をあてて、ご自身のあり方が本当に正しいのかをよく考えてみて下さい」と朗々と語りかけ、ボクは直ぐさま会社を出た。翌日の皆の働き加減は、異常に集中したものに化していた。


補記:

動物の生態について、よく理解しておかなければならない。

弱肉強食の実相。
テリトリーの確保、防衛とその増強。
自己の遺伝子を優先的に、独占的に未来に残そうとする傾向。
時がくれば自然と現れてくる強力な”性”という名のドライブ。
何よりも【死】を異常に恐れる。*経験しているからか?

これらは、ある目的に従い、自然が作り動物に埋め込んだプログラムである。
[快]が左へ向かわせ、[苦]が右へと向かわせる。
自動的に、ことが為されるような仕組みになっている。
これらの目的は動物の為にあるのではない...。
人間としては実は、これらを[呪い]と呼ぶことができる。

人間が動物を越えてゆくことを進化が求めるのであれば、この[呪い]は解かれなければならない。幸いなことに、先駆者が多く居られる。そして、彼らの最初の手本となられたのが、ブッダやイエスなのだと思う。既に[インプット]は為され、その実りとしての成果は、ただ私たちに依るものとなってしまっている。

恐れ、何もしないことも許されない。
[タラントの話]にあるように、そんなことでもしようものなら死して後、
「彼は、外の暗い所に追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをすることになるであろう」とイエスは予告されている。(マタイ25:30)

日本文化では、発芽しなかった魂(分け御霊)は、死してのちは魔王に喰われるとの説話ある。発芽しているものは不味くて喰えないそうだ。

Gによれば、そこは月であるとのこと。物質の変換移行プロセスにおいて最終、月に運ばれて、同じく月に喰われてしまうとの説明がある。*外の暗い所:Outer Darkness。
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