14. Farm Out アネクドーツ8

文字数 3,830文字

  Re: ○場 先生
  父母の会社に入って、どれくらい後かは覚えていないが、ボクは彼の方に電話を一度入れている。昔、彼女に連れられて行った、あの先生だ。五、六年ぶりぐらいだと思う。その折、ボクはかなりややこしい状態になって苦しんでいたのだ。誰かに頼りたくなっていた。「以前、斎○さんと一緒にお伺いした○○と申します」。先生は即座にボクを思い出して下さった。何を話したのかは覚えていない。此れと言って具体的な相談事があった訳ではなかったのだから。先生のお言葉は『どうぞ頑張って下さい』ぐらいしか記憶にはない。しかし、一つ、あの方は電話越しであったが妙技を披露してくださった。〈声のトーン〉を途中で変えられた。今、向こうで話されている方は『なんともいえない美少女』であるとの印象が突如、ボクの中で起こっていた。こうとしか書き表せられない。その想定外の変化は、ひとときの『ショック』であった。忘れ得ないものほどに。得も言われぬほどの優しい声音で話して下さっていた。恐らくは、あれが、彼の方の本体であったのかも知れない。これ以降に、連絡はとれなくなる。ご一身上に変化があったのだと思われる。
追記:数十年を経て本エピソードを表す中、かの女神の正体は、この方であったのではないかとの思いが浮かんできた。本当のことは分からない...。

  Re: H本 先生
  結婚に向けて、妻になる人を連れてH先生を一度訪問している。ご挨拶を兼ねての報告だ。奥様も久しぶりにお会いして同席くださる。先生は以前と変わらず、涼やかで落ち着いたご様子であった。こちらの近況を聞かれて『よう頑張りよったんや〜』のお言葉をいただける。途中に、先生はおもむろに動かれて、富士フィルムの豪華な小型カメラのボックスを触られていた。話の流れで、妻の弟さんが弁護士をされているので、叶うようであれば、この方も先生のお世話をいただけませんでしょうかなどと軽い気持ちでボクは言ってしまう。一瞬であったが、怒りの様子をお見せになった。言葉ではない。波動だ。それも『そら恐ろしいもの』であった。ボクは即座に、これば間違いであるのだと悟った。あとは、穏やかに過ごし、早々とお暇をする。玄関まで見送りにこられた先生の、ご表情は穏やかであった。内から長く見送ってくださる。去りゆく中、これが最期であるのが何と無く知れた。なんたる『存在』であったことか...。感謝の言葉もあり得ない。

  Re: 家
  会社の書類置き場であるマンションに住まいをしていたのだが。あまりの殺伐感に我慢が出来なくなる。実家近辺のアパートを探して回る。公団をいろいろ見学したが、どれもピンとくるものがなかった。父は兵庫まで延長したら、いい出物があるかもとアドバイスをくれる。江坂まで出るのが、かなり遠回りになるので感心はしなかった。ある時、母から実家近くで中古の一戸建が売りに出されていたので見てこいと言われる。見に行くと実家と会社の外装と全く同じものなのだ...。『白のペイント吹き付け』。これであるとの直感があった。かって不法に土地は分割されており、坪は50も無い。築40年越えとのことで家自体はとても古く、中はアッサリしていた。ますますボク向きと思われた。固定資産税は年12万足らず。後日、母にあの物件がいいと相談をする。「あれはダメ。諦めなさい」とハッキリ言われる。思ったより値段が高かったのだ。そしてボクは、この話は忘れた。数ヶ月ほど経ったころ、母があの物件の値段が偉く下がってきたので買うことにしたとの報告が急にある。さらに、あれは社宅にするが、お前が住んでも良いとのことだった。少し中の改装をしてからこちらに移った。玄関がやけに広い。「人の出入りがやがてあるのだな」と思った。子供部屋と考えられるものが二つあった。「なるほどと」と思った。すべては『主のはからいゆえの展開』なのだとボクには知れた。

  Re: 人類滅亡の日
  ある休日の午後、ボクは実家の居間にいた。居間は玄関を入ってすぐ奥の空間である。巨大な立法空間で、天井は高く豪勢なシャンデリアが吊るされている。庭に面した窓には特注の巨大な一枚ガラスが嵌っている。端に置かれたLの字のソファーには、母がダラシなく眠りほうけている。ボクと母しか、この時にはいない。嫋(たお)やかなな日差しが差し込んでいて、すべては平穏無事なひと時であった。ボクは、少し離れて小さな座椅子にいた。そして少し空想に入っていく。

『今より少しすれば核ミサイルが落ちてきて、すべてはなくなってしまう』。

これを避ける術は全く無い。この終わりに向けての時間を今、自分は過ごしているのだと思ってみる。一切の思考はなくなる。ただ存在しているだけ...。『主』を思うこともない。心細さと悲しみの感情の色が時折差し込む。片や、「ホットする」思いも同時にそこにはあった。忘れられないひと時となった。


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以下は以前に保存を失敗した母においての未公開の情報である。
やっぱり、あのまま放っておくのはフェアでないので再現いたしました。幼き頃の、彼女の由来に関してなので、『何故に?』に関心のある方だけ、お読みいただければと思います。それなりに、腑に落ちることもあるかとは思います。

  Re: 里子さん、かく語りき...。
『今日も母ちゃんは迎えにはきてくれなかった。学校から帰れば、すぐに鶏達のために野草を取りに行かなければならない。田んぼの畦に沢山生えている。沢山取って帰るとオバちゃんは褒めてくれる。オバちゃん家はご飯がなんぼでも食べれるので、これはとても嬉しい。今日も頑張ろう。でも早くお家に帰りたいなー......』。

  戦前の話だ...。事業を行い、その隆盛を欲しいままにしていた家があった。着物問屋が生業である。たくさんの奉公人に囲まれる中、娘たち二人は「いとさん恋さん」の待遇で裕福に甘やかされて育つこととなった。しかし、やがては時代の変化の故に家業は傾き、凋落の一途を、その家は辿ることとなる。その頃には娘たち二人も嫁ぎ、各々家庭を持っていた。妹の方は、旦那さんに警察で柔道を教える人を選び、子も三人(男女女)を恵まれている。育ちの所為か、この妹さんは料理をすることに全く関心がない。いつも〈買いおかず〉を家族に与えていたそうだ。デパートに行くことが大好きであったらしい。しかし、戦後の時の要請から、また実家からの支援が一切ない状況に変わり果てたことにより、子の一人、末の子を、遠く姫路に嫁いだ姉に預けることを決断する。その子は、まだ小学生の低学年であった。この妹さんがボクの祖母、娘がボクの母である。このことが不味かった。いや、彼女が中学に上がっても迎えに行かなかったことが不味かったのだ。母は自力で実家に舞い戻ったに等しいらしい。強引なる帰郷だ。戻ってきた彼女を見て、姉は「なんやこんな子うちにいたんや〜」と家族みんなの前で、シラフに言い放ったそうだ。彼女は込み上げる怒りで目の前が真っ暗になったそうだ。思慕の情が強ければ強いだけ、家族が”なんら”自分を、少しも思い遣ってはくれていなかったという現実がショックだった。母の祖母への恨みは根深かいものであった。タイプ2の〈自惚れの激情〉と呼ばれる[囚われ](引き金は、自分を認めない、感謝しなかったと感受されると発動する)が顕著に現れ、これが習慣となっていく。祖母に対して「辛辣に貶す、報復する」が、それは長く、時をあたわず行われていった。同時に、一刻も早く自立独立を達成し、この家を出て行くことが彼女の至上の目標となっていく。

  彼女の実家、『〇〇家』には、いくつかボクが確認した特徴がある。女性のみに顕著に見られるものがあった。まず、みんな美人さんである。とても愛嬌のある顔立ちだ。また、利発で頭の回転がとても早い。冗談も大好き。出自が自営業ということもあり、人を操ることに長けていた。傾向としては女の子が嫌いで、幼い男の子は猫可愛がりしていた。しかし成人男性になると、また話は違ってくる。旦那さん等へは激しいヒステリーを爆発させていた。わりと日常茶飯事で、その顔は全く別人のようであった。これは「決して外には知られないように」との見事なまでの注意、自制心はお持ちでであったが、そりゃ〜知られてしまうわな...。なにか..「魔物が潜んでいる」と、側でボクは思っていた。

  母は、名門高校への入学を果たすも、大学は諦めて欲しいと親から宣言される。上昇志向の強い、性格の激しい母は、ここでも絶望と恨みを抱くことになる。「兄ちゃんは行かせてもらっているやないの」「一刻も早く、この家を出て行ってやる」に思いは凝り固まっていく。銀行に勤めることができた。しかし、これからを考えれば、お金がもっと要る。夜の勤めも体当たりで始めていく。*彼女は、勝気で活発ではなるが、とても初心で、怖がりな女の子だったのです。そして、ある日に、とてもハンサムで頼り甲斐のありそうな青年に出会う。若き日の父である。


家系が絶える見通しでは、最後の一粒種として、〈とんでもなく強力な命〉が生まれて来てしまうのではないか?。先祖達すべての願いの元に...。
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