5.  Got a job+ アネクドーツ5。

文字数 2,259文字

  ボクが勤め先として決められたのは京都は聖護院山王町(丸太町通りと東大路通りの交わるところ)の交差点、その近くにあった。(角には熊野神社がある)。会社名は◯太書房といった。なんでも理工系洋書を専門に取扱っている商社とのことだった。社長さんは二代目で、専ら東京に所在をしていて、兄の建設設計事務所を手伝っているとのことだった。京都にあるこの会社には月に一週間程しかいないとのことだった。ボクは、先ずは東京に行って、この社長さんに挨拶をしにいくことになった。勿論、先生のご指示があったからだった。先方は、先生から相談があった時点でOKとされたようだが、筋を通してもらう意味でも「一回こっち(東京)へ来てもらって下さい」と伝えられたようだった。

  初めての東京であった。あの設計事務所はどこにああったのだろうか。多分、渋谷だったと思う。お会いした社長さんは、とても洒脱な感じの伊達男だった。黒を基調としたコーディネートで、とてもムーディーな印象をうけた。メガネも恰好よく、薄いブラウンのレンズが入っていた。歳は五十代中頃。話しだすと、明るく闊達で、人に好かれるであろうオーラの持ち主であった。名は「○太さん」と言った。ボクは「お世話になります」と挨拶のあと少しだけ話をして、「三年間」を在職期間としてお世話して頂けるようにお願いをした。まあ、言わない方が良かったのであろうが、ボクは言ってしまっていた。この◯太さんが、これをどう受けとめられたのかは知らない。まあ、その時点ではどうでも良いことだったのかも知れない。なんとなくではあるが、H先生の頼み事なら喜んでとの思いが感じられていた。取りあえず、ボクは歓迎とのことだった。*H先生から○太さんへの話では、ボクは〈ズッコケている子〉との表現であり、なんとか面倒を見てはもらえないか、との相談だったそうだ。

  大阪への新幹線に乗る前に、渋谷を散策した。事前に古い[Fool's Mate](音楽雑誌)を引っぱりだしてきて後ろの広告ページをみておいた。渋谷にある中古レーコード屋を探して所在を確認した。探して歩き見つけた。このお店ではHigh TideのSea Shantiesを買った。*「KCの如く!」のキャッチの文言で買ったのだが、全然違った。殺伐としたギターとヴァイオリンの絡みは、えらくエモーショナルで、泣きのメロディーラインは気には入った(Futilist's Lament)。昼ご飯が未だだったので、目についた小粋なイタめし屋に入る。「壁の穴」というお店だった。人生初めての和風パスタでえらく驚き、とても美味しかった。

  そして、この◯太書房での勤務が始まる。武道センターの道路隔てて直ぐのマンションの一室にその会社はあった。最初は少し遠いのだが大阪の実家から通っていた。終業時間に会社をでて急げば、彼女の帰りに合流できた。ボクは初日からそうした。*これは当然、後ほど問題になる。阪急の梅田駅の構内で待ち合わせをしたり、ボクが、かってに赴(おもむ)いたりしたこともあった。車内で彼女が座って目を閉じている前で見守って立っていたことも何回かあった。(彼女の乗る電車の発車時間、乗る車両は決まっていた)。気付いた彼女は「なんや、F村君いたの...」と眠そうに言っていた。ボクは豊中までであり、そこからはバスで家路についた。彼女は先の石橋で乗り換えであった。ほんの少しの時間であったとしても側にいたかったのだ。会話がなくても全然かまわなかった。

  この短いデートにおいて、おかしなことがあった。付けてくる人がいたのだ。それも度々だった。女性で、ボクも彼女も全く知らない人だった。その人は梅田の駅構内から僕らを付けてくる。同じ車両に乗ってくる。最初に気付いたのはボクだった。おかしな視線を感じたからだった。ボクは直視を避けて、目の端でその人物を観察をしてみた。中々の器量の持ち主だったと思った。しかし、暗くうつろな雰囲気を持っていて、もう普通の人とは思えない隔たりをなぜか感じた。ボクの勝手な当て推量、妄想を述べてみよう。”彼女はオカシナ商売に身を落としてしまった人で、可哀想に、もうあちらの世界に行ってしまっている。何らかの意志の影響も加わり、ボクに...ボクらに引き寄せられてしまっている哀れな人間”。*繰り返します、これはボクの妄想です。「どうも、ボクらは付けられているみたいだ」と彼女に話した。「えっ、どこどこ?」と言う彼女に、「決して直視はしないでね」と伝え、その人のいる位置を教えた。彼女には、その女性は〈おばさん〉にしか見えなかったそうだ。とにかく、関わりが起らないように細心の注意で警戒を行っていた。毎回のことであったのでかなり迷惑な話だった。

  このころは、そろそろ最終局面へと移行する直前だったのだと思う。その証拠に善くないもののボクへの影響が次第に起りだしてきていた。電車に乗っていて、ボクは立っていたのだが、突然精神に苦しみを感じだしたことがあった。堪えていたが、たまらず心の中で「助けて」と叫んでいた。白い花が送られてきた。心に中に、精神の中に。染入るように清浄が心に広がり状況は一変してしまっていた。「白い花」。また、別の件では睡眠中に悪夢で苦しんでいた。この時には、たった一打の和音が届けられてきて救われた。響きは即座に魔を祓っていた。「和音」。共に守り手より助けとして送られたものだった。


  
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