Just altered 10「魔球使い」「魔人観音」の噺

文字数 5,331文字

拝啓、皆ノ様々方、崇何某ここに控へ來こしめしたるに御座候う。

扨、先ずハこと始めに明かし述べたきことありにて候う。
其ハ内輪の都合なりしこと。其レ本家ノ崇うじがことなりて…。

本来ならば某の登場、遥か彼方ノ後々となるらん覚悟して控へおりし。然れど、
又もや緊急出陣との青天霹靂ノ知らせありにて馳せ参じましたるが次第に御座候。
其の訳たるや、なんで御座るか…贔武威なるの、元ひ閲覧数に付きてノ話が発端
でありにて候う…。

彼ノ本家、精魂傾け記したるもの評判乏しき限りと落胆大ひに覚へ給われたり。
其ハ某よりノ語りと比ぶればにつきて、何ら気落ちするハ全く要らぬはずが事。
如此く其れがしにハ思われんが、彼ノ氏におきてハ然に非ず。

くだらない『戯言』只の『法螺話』の方に世の人気、棚引きて、寄せて上げて、
向かひしてあるらんなどと申し宣いして、凹みてへんねし起こされてしまわれし
に候う。「えろうに違ふておる」などと呟きて、咽び泣きまでもさるるが始末と
成りたる哉。更にハ遂にハ某にも背向けられたる迄にが実情也てに御座候…。

然して「後ハ専ら汝に頼んだ任したぞ」なぞと背中越しに宣ひししてからの去り給ひ
し。暫し庭弄りやら玉打ち遊びに専念しにて気ヲば晴らしもて軈てに気が向きたれば
又戻らんと言ひ残し失せたるに候う。

彼ノ氏冗談好きにて、また憑かれ易きが体質ならば風天の気質備へしが真也けり。
然して次の一編、某が四方山話ノ語りたるの一席と成りゆきたらん。
事前に是れの御知らせ致したく出張りたるノ次第にて御座候。

つきてハ碌賀の郷ハ第二層、秘番屋「燻しの里」に配属せられし輩らにつきて
語り倒し演れんが候うらん!。

其が目録たるハ…、

一つ、疣猪面醜きの還暦遠に過ぎたるの看護婦長
一つ、悪鬼羅刹の如き其の腰巾着たるるおばはん同心
一つ、沙汰泥内藤不意馬における鄭・虎戊留太の如く鬱屈したる日常送りし
   明日なき男若衆同心等

彼奴等に付きて語り行いたしにて御座候。
ただの愚痴悪口非難に如かずして、
「噺」の場借りて述べんとするが無難、もしくハ吉なりしか!?。

乞ふ非ずの御期待。

いざ独演仕らん。



誰かさんにそっくり〜!


〈暗転〉


件、「燻しの里」につきて。

厳重に囲われし碌賀の郷におきても更に独立枠たる禁所にて御座候。
其処ハ特別なる配慮要りし方のみ寄せ集め、投じ入れらるたる囲ひにて御座候。
禁所中の禁所也し。穏便にして曖昧なる言い回し行いしが真実述べんとすらば
内滅茶苦茶なる民ノ「檻」と称するより他あるまじき。

然して、何が、如何して、はたまた何故にして斯様申しなりしかと言へば、常軌ヲ
逸したるノ面々見事揃いしが故也!。総管の実子たるるノお局うっかりちゃっかり
漏らしけるノ「是れ家畜小屋ならんや」が如実の実態、正確な大略なりし哉…。

「 否否否。否否否の否!」

軈てとならばいざ知らず、緒言より詳しき述べんとするハ噤むが堅固ならんや!。

総勢十名前後居りし。
日中、二層ガ大部屋にて皆共に過ごされん。
婆七に対して爺三程なりし。
通ひにて集いし方も二三おれり。
朝はように連れ出され、夕遅くに送り届けらるん。

珍奇なるハ中に一、若きおなごし居りしこと哉。未だ三十路にさへ届かざる身に
ありて見た目中々に良きおなご也し。然れど、不憫なるかな、神脳に変調ありに
て此方へと収容され仕舞われし。「ええ金蔓矢、もう絶対に離し寄れ辺出」なるが
我夜勤相方が述べし言也。二列に向かひして、居並ぶ爺婆ノ中にうら若き処女混じ
りて居るるハまっこと面妖にして変梃な限りに(しか)あらず…。

皆歳の重ね多きにして体の働き悉く乏しき限りならんや。
蹇の理由もて、皆、車椅子上に好みて暮らしたる。
中にハ真に歩けヌも居りには居りたると思ハれん。
然れど口の達者たるハ天来の賜物ならんや。
全くの衰え知らずに皆居りけり。
悪口非難糾弾お手の物也し。

特にお婆ら、激し易かりしこと顕著なりて吾驚くことノ多かりき。
是れ、予測付き難くに起こり現れ出でにして宥めするハ悉くならず。
又其の訳訊かば口固ふして知ること能わず…。

誠の理由なりしハ、些細なることばかりであったかと思ふ。
妬み嫉み、己が誇りの毀損が故の誹りの他、訳有り得ず。
皆悉く胸中不満の坩堝にして、
聞かず開けず触れずが最善最良の一手也し哉。

片やお爺ら、目と目合わさば茶ヲ所望されるが常なりしのこと。
是れしか勿かりし。
「何杯飲まれん乃」の呆れの心境もて注ぎ足し行いたるが
毎度のこと也し。中毒され給いしにて御座候。
居並ばされして長の時間じっと座ってばかりに居らば、
茶を飲むことしか他に遣る事無かりしき哉。
なんぼでも呑まれ給いし…。

然すらば、当然に厠への用立て持たるるハ驚く程多かりき。
是れにも助太刀要りによってに同心等ハ手間取らされるばかりと也し。
注いでは出されさるるハ鼬ごっこと呼ぶに相応しからん哉。
いい加減、仕舞にハ憎みて、注ぐハ断ったったり。
然すれば恨みがましくも睨めつけて、こちらを見やらん乃。

「……」
「ゑ々ひっ!」
「もう堪らん、もう我慢ならん!!!」

先に、ある御仁ら、お二人に付きて語って仕舞いたきに御座候。
吾、驚愕せりノ方々ならば、ここで口ホ割りするハ無礼講の祝賀となり給へよ!。
然すらば、「里」に如何なる人々集ひしか一網打尽に領解さるるハ間違ひなからんに、
こと即座に至らん!。

✔︎何ハともあれ、御簾太(みすた)叭似苦(ぱにく)と吾称せし方につきて語らん。

ご年齢は還暦少し越されし程哉。お歳からすらば若く精力的に見受けられし。
中肉中背の逞しき御姿也し。かっては幕閣ガ中枢の一翼担ひせしと聞ひたり。
然れど今とならば歯車の多く狂いたるままの悉くの又別人となり果てらむ。

斯方、何処かに去りて又来らん人なりけり。其の行動、予測付き難し。
一切の声掛け用ヲなさずして、口の答へするハ「阿・宇」のみたり。
もし謂うこと利かさんとすらば力づくもて以外に術ハ無かりき。

消えして後、又来らん時にハ両手に何ぞやホ捏ねて捏ねししながら戻らんこと
多かりき。硬球の如き寸法もて中々に迫力ありし。さらば揃いたるの同心衆人、
皆是れに気づかば息飲んで声なき悲鳴こころに呼び起こしたる。剰へ、昼食ノ
準備に忙しき時分に是レもて参上あらば大騒ぎと成らんハ必定が也しこと!。

時を選ばずして是れ起これり。
日に八時間付き添そひやらんハ長きなりて目を離しする乃避け難し。
再度、再三再四ほも繰り返さん。誰に依りても予測見当付き難し。

被害ハいと甚大。後の始末がまた難儀なこと難儀なこと…。
来こしめし方に於きて、触れたりと思ハれし箇所ハ多大なりほもて。
拭きての上に拭きてが、消毒が上に消毒が、為されなくばならぬが故なりて。
要らぬ仕事ホば山程増やして呉れてけつかる乃…。

神脳に障りあるが故也しかば如何ともし難きこと。
説ふて言ふこと利くるハ有り難し。
正に「紛糾魔」と呼ぶに相応しからん哉…。

斯方、団子作るの何故か好みたり。
自室の棚の上に飾りにて置かれしこともままありき。
気づくもの居らずんば、其の数増やすのばかりとなりにけり…。





追文:

斯方の活動範囲、層をまたぎし。箱の操り達者なるが故に。
とみに好みたるは殊更大勢集いたる一層大部屋。其へノ訪れ多かりき。
吾、連れ戻さんとして送り込まれしこと度々なりし。修羅場たりし…。

其の製造するの手法手管突き止めずして吾陣屋ほば去りぬん。
知るハ終ぞ叶わじ。誠に残念至極、無念の限りと憶へらるん。
何処にてひり出されされしか謎乃まま也し。
濡れ一切勿かりしかば…。


他の方々も見掛けハ穏やかなりしが真実内にてハ似たり寄ったり哉。
不穏なるが起こるハ時選ばずして予測付き難し。
怪きが雲ゆき、忽ち、急に、屋に満ちして皆巻き込んで膨らみゆけり。
是れ伝染性備えて持ちしてからに、一人可笑しくならば軈てハ皆総出で
騒がしくなりぬん。軈てにハ癇癪までもに至れり。
皆外見穏やかに有りしハ図貼り見せ掛け、只の張りぼてでしか勿かりけり。

行方不明も偶に起こりし。其ハあの娘也しことなりける。
まんまと関門潜り抜け、陣屋外へと逃げ出す事ノ多かりき。
見掛けまま常人もて、監視免れるハ易かりし哉。
然らば皆総出で捜索に参りにけり…。

一層の主たる稼業ハ爺婆寄せ集めして面倒見する乃業務なりけり。
其が為、ヒトの出入り総じて多ければ脱走する者少なからず居りし。
まあ様も、振ら振らと、訳も分からず表へと駆け出して行かれんことありけり。
吾、是れの助けにも動員されたれば、必死に追ふて捕まえる乃行い得し。

陣屋ガ正面には狭きなれど荷車の往来激しき通りありぬん。
裏にハ陸蒸気豪快に走り来たりにて、
且つ、本近くニ踏み切りなる控えしてあるらん。

正に驚くべきノ舞台造りならんや?!。


✔︎御簾(みす)亜縁薔薇荊棘荊棘(あ・べり・ばらばらばら)と吾称せし老女居りけり。

歳は還暦には未だ届かぬぐらいにして、是れ骨太に丈高うしてあるの女子なりけり。
容姿ノ均整ありにて見掛けいと格好良かれし。又、若き日にハ面立ちさぞや良けれ
しと思わるん。是方、自由気ままなる立場あるの好みて、いたずらに独り身たりに
甘んじして長の月日過ごし参られたりと伺がいし。昔ハお洒落の姫也しと…。

然れど、今たれば、駄弁ヲば延々と漏らし聞かせらるる只でかいだけの老女に他な
らじ。其れの口より出しハ唄の如くノ喋りなり。して且つ不思議なる響きたるヲば
備え持ちたり。難儀なるハ、言一切の意味成さざりしがこと。天で分からず仕舞い
也し。

先様と同じゅうしての故なり。阿留津懼るべし哉。

其ノ駄弁喋り語りに、耳塞ぎする栓する無視する、是れ叶わじ。
阻むる乃試み、努力、無駄なりき。
それら一切無力化せらるる魔力持ちしたるが故なりて。
奇怪なる抑揚、摩訶不思議なる波長音調が備へてありせし。
誰におかれしても、気にせず、堪えする、我慢する、避けりする乃
全く悉く適へられじ。誠、不思議なる天賦備へしておりなむ…。

側近くにて是れに曝さらば、皆、神ノ害されん、逆されん、侵されるんハ確実。
甘く見ひしてある種の限界越へらば、齎さるるハ似たるノ症状、同じたるの歪。
此の伝染さるるが何よりも怕ひと吾心底に憶へられたる。

然して是方、いたずらに嵩高こうしてばかりの迷惑以外の何物でも勿かりし。
然らば、「魔人観音」と呼ぶべしで有ったか有らずんばかや?!。



彼女、意志の疎通ハある程度ありへしかと思ハれん。
悪口聞こゆれば、即座ノ反応返されしが故。怒とった也。
又、介添えたる我等の言葉にも理解多くあり得たと思ハれん。

然し、然れども、返し寄越されるハ、滅茶苦茶なる言葉継ぎばかり…。
延々と頓珍漢なる言動、止め処もなく漏らされまくるだけが作法也けり。
皆に憤り残すのみして意味の解されるハ到底不可能なまでに全く有り得ず。
哀にして滑稽以外の何物でもなかりし…。

其の常日頃、一言で表さんとするならば、「無礼君羅路音」となりたらん。
放っておかれしても放送ハ、大概いつも又は突然ニ「音恵啞」たる。
明るきままの狂躁たるの響き大いに備へして、公開放送ヲば毎日行ひ賜れし。
聴こゆれば是れ迷惑以外ノ評価得べかりし…。

軈てに皆の忍耐の限界越へしして、追い出し喰らうが常日頃日常茶飯事のこと也し。

然して、哀、是方の専任介添え命じらるること多かりき。
二人のみして外の廊下に出されして過ごせることノ多かりき。
車押して廊下へと大部屋去りにて、其処に、哀、長くに留まりし。
是方、突然に立たれんとするならば致し方なきこと也て…。
忌避の思い強うに憶えらるん。
吾のみが多かりきが故なりて…。

時節が夏場なれば高温の、冬場なれば極寒の、牢獄に在るも同じであるにけり。
立ちて車椅子の柄を握りて、背中語りに出鱈目聞かされるハ大苦なりし。
般若心経唱えてして気をば紛らわせにて過ごせり。

空虚にして明るきの出鱈目、尽きぬ泉の如く湧き出でにして、
木霊廊下に響き続かば、天香具山とばかりになりにけり。

吾、彼女と共に独り也けり。

哀し…。

続く…。

追記…、

世間とは川のめだかに似たるかな。[本家]

お婆等吾ヲ軽く甘ふ見立て賜うたか、彼れや此れやの愚痴散々ニ晒してくれ給ひし。
何とかしてくりゃろと思ひにてされしが何の役も立たじ。

きっと…幼き頃の記憶にて御母堂の握り飯作りたるノ喜びせしが由来かと思ハれん。

愛で御座るな。其の記憶が残滓も残滓でしか勿かりしが…。

素手もて受け取りし吾ハ阿呆ならん哉。急ぎ厠へ駆けもて投げ入れなむ。

不垢不浄。[般若心経]

彼ノ大柄なる老女、立つを好みたる。闊歩するもままなりてホ好みたる。
然れど、是れならじ。是れ叶えられず。車椅子に据え置かれして足ノあげられ、
背凭れ僅かに倒さるん。然らば、あらま不思議、立つこと是れならずに至れん。
然して、ただ只管に立たんとする努力ヲば為し続け賜ふ。揺れて揺れて揺らして、
叱かられして怒られして駄目出しノ喰らふばかりガ常なりき。

揺れ止まば、玉音ガ放送、又も始まる昼下がりかな。[分家]

醜女も醜女ノ疣猪面備えしずんぐりむっくりたりてノ小柄ノ性格いと悪しかれし
老看護婦らに付きては次回と相成り給えしに御座候う。畏み。

✔︎全てノ噺ハ文化元年頃に有りし乃こと也。
✔︎是れ夢夢忘るるまじ。
✔︎今より数へすらば二百十五年前の出来事に如かず!。
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