2. Affirming & Denying 伝手を頼って。

文字数 2,760文字

  天満のドトールに入ったのは待ち合わせの時間よりかなり早かった。午後四時を回ったところ。ここへ来たのはとある会社の取締役と会うためだった。就職の口利きを期待してのものだった。約束は五時半。ここでかなり時間を潰すことになる。

  天満は大阪環状線の梅田乗り換えでたったの一駅。これだけの移動で見る間に景色は古く雑然とした界隈へと変わる。駅を降りればすぐに天神橋筋商店街。延々と続く日本一のアーケード商店街。幅はかなり広い。いつ行っても人の往来は多い。北野天満宮を基点とした門前町として起こったらしい。そのせいか、闇市から始まった鶴橋、今里なんかとは雰囲気はかなり違う。その商社はそこに本社を構えていた。

  周囲にある飲み屋は、会社終わりのサラリーマン向けで素朴で落ち着いたお店が多い。つい最近もここいらには来てて、店に誘われ馳走になった。そのお店なんか、床は土間だった。その隣は立ち飲み専門だった。どちらも内装は淡白この上ない。ボクにはそういった店は初めての経験だった。
  相手は商社の人間。このほん近くに会社はある。かっては和歌山方面の営業では同行してもらってた。仕事終わりにはよく夜のお誘いをしてくださった。しかしこちらはつれない応答が常だった。おかしな貸しを作りたくなかっただけだった。今回はボクから声をかけた。久しくお会いしていなかったが、気安く一杯行きましょうと言って下さった。

  この方はもう定年は越えられていたが、会社が退くことを許してくれないとのことだった。体格は羨ましいほど立派で、お顔も彫りが深い。紳士的なマナーの人で顧客からの信頼感も厚かろう。昔、二人の同行において新規の取引が成ったことがある。相手はミニラボのメーカーさん。ボクにすれば、ただの表敬訪問にすぎなかった(吸水ローラーでの取引が既にある)。相手(技術)との話しの展開で、「じゃあ、これ使えませんか?」と植毛加工をした不織布をテーブルにおいた(たまたま持っていたヤツ)。それが、その時の技術的課題の解決に適ったらしい。納入される製品としては車形状に加工されたものになったらしい。この話は社内でまったく報告はなかった。担当の営業マンは後のフォローを密かに技術への相談ですすめ、話をまとめていた。一言あって然りなんだが…(この時に商売としての金額スケールを初めて知る)。なので…彼はボクを評価してくれていたのだ。

  少し脱線すると…ボクが人に観るものを他の人はあまり感じない気づかないようだ。話をしても大概ピンときてはもらえない。例えば、彼からすれば、うちの担当の営業マンは今も立派な人であるらしい。まさか独り占めするようなことはしないであろうと…。なんとなく、このイメージが翻る話題は、お嫌な感じがしたので愚痴はすぐに止めた。これはよくある展開である。その手の世界の現れは、ボクのみに向けてなので仕方がない。他の人には関係ない、意味のないものなのだ。だから、ことについて語れば、世界は不確かな加減でブレ始める。プライドからの障(さわり)、さもしさからの執着を手放しなさいがそのメッセージ(目的)だ…。

  閑話休題、食事も進む中で彼は近況を話しだす。こないだ息子さんが結婚したい女性がいると、その人を連れてきたので会ったそうだ。事後息子さんへは『好きにしたらいい』と答えられたそうだが、何やらお気に召されなかったようである。ある種の直感が在ったのなら止めるべきですよとボクは言った。結婚は失敗しないに越したことがない。子でもできた後では離婚には色々とリスクが伴う。彼は、おずおずと迷いのある様子でこれを聞いていた。『しかねる』みたいなことを言われたかな...。間を置いて二度しっかり伝えたところで、ボクはもうそのことには触れなかった。むしろ本題としてのお願いごとに話を持っていった。御社に採用をしてもらえないかと考えていると話した。その為に取締役とお会いしたいので電話番号を教えてはもらえないだろうかと。彼は成否は分からないとしながらも、その方の自宅番号を教えてくれた。

  店の雰囲気に馴染み、食べては飲んだ。刺身はとても新鮮でかつ値段は手頃だった。こういったお店に仕事の後、すぐ来れれるのを羨まく思った。何より嬉しかったのは、親しく相手をしてもらえたことと、最後、支払いを不要としていただけたことだった。長らく誰からも親切にして貰えてはいなかったので喜びはひとしおだった。

  待ち合わせの場所として指定されたのは小洒落た喫茶店だった。その会社からはほんの鼻先にある場所。ボクも以前に一度連れてこられたことがあった。先方には昨晩電話を入れていた。電話口の対応は、驚かれながらも親しげに話され、お会いしたい向きを伝えると気軽にOKを貰えた。振り返れば、この方を訪ねて何度も会社にはお邪魔をしている。彼は実際には全部門の実権管理を任されていた。しかしその折は、将来の2代目なる立場の人間としてであった。

  結果としては、けんもほろろの扱いだった。割と早い時点でこちらの思惑を察せられて不愉快になられた。社長である母を、とにかく褒めそやされていた。新しい研究施設を建てられて大変立派に思うとのことだった。こちらの窮地を理解して頂くべく、言葉を継いではみたが、ぜんぜん聞いては貰えなかった。最後は、ここのコヒー代、まさか自分は払わなあかん訳なん?と怪訝な表情をされたので、急ぎ「私が面倒みますから大丈夫です」とできるだけ明るく感謝の思いを込めて伝えてた。そしてこの取締役は、さっさと席を立たれて姿を消した...。

  後日、糟谷先生に報告に行く。大阪ではあそこが一番有望だったのですがダメでしたと。そして次は、東京の伝手を頼ってみますと考えを話した。すると先生は、『東京まで恥を掻きにいかんでもいい』と言われた。東京でも一社、社長さんとは長くお付き合いのある期待できる先はあった。そこも無駄になると先生は読まれた訳だ。ボクは、それをもって計画を諦めた。事情も事情なので、柵(シガラミ)のある所はダメとすべきなのだろう。全くのゼロベースで就職先は探さなければならない。このことを強く意識した。


追記:

その商社は、新規の営業訪問では同行を言い渡されていたところだった。親会社は○○を持っているので大層なお金持ち。与信リスクのヘッジで、販売窓口をお願いしていた先である。ボクとの同行ではいくつかは商売になった。それ以外でも耳聡く他の開発案件を聞きつけ、「うちにつけて〜な」と煩く口説かれてた。あの軌道絡みの商件。どこも実績至上主義である。大○ムーミンもこちらに移ってた。これは父との関係があったればこそ。



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