3.6   Last Day ちりを払い落として。

文字数 3,287文字

本社の廊下に昔の写真が貼られていた。その当時の社員さん達であろう、七、八人が写っている。
真ん中には社長、金角がいる。かなり前のものであることは社長の若々しさからも分かる。どうやら起業当時のものらしい。皆元気一杯、ヤル気満々の表情で写ってる。しかし、ある時点で彼らは皆一斉にやめてしまったらしい。社長のやり方に我慢ができなくなってだそうだ。その時の社員は一人だけが残った。

社長は、出会いの時に自身のことを「へそまがりな人間」だと口にした。「こんな会社を興すぐらいなんやからな!」と。(ここが、どんな会社なのかは、正直よく分からぬ仕舞いだった)。歳は五十代後半。
ヤンチャで破天荒なキャラであったことは間違いない。同時に恐ろしく鍛えられた筋肉の持ち主だった。
若き日の彼が、華奢な体つきであったとしてももおかしくはない。それは長年に渡る日々の荒事(作業)で獲得されたものなのに違いない。誰よりも率先して仕事では、体を酷使されてきたのだと思う。人の優劣の峻別も早かった。「もたもたして、やらんのなら、さっさと自分で片付けるまで」がポリシーの人。
「俺」の会社なのだから俺の好きにやらしてもらう」「絶対、いい加減な会社にはしない」「軟弱な話は大嫌い」「サッサとやれ!」だ。彼のテンポについていける人は少なかろう。社員は皆、彼を酷く恐れていた。イエスマンでいるしかあるまい。父と似た面を思った。(ただしこちらはかなり荒い)。
人の評価は、あくまでフィジカルに間に合うかどうかだけが物差しだった。
これはボクにとっては不幸としか言い様がない…

事務の女の子が「たま~」に、作業中のボクを訪ねてくることがあった。その手には海外からの電信がある。この時ばかりは、銀閣『ホレっ、お前の出番や』と、仕事の中断を即命じた。先にそれの始末をする
よう言われる。中身は見積の依頼や納期の確認ので、そんなたいしたものではなかった。

ある時、女なの子は、すぐ事務所に一緒に来て、電話で応答をしてほしいと言う。分かりましたと、一緒について行った。そして事前に、(電話の前に)、先様とのこれまでを尋ねると、女の子に訝しがられた。
英語が本当にできるのかどうかをこの瞬間に疑われたわけだ。面倒臭いので、「エイ」やで電話すると、
ただの見積への回答の催促だった。内容を女の子に説明すると、社長のところへすぐ行って同じく説明してきてほしいとのことだった。ファックスのコピーを持って彼を探しに行った。やっと見つけて、おずおずと声をかけた。声をうわずらせ、息も詰まらせながらも、必死にファックスの文面についてと電話でのやり取りを説明した。「なんかぁ~、[ふぇらり]とか言うトルコの会社からの連絡でして…」。
社長は黙ってボクの話を聞いていたが、やがて…何か信じられへんと言った表情で見返しているのに気づいた。理由は簡単。何と、この当該の会社は…スーパーカーで有名な、あの”Ferrari”からのものだったのだ。つまりは『フェラーリも、お前は知らんのか?』となってたわけだ。*(正直、興味のない範疇である)。彼の虚栄心を損ねてしまったのだろうね…。

この一幕により「常識的なことを何にも知らんやつ」と、彼からはレッテルを貼られてしまう。
これは、ハッキリと言葉でも伝えられる。時と状況は違うが、この際には、更に『お前は別に、働かんでも生活できるんやろ?』と言われている。(流石に直感能力は大したものだ)。『何でお前みたいなんが俺んところにおるんや?』が内心の(怒りの)思いだったのだろう…。「いえ、決して、そんな身分ではありません」と必死になってボクは取り繕っていたのを今でもハッキリ覚えている。心はこの時、悲痛な声を上げていた。収入が途絶えることを何よりも恐れていたのだから...

振り返れば、恐れたことはすべて実現してたな〜。嫌なことは、すべて整ってた。
期待しては裏切られ、上げられては落とされる。
『エバーネバーエンディングローリングブレイク!』(グレンラガン調)が、その技の名前だ。
これは7年間続く。

さて、蓮華洞編を終わろう。
思い出深いエピソードは多い。決して酷い話ばかりではなく、窮地にあったボクを支えてくれた人たちもおられたのだが割愛する。皆んな金閣には不満を持っていた。赤鬼さんと呼んでいた情厚き人なんかは、早いうちに退場されてしまう。

ボクの職場であった、あの倉庫は「こんぐらがって」いた。手隙の時期に顧問銀閣は整理を始めた。
このころは残業も皆無になっている。『ガラガラ、ガッシャーン』てな具合に物を乱暴に動かしていた。
ボクは何も言われない。もう一人の”彼”には何やら指示は出していたけど。
「あぶれ」させられて、ただ立ち竦んでいた。

何やら銀閣は、困ったなといった局面があった。
この時に『声なき声』が頭にあって、ボクは歩き出して片隅に行き、とある機材を拾い上げた。何なのか?何の為なのか?全く分からない…。「これでいいんですか?」と頭の中で問いつつ、オドオドとそれを彼に手渡した。銀閣は、ボクを訝しげにチラッと睨んだが、それで足りたらしい。
作業は沈黙のうちに続けられた...。

最終日、コンテナーの日だ。到着が伝えられ召集がかけられた。
今日こそは!との思いで、心を奮いおこす。終わりのない単純作業を延々と続ける。
「終わったー」と思えたその時、おかしなことが起こっていた。
荷が高く積まれたパレットを運ぶフォークリフトの挙動がなにか不自然な様子になっていた。
行きつ戻りつ、三台の動きが混乱したかのようになっている。
これらを操る若手社員たちにも焦りの表情が窺えた。
この混乱を見つめていた金閣と銀閣は二人して会話を始めていた。
そして、離れたボクの耳に、『これはアイツのせいやな…』との言葉が聞こえてきた...。

補記:チームで行うスポーツなんかを思っていただくのがいい。何故か、一人の為にみんなの動きが狂ってしまうことがありますよね。ボクは[場]に影響を及ぼしてしまっていたのだ。

お昼の休憩の時に、ボクは事務室に呼び出された。テーブルの向こうには銀閣と経理の年配の女性が座った。『悪いけど辞めてもらうわ』と伝えられる。女性の方は、もう散々に、よく見慣れた状況なのだろう、本心からの同情のご様子で、『本日付の会社都合の解雇とさせていただきますので、今月の残り日数の分はお支払いさせて頂きます』と話された。とても落ち着いた、何ら非難も糾弾も誹りもまったくない、ソフトな時間だった。

午後は、動揺からか「感」は狂いっぱなし。糸鋸を使っての作業で、エラー品を連発し外される。
最後は、皆への挨拶もろくにせず家路に着いた。

『もし、あなたがたを受け入れない場所、また、あな たがたに聞こうとしない人々なら、そこから出て行くときに、そこの人々に対する証言 として、足の裏のちりを払い落としなさい。』 (マルコ6:11) 

モノレールの駅で、靴、作業着等、すべての支給品は捨てられた。

追記:

灰汁の強い人達との付き合いには免疫がある。だから実際は、そんなに大したことではなかった。時間さえ過ぎれば、居所もあるだろうし、脚光をあびる機会も出てくるぐらいの思いだった。ボクは忍耐強かったし、スプレー職人としての素質は認められていた。その証拠に、作業場に視察に来た金閣は帰る時に、『頑張れや』と声を掛けてくれたこともあった。仕事終わりに着替えて帰る時に、ブランターで育成したピーマンを持って帰るよう銀閣が手渡してくれたこともあった。


要はだ…..
このステージは出来過ぎていたのだ。トドメを刺された。
従来発想の『メーカーや商社での勤めはまかりならん』との釘刺しだったわけだ。
この舞台があったお陰で、介護業界への転職は何の抵抗もなく整っていく…

あれらは、えげつないぐらい汚れてて、ガビガビでボロボロだったんヨ。

聖霊さんありがとうございました。

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