Just altered 02 「天村氏ハもうこない」の噺。
文字数 3,388文字
越後国は、豊ノ中太金丁斜矮台地の手八丁堀に棋氏何某なる男が母御と二人して住まい
しておれり。城近くとも言えなくもないが、長屋界隈のえらく奥まった地所にて、
生半に住居として定まること難し。
男は長く城中にて文化事業振興番としての役職を務めてきたりてに候う。
なんのことはない。大陸渡来の勝敗を競う遊戯盤の指南役として幅を効かしてきた
に過ぎないが。その手合の輩は総勢としては二十人を下らなかったのではないかと
思ふ。
さて、男の話である。寄る年には勝てなかったのか、五十五を過ぎた頃に蹇を患い
自宅休養を申し出てやがて職を辞したり。気楽な身分になったとも思えたが、左に
あらず。足が何の役もなさんような事態が恒久と成り果てにしかば。
これでは、厠の用が己が自身でなせんと、大変な窮事であると申し訴えに候え。
これまでの勤めにおいて評価がそれなりに認められ救済を賜うこと叶ふる。
介添として日に三度ほど、見回りを行うことが公務として行わるるが佳しと相成りし。
厩番の若い衆がこの役目を担うべしとのお達しが参りにて御座候。
丁度三十を越したばかりの三人が専属で男の屋敷に通うようになりたる。
皆、それは真面目にこの仕事に励んでいたが、長の勤めのうちには、
心底嫌で嫌でしょうがなくなっていたのが実情と察せられに御座候。
それは、その何某なる男が、実に奇怪なる人柄を備えていたことに由ありしかば。
さて、語り主たる某の紹介が遅れもうした。崇何某と申し候う。
某は、仕官を求めて最近この越後国に参りもうした。
故あって、国に留まること相成らん身となりて、諸国行脚の果てにこの地へと至りぬ。
見るからに真面目そうとの評判ありて、厩方の新米として取立が叶ひに候ひし。
そして、あの三人の助けとして励めよと番頭より申し遣った次第也。
某の登板は三人より、最初からなにやら期待の大きしを覚えて驚かれし。
何故ならば、一人は最近落馬にて力仕事ができん体になっておったが故に。
また、あのややこしき男の相手をする回数を少しでも減らさんとする願が皆に
あったればこそなり。
勤めの最初日に一人に連れられて参りしが、この男の屋敷でありにけり。
近くと聞くとも、二頭の馬にて馳せ参じるに候え。
正面から入ることならず、裏方より屋内に入って先ず驚きぬ。
真昼の昼下がりにであるにも関わらず、真っ暗闇にして古きものが堆く
空間を埋めしが故なり。また、古き屋敷ゆえの饐えたるにほいきつく、
不快なること甚だく覚えるにありぬ。
やがて闇に目が慣れて明らかとなりしは、そこが居間でありしこと也。
遠に使う用のうなった家具やら何やらが出鱈目に押し込まれて候えば、
おどろおどろしく感じに候。
何でも彼奴の母者はこの空間にていまだ飯を頂いてことを後で聞きし。
確かに電影箱が片隅にあることを出る時に目端に確認が叶いにけり。
さて、手探りにも等しく空間を進んで新たなる障子を開いてみれば、
そこが男の書斎兼寝所でありし。
「おお〜、おるわ、おるわ」何やら得体の知れぬ存在が臥所にて寝ておりし。
先に行く若い衆が声を掛けると、男はなんの眠ってはおらず、
なんぞ「ごにょごにょ」と話をし始めしたり。
「分かり候え。江戸前の”宝珠”の寿司で御座いまするな?」追唱確認をされたり。
「棋氏、先ずは、厠の用立てのお相手をつかまつらん」と努めて明るく声をかけり。
良きに計らえ、とばかりに男は臥所に胡座で座って胸を張りたる。
「失礼つかまつらん」と声を上げ、若衆は後方より、容赦無く両の腿に腕を差し込み、
男を持ち上げたり。
体を反らしては釣り合いを保ちつつ、男の背を胸に載せたに等しき哉。
そして歩みの先には簡易厠の壷口がありし。
難なく、危うさ微塵にも感じさせぬよう運び切ったところで、男を下ろし、
下をはだけさせては壷口にすわらせたり。
この折、男の背格好が臨めたが、貧相な限りとしか思えじ。
暫し、聞きとうない調べありてことは成就されて仕らん。
事後は、最初の逆が行われた迄。
記帳をして後は、早々に屋敷を出て、宝珠を目指して二人早駆けにて向かえし候。
これ遠くにありて、故に馬もて来しこと理解されし。
待ち人多くおりて、待つの一刻、間の抜けた時間と感じられ甚だしく虚に覚えられん。
以降、度重なる訪問ありし。絶えず、若衆の誰それの介添えにてことはおこなれ、
某は見守り役として場にて控えん。その間に交わされる会話に異な事を多く感じ候え。
若衆の皆、えらく腰低きこと、気遣いの過ぎることなり。
そして男の横柄さ加減が鼻についてしようが無きと思われたることなりけり。
えらく遊戯盤の指南役としての来歴を誇りと訴え、
我等介添人を見下げる仕草言動甚だしく不快にて覚えられん。
南蛮よりの話し努めて多く聞き知りておらば、
「黑森州、汝ら知りおりよるか?」などと笑止なる弁舌披露されん。
我に尋ねて、「德棉のみ知り賜え候」と答えしかば、それにて会話止まん。
後になって、個人の胸中、不愉快なる思い去来せし事、過ずに思うて悔やまん。
さて、輩連れての訪問も数回の内に仕舞いとなったり。
いよいよ、某による単独が相応しかろうとの時節の判断になりにけり。
いざ、褌を締め直す思いもて、一人、定時にて屋敷に参り候。
挨拶も早々に簡易厠へと促せり。
この時の某の思いを明かせんとすば、対面で二人っきりとなりし今ならば、
一切の仮面脱ぎ捨て、ただ、勤めてに邁進することだけが思いのすべてなりけり。
男と男、魂と魂の誠実なる精一杯の関わりなれば事の顛末、佳しとならんと信じて
疑わざるにありにけり。このようにしかできんのが某の不憫なる所与にして分限なり。
先に言うてもおこう、某は背丈低く、体格とてか細きことこの上なき有様にて候ふ。
遠に若くものうなり力仕事には最早不向きたるの有様とこの時節成り果て居れり。
さて、儘よとばかりに男が腿ヲば掬い上げたり。
男、痩身軽きと思ひしが腹回りに脂ずっしり纏い付いてに焦りし。
まあまあ何とか成し得んと思ひたれば全然然に非らず。
既に腕泣き言ほざかんとしておれば。
嫌な予感即座によぎりて怖さノ覚へん。
是れ振り払ろうて兎に角前進ヲば行い急ぎたり。
身共が腹が上、男、胡座座にて思っきし、ふんぞり返りして運ばれおれり。
この時、某、辛うじて乃均衡保ちたるで余裕なかりし。
そが勢いのみもて「土田土田」と豪壮に狭き書斎が端から端まで行けておれり。
このときの男の心中如何程ばかりになりしか?!。
「勇ましき」との印象持たれ然らば有難き限りなれども…。
さぞや空恐ろしく死にそうな思いで運ばれておられしと思はれん。
その証拠に空虚にして戯けたるのもの言いが一切その口に結ばれること
なかりけりなば。是れハ最初から最後迄、其れはそうであったでに御座候う。
壺に辿り着きし頃にハ矢張り力が限界やや越えておりしに御座候。
喘ぎしながら掠れた声にて男に向かいて「ささどうぞ」と御用の果たし
勧めておれり。事済まさらば、また先ほど行ひしの二人行脚の行程が再現なり。
ここぞ最後の踏ん張りどころと思ふて堪えに堪えして頑張りて居りたる。
無事にこと終へして、そそくさと御暇願ひたる。
帰りの道すがら、先ずハそこそこの出来なりしかと思ひしおれり。
以後は更に上手にやらんと行かんななどと思いして反省ノしてたり。
ともかく初回ハ、不味きへと至らん事だけハ避けんと必死なりし。
恐怖して歯食ひしばりて勤め行いてに候う。
最後まで無事に終わらさんしか頭に勿かりてに御座候…。
〈暗転〉
さて、再び、複数の輩に連れられしての翌日の訪問。
この折、御仁が声低くされど歴然たる調子にて我等同輩全員に
聞こゆるよう宣べ伝えられしハ…
「崇うじはもう来ない」でありし。
つまりハ、某ハ、出入り禁止の訴えに見舞われて仕舞われしにて御座候。
これが、某の、この職場にてやがて窮地へと至る乃発端となりにけり...。』
あとがき...
酷いネー。
読まれた方ご愁傷様でした。
ほんと〜にありがとう御座います。
無事笑うことができた方、お見事。正解にてござりまする。
崇
しておれり。城近くとも言えなくもないが、長屋界隈のえらく奥まった地所にて、
生半に住居として定まること難し。
男は長く城中にて文化事業振興番としての役職を務めてきたりてに候う。
なんのことはない。大陸渡来の勝敗を競う遊戯盤の指南役として幅を効かしてきた
に過ぎないが。その手合の輩は総勢としては二十人を下らなかったのではないかと
思ふ。
さて、男の話である。寄る年には勝てなかったのか、五十五を過ぎた頃に蹇を患い
自宅休養を申し出てやがて職を辞したり。気楽な身分になったとも思えたが、左に
あらず。足が何の役もなさんような事態が恒久と成り果てにしかば。
これでは、厠の用が己が自身でなせんと、大変な窮事であると申し訴えに候え。
これまでの勤めにおいて評価がそれなりに認められ救済を賜うこと叶ふる。
介添として日に三度ほど、見回りを行うことが公務として行わるるが佳しと相成りし。
厩番の若い衆がこの役目を担うべしとのお達しが参りにて御座候。
丁度三十を越したばかりの三人が専属で男の屋敷に通うようになりたる。
皆、それは真面目にこの仕事に励んでいたが、長の勤めのうちには、
心底嫌で嫌でしょうがなくなっていたのが実情と察せられに御座候。
それは、その何某なる男が、実に奇怪なる人柄を備えていたことに由ありしかば。
さて、語り主たる某の紹介が遅れもうした。崇何某と申し候う。
某は、仕官を求めて最近この越後国に参りもうした。
故あって、国に留まること相成らん身となりて、諸国行脚の果てにこの地へと至りぬ。
見るからに真面目そうとの評判ありて、厩方の新米として取立が叶ひに候ひし。
そして、あの三人の助けとして励めよと番頭より申し遣った次第也。
某の登板は三人より、最初からなにやら期待の大きしを覚えて驚かれし。
何故ならば、一人は最近落馬にて力仕事ができん体になっておったが故に。
また、あのややこしき男の相手をする回数を少しでも減らさんとする願が皆に
あったればこそなり。
勤めの最初日に一人に連れられて参りしが、この男の屋敷でありにけり。
近くと聞くとも、二頭の馬にて馳せ参じるに候え。
正面から入ることならず、裏方より屋内に入って先ず驚きぬ。
真昼の昼下がりにであるにも関わらず、真っ暗闇にして古きものが堆く
空間を埋めしが故なり。また、古き屋敷ゆえの饐えたるにほいきつく、
不快なること甚だく覚えるにありぬ。
やがて闇に目が慣れて明らかとなりしは、そこが居間でありしこと也。
遠に使う用のうなった家具やら何やらが出鱈目に押し込まれて候えば、
おどろおどろしく感じに候。
何でも彼奴の母者はこの空間にていまだ飯を頂いてことを後で聞きし。
確かに電影箱が片隅にあることを出る時に目端に確認が叶いにけり。
さて、手探りにも等しく空間を進んで新たなる障子を開いてみれば、
そこが男の書斎兼寝所でありし。
「おお〜、おるわ、おるわ」何やら得体の知れぬ存在が臥所にて寝ておりし。
先に行く若い衆が声を掛けると、男はなんの眠ってはおらず、
なんぞ「ごにょごにょ」と話をし始めしたり。
「分かり候え。江戸前の”宝珠”の寿司で御座いまするな?」追唱確認をされたり。
「棋氏、先ずは、厠の用立てのお相手をつかまつらん」と努めて明るく声をかけり。
良きに計らえ、とばかりに男は臥所に胡座で座って胸を張りたる。
「失礼つかまつらん」と声を上げ、若衆は後方より、容赦無く両の腿に腕を差し込み、
男を持ち上げたり。
体を反らしては釣り合いを保ちつつ、男の背を胸に載せたに等しき哉。
そして歩みの先には簡易厠の壷口がありし。
難なく、危うさ微塵にも感じさせぬよう運び切ったところで、男を下ろし、
下をはだけさせては壷口にすわらせたり。
この折、男の背格好が臨めたが、貧相な限りとしか思えじ。
暫し、聞きとうない調べありてことは成就されて仕らん。
事後は、最初の逆が行われた迄。
記帳をして後は、早々に屋敷を出て、宝珠を目指して二人早駆けにて向かえし候。
これ遠くにありて、故に馬もて来しこと理解されし。
待ち人多くおりて、待つの一刻、間の抜けた時間と感じられ甚だしく虚に覚えられん。
以降、度重なる訪問ありし。絶えず、若衆の誰それの介添えにてことはおこなれ、
某は見守り役として場にて控えん。その間に交わされる会話に異な事を多く感じ候え。
若衆の皆、えらく腰低きこと、気遣いの過ぎることなり。
そして男の横柄さ加減が鼻についてしようが無きと思われたることなりけり。
えらく遊戯盤の指南役としての来歴を誇りと訴え、
我等介添人を見下げる仕草言動甚だしく不快にて覚えられん。
南蛮よりの話し努めて多く聞き知りておらば、
「黑森州、汝ら知りおりよるか?」などと笑止なる弁舌披露されん。
我に尋ねて、「德棉のみ知り賜え候」と答えしかば、それにて会話止まん。
後になって、個人の胸中、不愉快なる思い去来せし事、過ずに思うて悔やまん。
さて、輩連れての訪問も数回の内に仕舞いとなったり。
いよいよ、某による単独が相応しかろうとの時節の判断になりにけり。
いざ、褌を締め直す思いもて、一人、定時にて屋敷に参り候。
挨拶も早々に簡易厠へと促せり。
この時の某の思いを明かせんとすば、対面で二人っきりとなりし今ならば、
一切の仮面脱ぎ捨て、ただ、勤めてに邁進することだけが思いのすべてなりけり。
男と男、魂と魂の誠実なる精一杯の関わりなれば事の顛末、佳しとならんと信じて
疑わざるにありにけり。このようにしかできんのが某の不憫なる所与にして分限なり。
先に言うてもおこう、某は背丈低く、体格とてか細きことこの上なき有様にて候ふ。
遠に若くものうなり力仕事には最早不向きたるの有様とこの時節成り果て居れり。
さて、儘よとばかりに男が腿ヲば掬い上げたり。
男、痩身軽きと思ひしが腹回りに脂ずっしり纏い付いてに焦りし。
まあまあ何とか成し得んと思ひたれば全然然に非らず。
既に腕泣き言ほざかんとしておれば。
嫌な予感即座によぎりて怖さノ覚へん。
是れ振り払ろうて兎に角前進ヲば行い急ぎたり。
身共が腹が上、男、胡座座にて思っきし、ふんぞり返りして運ばれおれり。
この時、某、辛うじて乃均衡保ちたるで余裕なかりし。
そが勢いのみもて「土田土田」と豪壮に狭き書斎が端から端まで行けておれり。
このときの男の心中如何程ばかりになりしか?!。
「勇ましき」との印象持たれ然らば有難き限りなれども…。
さぞや空恐ろしく死にそうな思いで運ばれておられしと思はれん。
その証拠に空虚にして戯けたるのもの言いが一切その口に結ばれること
なかりけりなば。是れハ最初から最後迄、其れはそうであったでに御座候う。
壺に辿り着きし頃にハ矢張り力が限界やや越えておりしに御座候。
喘ぎしながら掠れた声にて男に向かいて「ささどうぞ」と御用の果たし
勧めておれり。事済まさらば、また先ほど行ひしの二人行脚の行程が再現なり。
ここぞ最後の踏ん張りどころと思ふて堪えに堪えして頑張りて居りたる。
無事にこと終へして、そそくさと御暇願ひたる。
帰りの道すがら、先ずハそこそこの出来なりしかと思ひしおれり。
以後は更に上手にやらんと行かんななどと思いして反省ノしてたり。
ともかく初回ハ、不味きへと至らん事だけハ避けんと必死なりし。
恐怖して歯食ひしばりて勤め行いてに候う。
最後まで無事に終わらさんしか頭に勿かりてに御座候…。
〈暗転〉
さて、再び、複数の輩に連れられしての翌日の訪問。
この折、御仁が声低くされど歴然たる調子にて我等同輩全員に
聞こゆるよう宣べ伝えられしハ…
「崇うじはもう来ない」でありし。
つまりハ、某ハ、出入り禁止の訴えに見舞われて仕舞われしにて御座候。
これが、某の、この職場にてやがて窮地へと至る乃発端となりにけり...。』
あとがき...
酷いネー。
読まれた方ご愁傷様でした。
ほんと〜にありがとう御座います。
無事笑うことができた方、お見事。正解にてござりまする。
崇