3. Just Begun 軽挙妄動ドラマ。

文字数 2,650文字

  「なんたることか、妹とその旦那がいつの間にか所在しているではないか!」。母が購入した新社屋を、ボクが訪れることはあまりなかった。たまに立ち寄った折に、彼までもそこで勤務していることを知る。芝居じみた礼儀正しさで、「今後会社で務めることになりましたので...」と伝えてくる。斜に構えた気取った態度が鼻につく。ボクは、彼には気持ち悪い印象しか持ったことがない。動揺と不快感が沸き起こる。「なんで、こいつまで?」。悪い予感しかなかった。状況の確認をせねばと思い、糟谷先生を急ぎ訪ねることとした。

  先生は、会社と顧問契約を交わしていた。人生で初めてサラリーマンの身分になったなどと笑って話されていた。母からの細々とした相談は、一括して月々の給与という形でで支払われるようになっていたのだろう。ただし、母がこういった契約をしていたのは糟谷先生ばかりではなかった。占い関係の専門家の数名と、こうした顧問契約を交わしていたのは間違いない。伝え聞くところでは西洋占星術の先生からの教授が定期的に自宅で行われているとのことだった。また東京では、あのボクが言葉を交わすことを、一切拒んだ怪しい男との付き合いが続行されていた。

  先生はボクに全てを話してくださった。少し前に、母から相談があったそうだ。母と連れ立って、妹とその旦那が訪ねてきたそうだ。困った事態になっているとのことだった。訴訟ごとで、こちらの対応が不味くて、有罪判決になってしまっている。母は、何としても娘とその婿を守りたいと話す。会社に二人を入れて、これからを支えていってあげたい。そして、これらは、決定事項なのだと宣ったそうだ。先生への相談は、具体的な医者の紹介依頼であったらしい。先生は紹介を断り、母の意向に反対をされたそうだ。『そんなことをすれば、会社はメチャクチャになるよ』と。娘夫婦は、項垂れて聞いていたそうだ。状況を見るに、母は、この件に関しては自身の決断を優先させたことは疑いのない事実であった。他の伝手にて医者の手配もカタがついたのだろう。

  あと、妹が、「おじいちゃん」などと、まるで身内とばかりに言葉かけをしてきたそうだ。このことには大変不愉快な印象を持たれたと先生は話された。「然もありなん」と、ボクは聞いてて思った。自分の都合に良いように、ことを脳内変換し、相手を巻き込んでしまうのだ。そんな暗示にかかる方ではないのは明白だった。申し訳ありませんでしたと代わりに謝罪をした。「あの娘は頭がおかしいのです...」。

  事情としては、埼玉の方で、妹夫妻は生活をしていたことになる。父の生命保険からの分与は、何故か遠になくしていた。そして旦那は、素人じみた発想で、ことを行ってしまう。なんでも、「一枚から一枚しか作れない」手法であったらしい。そして、逃げる際に慌てたのか、自動車で物損事故も起こしている。母の「こちらの対応云々」は、腕利きの弁護士の手配が叶わなかったが為に、有罪判決を免れなかったがことを意味する。愉快犯的なものとしての便宜を期待していたのだろう。しかし、更なる上告はしなかったらしい。身元引き受け人として母が名乗りをあげる。立派な社会的な地位と義理の母親としての立場からなんら問題はなかっただろう。そして二人は転げ込むような形で、あの家に母と住まいするようになった。


  Re: 情動における力学。

  いや、なんのことはない。感情のことを、もって回って言っているだけ。感情は強大なエネルギーだ。世の中の ”殆ど” が、これの作用でしかないと、ボクには身に染みて思われる。「馬」に喩えられるのがしばしば。妹は決して最初から、母の元に駆け込みたかった訳ではなかったであろう。会社に入り、立場を固めようなどとの考えがあった訳でもなかっただろう。妹は生活に困りだしていた。そして、頼りとする旦那が警察に検挙されるという下手を踏んでしまった。母を頼るしかなかったであろう。また、母は、独り身で寂しい思いをして暮らしていた。そこに子の中で、一番寵愛していた娘が「Help me !」で駆け込んできたのだ。ことの展開は、自然現象にも似たものに思える。更には、いかなる手を使っても「娘を守っていきた」との思いが、母の全てを占めたのだろう。これも考えれば、あまりに分かりやすい展開でしかなかった。ただし、「どこにマトモな人間がいるねん?」との絶望の思いも伴うが...。

  先生によると、診断書による服役の先送りができても、刑そのものがなくなる訳では無いとの話だった。不自然なことをすることにより、勇気のない行いをすることにより、返って予期せぬ不幸なことが将来に起こるであろうことが、ボクには察せられる。
*妹の高いプライドが、ことの隠蔽を、是が非でも求めさせてしまったのだろう。

  あまりにも人間的過ぎる。あまりにも自己中心的過ぎる。
ボクや、ボクの家族に対する配慮があまりにも見事に切り捨てられていた。
それほどまでに長女への執着は、自身の老後への不安は強力なものであったのだろう。


追記:

不思議なことに、妹二人は子供に恵まれていない。ボクは、このことにも安心をしてしまっていた。

その年の株主総会の議案は、とんでもないものが上がっていた。長女とその旦那が取締役待遇の役職に就任させるものだった。更には、次女であるもう一人の妹と、その旦那までも役職付きで就任となっていた。ボクは、ただ愕然としていたばかりであった。いや、「マグマっていた」とハッキリ言っておこう。

その後、糟谷先生からの強い指導で、刑を先送りしている身の者が、会社で役職について仕事をしていることは絶対に不味いとのことで、彼は会社から姿を消す。公文書として記録は残るからね。そして、恐ろしいことに、彼は実家での家政婦としての立場に身をやつすことになったらしい。


蛇足:

週末には、母と家族で過ごす時間を持っていた。その時、里帰りをしていると思われる妹も連れて、近くのコンビニに行った。ボクは彼女の状況を知らなかったのだが、なんらかの感情をこの時に持ったとしてもおかしくはない。それほどまでに、楽しい家族としての時間がそこにはあったのだから。ボクは精一杯、親しく接してみていた。


一度だけ、誰かに呪われていると思われる瞬間があった。誰によるものなのかは分からない。きっと、彼だと思う...。


 
     
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