1. Not into Temptation 序章。

文字数 4,505文字

  『洪水』に遭ったのだ。これまで馴染んだ世界は失われた。見知らぬ異境に投げ出されたかのように心細い。不思議と、ことの現実感は感じられなかった。これはとても不味いことのように思われた。家族に対する責任だけはハッキリと意識されていた。決着は年末の頃だった。なのでとりあえずは動く必要はなかった。すべては年が明けてからになる。これはありがたかった。この時ボクは47歳である。

  今回のエピソードで挑戦してみたいのは、あの先生が本当はどんな思惑でおられたかに関する推測である。単に『正しい』ことを行なっていただけではないように思われる。ボクにとってそれはむしろ放逐が整うように準備されたのではないかと…。ならば、それは何故だったのだろうか?。

Re:まずは少し先生が、ボクに対する印象として語られたことを挙げてみよう:

『儂に似ている』と言われたことがある。これは最初の頃。
『難しい(険しい)顔ばかりなので笑ったほうが良いよ』『笑顔は素晴らしい』。
『あれぐらいはうまく対処できるな』、義父との面会の後に。
『どん底に叩き込んだろか』。

  最後のは不本意ながら、口にされてしまった本音だったのだろう。付き合いも長くなれば時には嫌気も覚えられる。また「失墜したボン」なれば、(そして頼りは自分しかいないとなれば)、そう言った思いをあからさまに口にしたとてなんの落ち度となりえようか?。先生本人は大変にご苦労をされてきているので尚更だ。ボクは冷静に聞き流してた…。

  糟谷先生は母から三行半を突きつけられていた。顧問契約を解消されたのだ。理由は妹の引き立てを譲らない母にこれを断固として反対されたことに起因する。正しいこととは思われず、またそんなことをすればやがては会社は潰れるとの予見もお持ちだった。母は痛く先生に信頼を寄せてはいたが涙を飲んで関係を切ることとした。付き合いの深さからすれば直接母は挨拶をしに来なければならなかったはずだ。しかし右腕を送り込むことでこれに代えた。「彼」も先生との付き合いは長くなっており遠に見知った関係である。先生は「彼」を、ボクより好んでいたと思う。これは相性による。その「彼」より”首”を言い渡されたのだ。心中穏やかではなかっただろう。最後に先生は代理としての彼に『お前も同じ目に会うことになるわ』と伝えたそうだ。(これは呪いだ…)。

  先生は会社自体を評価されていた。『良い会社である』と常々そう語られていた。(直接本社も訪問されている)。ボクには首を傾げる話だった。(同じ評価を他に聞くことも確かにあった)。また母との関係も大変に良好なもだったのだ。顧問料として月々いくらもらっていたのかは知らないが、大事な顧客と思われていたのは間違いない。おいそれと関係を切れる相手ではなかったはずだ。先生ほどの人であれば、依存させ、漬け込む手際ならいくらでもあったはずだ。それなのに何故、立場の弱いボクの肩を持ったのか?。大変なご勇断であったことは想像に難くない。

  易経の説く倫理に従ったまでなのだろうか?。『人を善導する』がその教えの指針だ。否、単に”あのレベル”に擦り寄ることはプライドが許さなかっただけの話かも知れない。実態は、矮人どもの詰まらぬ騒動に過ぎない。それ故に、大きなスケールで働く高次の法則からの作用を考慮してのご決断であったのかも知れない。とりあえず手元に残ったのは〈ボク〉だ。もう行き掛かり上の知り合いにしか過ぎない存在ではあるが、まだまだ退屈しのぎの、話の種としてであれば役には立つ。訪問はいつも歓迎はされていた。場所は長屋の左端。来客用の二階ではなく玄関入ってすぐのちゃぶ台テレビのある小部屋だった。米ちゃんもいつも同席していた。

  先生は、このままではボクは不幸になると仰る。子供達まで不幸になると。なんとかして会社に返り咲くことを目標にすることを説かれた。そして、するべきこととしての指南をして下さった。弁護士への相談が一つ。次に行政への同じく相談がある。新聞社の力を借りれないかとか…。不正なる要素が潜んでいること、また労基における違反の面は確かにあった。しかし正直ボクの直感は、あまり意味はないことを知らせていた。甲斐の無い努力とはなろうが後で後悔しないように、やるべきことはしておこうと思った。

  弁護士は一般の相談窓口に出られた方と契約した。雇用保険における被保険者とての立場の回復は適ったが、それ以外は何ら動かなかった。会社側の弁護士からの連絡の窓口だけ。親身になろうとは一切されなかった。こちらの懐具合も考えず、寿司屋では特上を頼んで当然の輩だった。最低…。

  行政も同じ。訳の分からない苦情、陳情、非難をさんざ聞かされてきているのか、非情にして殺伐とした対応だった。新聞社は、○日だけが関心を持つも、「その現在のかかりつけの医者を突き止めてくだされば」との話だった。これはできない相談だった。逐次結果を先生に報告した。先生は、時を待つしか無いとされた。やがては会社の中はぐちゃぐちゃになるであろうから、その時がチャンスになるであろうと。これはいつになることかは分からないが可能性はあると思った。とりあえずなんらかの勤めを見つけるべく頑張ろうと思った。

追記:

あの自称元松下の採用が怪しい。彼がその後にどう言った役回りをするかを先生はご存知であったのではないか。意識下では折り込み済みだったのではないか。

あの執行猶予付き実行判決を下されていた妹の旦那、彼の取締役としての立場を放置すれば大いなる弱点として的にすることもできた。ボクは株主でもあるののだから。しかし、母への強いアドバイスをもって、彼はその立場を剥奪され、家の中に囲われることとなった。先生は誰を何を守ったのか?。

その旦那には大した関心を示されなかったが、妹への気遣いとしての言葉を先生から聞いたことがある。アンビバレントな心の動きと思えた…

今後におけるご指南の向きは、聖書の教えからすれば真逆のものだった。しかし親身になってのお言葉であったこと、また現実における認識に甘いものがあってはならないと思いで傾聴した。要は『係争』を強く求められていたのだ。絶対に勝たなければいけないものとして。あくまで「形だけは」との思いでこれに従った。「深く」「執念を燃えやして」ではなかった。ボクの性分としても好むものではなかったから。ことの核心においては不思議とあっさりしていた。ボンだからだろね…。
すべては後手に回っている。偶発的な要素(不測の事態)が起こらない限り逆転は難しいと思われた。

あそこの常連さんに一人、40後半の男がいた。会合の最中に現れでもすれば、こちらは逃げるように退室するのが常だった。ムードが一変するのだ。この現象は、みんなそうなりよると先生は嘆いてられた。彼がどうのように生計を立てていたのかは知らない。何やらいい加減な人間ぽかった。先生は仕事柄か懐が深いからか、こうした人間の相談にも乗ってられてた(多分タダで)。ある時、彼の親戚が亡くなり寺の相続人としての話が彼にあった。場所が遠く、田舎ということで彼はこれを断った。であれば、これから生活のためには、○○党の事務所を訪ね、関係の弁護士に相談すべしと先生は彼にアドバイスをされていた。(詳しくは知らない)。この話の折は、ボクはあの絵を額に入れたばかりでそこに持っていた。これを彼にも見せてあげ、同時に寺への就職を軽やかにしかし親身になって勧めてはみてみた。

抜粋:

「預言者が現われ、何かのしるしや不思議を示し、あなたに告げたそのしるしと不思議が実現し、「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう。」と言っても、そのことばに従ってはならない。『あなたたちの神、主はあなたたちを試される』(申命記13:1)。
『心を尽くし、魂を尽くして、あなたたちの神、主を愛するかどうかを知ろうとされる』。(マタイ22:35)

情報(インスピレーション)の統合操作には、【なんらかの存在】の介入が想定される。これからの作用は避けられないものなのかも知れない。行為者(当事者)の話だ。驕り高ぶり慢心を引き起こすに絶好の機会となる。またその行為の目的は人の五欲を益するものに傾きやすい。当たるのではなく「当てさせる」のだ。…術者の暗い情念(業)を煽り、これに染まらせるように働く。余程の自制心、道徳心、(これらは厳しい修行で獲得される)が無いと飲み込まれてしまう。多分(聖なるものに身も心も捧げていなければ)誰にとっても無理な話だと思う。影響力は当然に受益者にも及ぶ。最初は得をするが、最後には落とされるパターン。

このことは弁えてはいたが、ボクには『主』が居られるので、すべて『込み込み』で状況には臨んではいた。試みの機会なのだとも思っていた。まずはすべからく逃げないことだった…

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付録:

Re:あなたたちの神、主はあなたたちを試される。
心を尽くし、魂を尽くして、あなたたちの神、主を愛するかどうかを知ろうとされる。

以下は抜粋箇所の概要です。

預言者や夢占いをする者があなたたちの中に現れ、しるしや奇跡を示して、そのしるしや奇跡が言ったとおり実現したとき、「あなたの知らなかった他の神々に従い、これに仕えようではないか」と誘われても、その預言者や夢占いをする者の言葉に耳を貸してはならない。 あなたたちは、あなたたちの神、主に従い、これを畏れ、その戒めを守り、御声を聞き、これに仕え、これにつき従わねばならない。その預言者や夢占いをする者は処刑されねばならない。彼らは、あなたたちの神、主に背くように勧め、あなたの神、主が歩むようにと命じられる道から迷わせようとするからである。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。 「あなたも先祖も知らなかった他の神々に従い、これに仕えようではないか」とひそかに誘われても、誘惑する者に同調して耳を貸したり、憐れみの目を注いで同情したり、かばったりしてはならない。このような者は必ず殺さねばならない。彼を殺すには、まずあなたが手を下し、次に、民が皆それに続く。 (申命記13:1-10)

若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、彼女のパトロンたちに多くの利益を得させている者であった。彼女は私たちのあとをついて来て、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです。」と叫び続けた。幾日もこんなことをするので、彼女に憑く霊に、「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け。」と言った。すると即座に、霊は出て行った。彼女のパトロンたちは、もう儲ける望みがなくなったのを見て、私たちを捕え、役人たちに訴えるため広場へ引き立てて行った。(使徒言行録16:16-19)  
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