6. Discharged 時、至る。

文字数 2,077文字

  副社長の八藤丸さんなる人について改めて語っておきたい。簡単に済ませば、「気難しい、融通の利かない人だ」になる。*作ったOfferの承認は大抵却下だ。よく癇癪を起こしていた。*名前の由来に、ある邪推もしたくなる..。お客にも、メーカーにもあまり人気のある人ではなかった。*いろいろと噛み付いてしまうからだろう、みんな敬遠していた。彼の父親は、刑務所勤めだったと語っていた。また自身は、かっては「機械につかわれておったんやぞ」との恨みとも嘆きともつかない話をしていた。*紡績工場のラインのことである。
  こういったのとは別に、時々彼の風情に[青年将校]のイメージをボクは、なぜか思うことがあった。年代的には戦争に行った人ではないだが...。机にある時には、静謐にして厳かな雰囲気があった。[規律]を骨身に備えている稀有な存在だった。「美しい人」との印象をボクは感じるときもあった。これは彼の本質の一面ではあったのだろう。ただ、外に向けての彼の立ち振る舞いは無骨にして灰汁が強いものだった。激しくも厳めしい顔であった。こっちは彼の人格における素養の問題だ。この両極端の印象が興味深く感じられた。
  彼は、その場その場で彼の思惑にそった演技をしているだけだ、とボクは時々思った。そのことにの中にはボクに何かを教えようといった動機も確かにあったのだと思う。その形は、嫌らしいまでの否定的な物言いではあったのだが。はたして、実体はどうであったのかは分からない。お客さんといる時には、幼き子のような様子もあった。小児的な部分も確かにあった。ボクは彼から多くのことを学んだ。これは事実だ。


Re: 陳◯宗

  ある日のアテンド。今朝会う人は「ボクにチャンスをくれる人!」なんて夢想をしながら会社に向かい早足で歩いていた。毎日、職場の人間関係に悩み、仕事も冴えなかったからだ。せめて、朝の出社の時ぐらいは元気を出そうと思い、こんな晴れやかな夢を思ってみたわけだ。そして、これは正夢となる。これが陳◯宗さんとの出会いだった。彼は台湾人で、これから北陸に商談で向かうとのことだった。同行するように言われる。アンパンマン顔のおじさん。人懐っこくて、思いやり深い人だった。ボクの(冴えない)立場を慮ってか、いろいろと気を使って下さった。「どうね、毎日たいへんか?」。二人で列車で遠方に向かう。途上、いろいろ話をしてくれた。彼は、とても饒舌だった。三国志の話が好きで、万里の道を自身でも実際に踏破されたと話されてた。*中国をかなり仕事で移動したの意味であろうが。また、これまでの人生で悲しい思いを一杯したとのことだった。印象に残った話は、彼が夜ホテルに帰り鏡に映る自分に向かって『バカ野郎』と泣き笑ったエピソードだった。この話を聞いていて何故か、一緒に笑っていた。*車内に響く二人の笑い声、今も忘れない。彼は、ボクを気に入ってくれたのか、「一緒に仕事をしましょう」と最後に言ってくれる。少し本気のようだった...。なので、ボクは一つ冒険をしてみることにした。自分の素性として、両親が事業をしていること、次の転職ではこちらに移ることを話してみたのである。彼の目の色が変わるのを、ハッキリ確認した。


  
  八藤丸さんにとって、陳成宗さんがボクを気に入るという事態は、感情的にどうしても受入れがたいことであったらしい。「自分が」これから彼と一緒に、中国市場を開拓していこうと考えていたからだ。陳さんはボクとの[ペア]を強く希望したらしい。*当然の話だ。昼休み前、二人だけの時に、彼はボクに会社を辞めて欲しいと言う。その言い方は、個人的な不満を漏らすような伝え方だった。彼はサイコキネシス(念動力)を獲得していたのか、この時、真剣であることを示すためか、ボクの心を「捻り潰す」芸当までもして見せた。ボクは驚き、大変な恐怖を味わった。すぐに昼休みに入ったのだが、喫茶店で食事もとらず、先ほどの内容をよく考えてみた。そして、即座に会社に戻り、これこれの話があったので、会社を辞めたいとの思いを社長に伝えた。*この時は他には誰も事務所には居なかった。社長は、黙って了解の仕草をした。これまでにも、こういったことはさんざあったという感じで。午後が始まり、社長がボクの意向を彼にそっと伝えた。この時に彼は驚いた風の様子ではあった。ボクが即座に行動を起こすとまでは読めなかったのだろう。
  さて、彼、八藤丸さんが本気でボクを辞めさそうとしたのかは謎だ。彼はこれまでも男女問わず、何人も人を辞めさせて来ていた。「嫌で」「嫌いで」気まぐれに、これを行うは、充分にあり得る話だ。ボクの場合は子供じみた妬みの感情からとも思える。が、それだけだったのだろうか?


「時が来たのだ」との思いがした。
その伝令の役を彼が、あのような形でしてくれただけだ。
次への準備として[理晃]は、ここに勝る場所はなかったと思える。
  
  
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