施錠された公民館の前で

文字数 612文字

 さて、その日の練習は、それまでとはうって変わって調子よく終わりました。
(理子さん……?)
 大人たちが上機嫌の町内会長と帰った後、施錠された公民館の前で僕がそれとなく探したあなたは、いつの間にかいなくなっていましたね。
探してるのか、刀根理子を。
……。
 僕は答えませんでした。胸はドキリと鳴りましたが、僕の気持ちを教えてやる義理などありません。

 降りしきる雨の中を帰ろうとすると、豹真は僕の手から傘をもぎ取りました。

……!
何するんだ!
 相手にしないつもりが、つい怒鳴ってしまいました。豹真はあのいやらしい笑いを浮かべて、傘を返しました。
 ……ほらよ。
……!
 それを差して帰るのが何だか癪に触って、僕はその場から動きませんでした。豹真はというと、自分の傘を差して行ってしまいました。

 少し距離が開いたところで、その背中が唐突な一言を告げました。

好きなんだろ、刀根理子が。
 ドキッとした僕はずぶ濡れのまま、豹真に追いすがりました。いきなりそんなことを言われて、すっかり慌ててしまったのです。
……違う! だって会ってから……。

 何日も経っていないのに、そんな気持ちなんか起こるわけがありませんよね?

 傘を開くのもそこそこに告げた僕に、豹真は面倒臭そうな顔で振り向きました。

惚れた腫れたに時間は関係ない……ま、俺にはどっちでもいいが? 

いい気なもんだな、言霊は使わない、祝詞は台無しにする……で、自分は刀根理子とよろしくやろうってか?

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色