奥方の優しさ美しさ

文字数 620文字

あら、理子、遅かったのね。
 思わず身構えてしまいましたが、門を開けて出ていらっしゃったのは、物腰の優しい、たおやかな感じのする方でした。
送って……いただきました。

 理子さんが顔を背けたのは、門限破りの後ろめたさからでしょうか、男と帰った恥ずかしさからでしょうか。それを咎めることもなく、お母様は僕に向かって丁寧に頭を下げられました。

暗いところを、わざわざ済みません。
あ、いえ、その……こちらこそ、そんな。
 恐縮する僕に、お母様は優しい気遣いの言葉をかけてくださいましたね。
上がってゆっくりしていらっしゃったら?
……!

 理子さんが一瞬、立ちすくんだような気がしましたが、お母様のおっしゃったのはもちろん、お愛想だったでしょう。

 京都のお茶漬け的な。

そんなまさか滅相もありません、あ、僕も父が待ってますのでじゃあこれで……あ、理子さ……いや、刀根さん、おやすみなさい……ませ!


……。

 もちろん、ここはお断りするのがマナーなのですが、お母様の上品さに打たれて、しどろもどろでさっさと逃げてくるしかありませんでした。

 そのとき背中に感じた理子さんの視線は、これまででいちばん冷ややかだった気がします。

(……ふうう……大人の魅力ってやつ?)

(あ、いやらしい意味じゃなくて……誤解されたかな? 理子さんに)

 帰宅した僕を、父はたった一言で出迎えました。
決まったか?
あ、ああ。
そうか。
 努めて平生どおりの返事に一言で答えた父は、もう何も聞きませんでした。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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