彼女に見せてはいけない秘密

文字数 692文字

 言葉は丁寧でしたが、ちくちくトゲがありました。

 本当のこと言うと、怖かったのです。

(……「ちょっと顔貸せ」って言ってるんだな、これは)

 僕はおとなしく従うことにしました。そういうことにしてるんです、こういうときは。

 昔から。

……。
 稽古場の外に呼び出されたとき、よく晴れているとはいっても桜が咲く前の空気は、まだ冷たいものでした。
……。
 その春先の気候並みにぞくっとさせてくれたものです、あなたのまなざしは。
会ったばかりでこんなこと言うのナンですけど。
 逃がすまいというつもりか、僕を公民館の戸を背にして立たせ、長い黒髪をさあっと撫でるなり、一呼吸おいて言い放ってくれましたね、結構失礼なことを。
高校生ですよね?
(……はァ!?)

 ムカッときました。

 確かに、僕の頭はたいしたことありません。せいぜい……。

(……人並み)

(……より……ちょっと上……だと思いたいけど)

 でも、はじめて渡された昔の言葉をきちんと読めなかったくらいでそこまで言われる筋合いはないと思います。

まあ、一応。

 思ったことの半分も言えないのは、ひとえに僕の性分のせいです。

 それでも、あんなに怒られるとは思いませんでした。

じゃあ、それなりの意地と見栄を見せてください。2人合わせてもせいぜい5分くらいの掛け合いを覚えるだけなんです。
 決して、意地も見栄もないせいではありません。そもそも、あの場で見せる必要がなかっただけです。

 さらに、もう1つ理由がありました。

 僕には、口にしてはいけない言葉があるのです。

 あのとき、口ごもったのも、そのせいでした。

 それなのにあなたは、僕にそれを繰り返させようと迫りましたね。

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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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