陽炎の舞

文字数 476文字

 僕のか理子のさんか、少なくともどちらか、衣装の焦げる臭いがしました。

(……時間がない……豹真の上に雷を落とす!)

 犠牲を払ってでも理子さんを「ほむら」の言霊から守る覚悟は決まり、僕は遠くから見つめているであろう豹真を見据えました。

(……豹真! だから僕たちは、闘ってはいけないんだ!)
 心の中で叫んだ、そのときです。
……ああああああ!
 豹真に向けて稲妻を放とうとした僕の耳に、理子さんの悲鳴が聞こえてきました。
(……間に合わなかった?)
 まだ火は出ていません。しかし、理子さんの状態はただ事ではありませんでした。
米・麦・豆・粟・稗、月詠の弑する保食神より来たりて、五・六・七・八・九・十年、実りて生して速日、速水祀らん……!

 祝詞を上げるその声は、ここ数日聞いていた中学3年生の女の子のものではなく、地の底から轟いてくるような響きを持っていました。
(……理子、さん?)

 鈴を振り鳴らし、髪を振り乱し、独楽のように舞う巫女の姿に目を奪われた僕の視界の隅で、光るものが二つありました。

 一つは、暗い雲の中で閃く稲妻。

 もう一つは、テントの端で揺れる陽炎。

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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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