雷(いかづち)と炎(ほむら)と

文字数 712文字

 僕はジャージを脱ぎ始めました。脱いだものを片端から地面の砂に叩きつけていると、今度は靴下に、そして下着に火が付きます。僕は構わず脱ぎ続けました。
……。
何してるんだ、お前!
 豹真の金切り声を聞き流し、僕は最後に残った腰の一枚に手を掛けました。
……。
や……やめろ! やめろ! バカかお前は!
 僕は笑いました。
そうさ、僕はバカだ。好きなだけ傷つけるがいい。ほら!
 これで全裸になる、というところで、豹真は僕に飛びつきました。

 どうやら、こういう結末はプライドが許さなかったようです。

 相当慌てたのでしょう、荒い息の合間に鼓動が聞こえるようでした。

服着ろよ。
(……言われなくたって)
 腹の中で毒づきながら、僕は脱いだ服の砂を払って再び身に付けはじめました。

 豹真は諦めたのか、ものも言わずに背を向けて、歩み去っていきます。

……。
……!

 安心したのも束の間、羽織ったジャージのファスナーを上げたとき、あの悪寒が、再び襲ってきました。

 術者の悪意を背負った、言霊の気配が。

 僕は覚悟を決めました。

な、なじ、なんじ、にじ、とよみなれ! 

(汝、蛇、汝、虹、響み鳴れ!)

 とっさに叫ぶと彼方の山の向こうが一瞬だけ陰り、稲妻が一瞬閃いたかと思うと、微かな轟きが聞こえました。

 これが、僕の言霊です。「なじ」「なんじ」あるいは「にじ」。

 どれも「蛇」を意味する古代の言葉に由来するものですが、その時代には稲妻も虹も「天空を駆ける蛇」と捉えられていたらしく、それが言葉に力を持たせる源となっているようなのです。

 遠い空で雷が鳴った瞬間、ぞっと来る感触は失せました。振り向いて見ると、ごつい大岩が転がる山の中の採石場から、豹真の姿は消えていました。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色