雷と、雨と

文字数 525文字

(ほうむらないとなあ……ほうむ・ら……『ほ』う・『む』・『ら』……)

(……まさか!)

 風と共に、布の焦げる臭いが微かに漂ってきます。
やめろ!
……?
 豹真は「何を?」とでもいうように苦笑します。

 ますます強くなる風に、理子さんのヤッケからは、煙が目に見えて吹き散らされていました。

あれえ? カイロから火でも出たかなあ? たまにあるんだよねえ!
(呼ばなくちゃ、雷を!)
 どんどん正気と冷静を失っていく声に誘われるかのように風は吹き乱れ、辺りは次第に暗くなっていきます。
ナ……!

 僕が空を見上げて「ナジ」と呼びかけようとしたとき。

 既に低く垂れこめていた暗い雲から、土砂降りの雨が降ってきたのです。こうなっては、いくら豹真の言霊でも火を放つことはできません。

……ち!
 豹真が舌打ちするなり、岩から飛び降りて駆け去っていったあと、叩きつける雨の中、理子さんは茫然と立ち尽くしていましたね。
……。
理子……さん?
帰って!
 駆け寄った僕に背中を向けて突き放したそのひと言は、泣いているようにも聞こえました。
……。
 僕は何も答えられませんでした。ヤッケのフードを引き出して頭にかぶるなり、理子さんは行ってしまったからです。
この川、すぐ増水するから。
 そう言い残して。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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