田舎のバスを待ちながら
文字数 814文字
昨日の大雨で増水した川を見下ろしながら、樫井豹真は橋のたもとにあるバス停へと歩いていた。
厄介になっていた親戚の家を出てきた割には、身軽である。ボストンバッグひとつで着の身着のまま出てきたという感がある。
正確に言うと午前6時台から午前8時台と午後3時台から7時台くらいは通勤・通学のために、まとめて4~5本ずつはあるのだが、その分、他の時間帯はごっそり削られている感がある。
バス停のそばにはベンチが1つあるきりで、それに腰をかけると、雨に濡れて鮮やかな緑の山脈から強い風が音を立てて、丸めた背中に吹き下ろしてくる。
ボストンバッグから取り出した写真立てには、幼い豹真の姿が両親と一緒に収まっている。この町を出るまで再び足を踏み入れることのなかった、どこかの写真館で撮ったものらしい。
死んだ両親に対して罰当たりな言葉を吐いたせいか、天の怒りはてきめんに現れた。豹真の足元がさっと暗くなったかと思うと、山脈の向こうから遠雷の音が聞こえてくる。
豹真は、その名の主が朝早くに町を出たことを知らない。だが、昼前の空模様は、悪態が誤解に過ぎないことを教えてくれた。
ボストンバッグに写真立てをしまって、代わりに取り出したのは折り畳み傘である。だが、それを差す頃には、豹真の身体は強い風と共に吹き付ける雨でしっとりと濡れていた。
こんな田舎でも自家用車は普及している。多くの人が勤め先で働いている時間に、わざわざバスなど走らせることもあるまい。
町から出たことのない豹真の、大きな誤算であった。