田舎のバスを待ちながら

文字数 814文字

……ったく田舎のバスはよお。

 昨日の大雨で増水した川を見下ろしながら、樫井豹真は橋のたもとにあるバス停へと歩いていた。

 厄介になっていた親戚の家を出てきた割には、身軽である。ボストンバッグひとつで着の身着のまま出てきたという感がある。

1時間に1本しかないって何だよ。

 正確に言うと午前6時台から午前8時台と午後3時台から7時台くらいは通勤・通学のために、まとめて4~5本ずつはあるのだが、その分、他の時間帯はごっそり削られている感がある。

 バス停のそばにはベンチが1つあるきりで、それに腰をかけると、雨に濡れて鮮やかな緑の山脈から強い風が音を立てて、丸めた背中に吹き下ろしてくる。

オヤジ……オフクロ……これでいいんだよな。
 ボストンバッグから取り出した写真立てには、幼い豹真の姿が両親と一緒に収まっている。この町を出るまで再び足を踏み入れることのなかった、どこかの写真館で撮ったものらしい。
好きだと気付いたときに一緒になっておけばよかった……って、バカじゃねえの。
 死んだ両親に対して罰当たりな言葉を吐いたせいか、天の怒りはてきめんに現れた。豹真の足元がさっと暗くなったかと思うと、山脈の向こうから遠雷の音が聞こえてくる。
檜皮……和洋? まだ俺に何か文句でもあんのか?
 豹真は、その名の主が朝早くに町を出たことを知らない。だが、昼前の空模様は、悪態が誤解に過ぎないことを教えてくれた。
うわっぷ! 傘……傘…って、バスまだかよ!
 ボストンバッグに写真立てをしまって、代わりに取り出したのは折り畳み傘である。だが、それを差す頃には、豹真の身体は強い風と共に吹き付ける雨でしっとりと濡れていた。
次は……1時? なんで12時台のバスないんだよ! 何だよこのエアポケット!

 こんな田舎でも自家用車は普及している。多くの人が勤め先で働いている時間に、わざわざバスなど走らせることもあるまい。

 町から出たことのない豹真の、大きな誤算であった。

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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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