理子の決断

文字数 581文字

 仲間と遊ぶこともせず、母について山を歩き、川に沿って歩き、たまに海に行けば人目につかないところで水を浴びて天に向かって叫ぶ……。

 そうすることで、私の体の中には自然の動きと共にある、泣き笑いが生まれてきました。

(怖い……何なの、これ?)
 想像もつかないことかと思いますが、これは恐ろしいことでもあります。

 私が自然と共にあるということは、自然が私と共にあるということでもあるからです。

(春の風……夏の木々のざわめき……秋の稲穂が揺れる……冬の雪の匂い!)

(気持ちいい……でも)

 自然の変化は私の感情を豊かにしてくれますが、私の感情は自然を豊かにはしません。
(私が笑ったら、山も笑う……草花が芽吹く……かもしれない。でも、怒ったり、泣いたりしたら、きっと枯れ果ててしまう……)
 それに気づいたとき、私は泣き、また笑うことをやめました。

 笑っていればいいと思われるかもしれませんが、喜びは悲しみを知らなければ生まれてこないものです。逆もまたしかりで、泣くのをやめれば、笑うこともできなくなるものです。

(町を出よう……! お母さまから、家から離れたら、きっと、もう……)
 そのためには、母に物を言わせるわけにはいきません。私は、神楽を完全に仕上げて、その上で家を離れるのを主張しようと考えはじめたのです。

(解き放ちたい! 私の……私だけの……かけがえのない心を……)

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色