炎と祝詞と

文字数 400文字

 誰の目をはばかることもないのなら、雷を呼ぶことなど造作もありません。たちまちのうちに空には暗雲が立ちこめ、満開の桜が照らすこの町を薄暗く覆いました。

 しかし、豹真も本気でないわけがありません。

(……煙が!)
 恐らく誰も気づいていなかったでしょうが、僕や理子さんの衣装からはうっすらと煙がたちのぼっていました。さらには、会場のあちこちにあるテントやのぼり、そして祭壇からも……。
(……不利だ、圧倒的に!)
 豹真は見える相手に火を点ければ済みますが、僕はどこにいるか分からない相手に雷を命中させなければならないのです。

(……せいぜい10秒とちょっとか、発火するまで)

(……衣装、テント、祭壇)

(……理子さん!)

 しかし、僕の心配をよそに、神楽は進行します。
受けたまへ、受けたまへ、我みとせ、よとせ、とこしへに、日御子の恵みにて、五種の穀やすらへん。
 理子さんは澄んだ声で、高らかに祝詞を返してきました。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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