困った手紙

文字数 634文字

 ちょっと苛立ち気味に、今朝の事情を書き綴る。

「……わざわざ言いにくるほどのことでもありませんでしたが、樫井君としてはちゃんとしておきたいことだったようです」


 手紙には書かないが、こんなやりとりがあったのだった。

「俺……今日の朝、もう、親戚んとこ、っていうか、この町出て、独りで暮らすんだ」

「……それで?」
「昨日は、悪かった。BGMとかその……サボっちゃって、町内会長さん、謝っとけって」
「ああ、そういうこと……気にしてませんから、安心してください」
「それで……あの……これ」

 そのときの気持ちは、残酷にもはっきりした言葉で綴られる。といっても、豹真本人が読むのではないから、問題はない。

「去り際に手紙を押し付けられて、正直ギクっとしました」

(……ちょ、ちょっと……こういうの、困る! やめてよ、イヤだこれ、ちょっと冗談キツイ!)
「自意識過剰と笑われるかもしれませんが、あの状況下で渡される手紙といえば、そういう類のものとしか思えなかったのです」

 だが、そこは年頃の女の子である。

(でも、まあ、捨てるのも……何だし、こういうの、初めてっていえば、そうだし……ちょっとだけ)

 理子はそれを隠しもしないで書き綴る。

「それでも中身が気になって封を切ってみると、たった1行」

 そこには、豹真が残した言葉がある。

「あいつをどう思ってるか知らないが、いなくなったら一生、後悔する」
 そこで理子がしたためたのは、檜皮和洋に伝えるべき、そして樫井豹真には伝わることのない答えであった。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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