檜皮和洋から刀根理子への手紙

文字数 552文字

 田園の中を行く赤字ローカル線のディーゼル車の中で、憂鬱そうな目をした少年が便箋にペンを走らせていた。
 ……。

 車両は軽快な音を立てて揺れる。

 だが、そんなところで書く手紙には慣れているのか、少年は整った文字を書き連ねていく。

……よし。

「拝啓

 桜満開の季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 先日は何の挨拶もなく四十万町と私立勿来高校を離れることになってしまい、本当に申し訳なく思っています。

 それだけに、理子さんの手紙がいかにもラブレターという体裁で(封印にハートのシールというのはベタすぎます)、転学先への資料として渡される学校紹介パンフレットに入っていたことはたいへんに驚きましたが、読んでみて理由がすぐに納得できました」

……ふう。

 少年は手紙を書く手を止めると、鞄の中から大事そうに淡いブルーの封筒を取り出す。手紙を開いて少し微笑むと、また丁寧に畳んで元のクリアファイルに戻した。

 そこで、2両しかない列車はごとりと停車する。

 あ……。

 駅の周りには桜が植えてあるのだろう、折からの風に、窓の外では花びらが吹雪となって舞い散った。

 少年は何かに憑かれたように、短い停車時間を手紙に費やす。

……絶対、もう、分かってるよな。
「……お察しのとおり、この僕、檜皮和洋は普通の人間ではありません」
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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