理子の哀しみ

文字数 623文字

 しかし、河原で樫井さんの暴言に声を荒らげたとき、私は自分の気持ちが実際に自然を動かすことを知りました。一瞬、空が陰った時の恐ろしさといったら!
「……? 」
(……雲? 檜皮さんが、見てる……しまった! 抑えられない!)
 私はあのとき、泣き出しそうになるのを一生懸命こらえていたのです。もし泣いてしまったら、きっと嵐になるだろうということは分かっていました。
「そんな中途半端な気持ちは、どっちかを葬らないとなあ……」

(……風まで! ……ダメ、理子! 落ちついて!)

(でも……焦げ臭い? 何? これ……ざわざわする、心が、肌が、身体が……いや!)

 自分の身体に突然火が付いたとき、私は己を失いました。
「やめろ!」
(やめろ、って……? 私に言ってるの? ……まさか)
「あれえ? カイロから火でも出たかなあ? たまにあるんだよねえ! 」

(……もう無理、私じゃ抑えきれない、雨も風も!)

(……いや! もう、どうにでも……して)

 こらえればこらえるほど、怖さや怒りや情けなさや、そういったものがまぜこぜになって、あんな嵐を呼んだのです。
「ち……!」

(……やっと行ってくれた……もう、いやだ!)

(……私の心も、身体も、勝手に、こんなにぐしゃぐしゃにして)

(……嫌い! 嫌い嫌い嫌い! 雨も、風も、天も地も……私も!)

 土砂降りの雨は、私にとっては恵みの雨でした。
 思いっきり泣けるからです。
「理子……さん?」
「帰って……この川、すぐ増水するから」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色