たった1行の手紙の主

文字数 393文字

樫井さん……!
 あなたがそうつぶやいて公民館の中へ駆け込んだおかげで、僕は危険なひと言を口にしないで済みました。

 雨雲はすでに去り、空は再び冷めた青色を取り戻していました。

(……帰ろう、この隙に)
 しかし、「春」の曲はすぐに止み、僕の足は止まりました。

 背後の戸が開いたのです。

あの、とね……さん?
 刀根と刀祢、どちらを書くのか分からないままにウロ覚えの名前を呼ぶと、返事をしたのは男の声でした。
刀に根っこと書いてトネだ。
 振り向くと、そこには小柄な少年が立っています。
理科の理に子供で、理子。今、自分の稽古をつけてもらってる。
 上目遣いに僕を睨みつけるなり、初対面の僕に理子さんよりも失礼なことを言いました。
面汚し。
……。
 男が相手なら何の気兼ねもいらないはずですが、僕はやはり何も言えませんでした。

 畳み掛けながら見つめるそのまなざしには、背筋がぞっとするような何かがあったのです。

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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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