豹真の本気

文字数 593文字

(……豹真には、豹真の誇りがある)

(……無視できないな……言霊使いのひとりとして)

 平日の昼時で、田舎町の道路にはそれほど人も車も通りません。誰の姿もないのを確かめてから、僕は傘を投げ出して豹真に頭を下げました。
おい、何のつもりだ!

 豹真は慌てて傘を拾い、腰を折った僕の姿を隠すように差し掛けました。

 相当うろたえていました。チャンスです。

腹立たしいのは分かる。だけど、君があと数日だけ目をつぶってくれたら……。

 年下の男の子に必死で頼んでいる僕の足元で、再び傘が路面に転がりました。返事がありません。身体を起こすと、豹真は、もう遥か遠くにいました。

 ……。
 今度は僕がうろたえました。さすがに傘を拾うだけの余裕くらいはありましたが、それこそ転びそうな勢いで追いかけます。
待って……。
近寄るな。
 声が届きそうな距離まで来てようやく呼び止めましたが、背を向けたままのかすれ声に拒まれて、思わず立ち止まりました。
お前があのままの祝詞を上げる気なら、理子が火傷を負うことになる。
(……やる気だ、豹真は本気で)
 聞こえてきた一方的な通告に、そう直感しました。雨の中を走って消えて行く豹真を止めることもできないでいると、水飛沫の鳴り騒ぐ路面に吹く風に乗って聞こえてきたのは、悔しげな声でした。
(……俺ができないことをいい加減にやるなら、俺たちが俺たちであることを軽んじるなら、俺はお前を許さない)
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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