父の誓い

文字数 574文字

と、いうわけだ……。
豹真の、父さんは?
 父が命を奪ったなどとは、信じたくありませんでした。
死にはしなかった……普通の人間としてはな。
 そう語ったときの目は、虚ろだったような覚えがあります。豹真の父親との対決を騙るときの形相は、とても人間のものとは思われず、正面から見られはしなかったのです。
言霊が、封じられた……。
それを使えるだけの、呼吸器や声帯、舌の機能は失われた。それどころか、笛の業さえも……。

 祭文を真似るだけでは、言霊は動きません。上代の日本語には100音近くがあったといいますが、もっと複雑な声の響きが必要なのです。

 笛のことは、よく分かりませんが。

樫井の魂は、日に日に弱っていった。それでも結婚して、子どもも生まれた。だが、やがて早くにしてその命は尽き、その妻も……。
(……幼い豹真を連れて、ここを出ていったんだ。そして、無理がたたって……)
 そこで父は目を伏せました。いつもは何をするにもちゃらんぽらんでいい加減な大人なのに、このときばかりは僕も居住まいを正さないではいられませんでした。
私は決闘に勝ったが、ここを去った。どこにいる資格も、言霊を使う資格もない。
でも、僕には……。
 そのとき、父は再び顔を上げると、真剣な眼を向けてきました。
次の代に業を伝えるのが、言霊使いとしての私の使命だ。我々が使うことは二度とないと、信じてな。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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