檜皮和洋から刀根理子への電報
文字数 642文字
手紙を書き始める数時間前のこと。
温泉町と思しき湯気の街中を、少年がカバンひとつ担いで歩いていく。郵便局からふらりふらりと歩み出た男は、しばらくして追いついた。
その物言いからすると、父親らしい。
ぷいっとそっぽを向いて答えるのを、父親はムッとして睨んだ。
少年も負けてはいない。いい加減な父のやることにいちいち難癖をつける。
子どものように不貞腐れる父親の言い訳は聞き流される。少年は返事もせずに、駅に向かう途中の澄んだ広い川に架かる橋の上で立ち止まった。
見下ろす川は浅いが澄みきっていた。白い河原を噛んで、どこまでも流れていく。その彼方を、少年はじっと眺めていた。
川風に吹き乱された髪を撫でて振り向く少年は、笑っている。その眼差しを受け止めた父は、再び川面を眺めた。
ぼやく息子の頭を、父親は軽くこづく。
少年は悪戯っぽく首をかしげてみせて、再び歩きだす。少し離れて父親が見守るその背中は、自信に満ちていた。
少女にさっき送った電報の言葉を、語ってみせるかのように。
「イツカ、ムネヲハッテカエル」