檜皮和洋から刀根理子への電報

文字数 642文字

 手紙を書き始める数時間前のこと。

 温泉町と思しき湯気の街中を、少年がカバンひとつ担いで歩いていく。郵便局からふらりふらりと歩み出た男は、しばらくして追いついた。

 その物言いからすると、父親らしい。

息子の電報に、コインロッカーに荷物預けてまで、何で付き合わなくちゃならん。

大人には分かんないよ。
 ぷいっとそっぽを向いて答えるのを、父親はムッとして睨んだ。
小生意気な。
 少年も負けてはいない。いい加減な父のやることにいちいち難癖をつける。
あのままレンタカー借りとけばよかったんだよ、荷物積んどけるし。
運転、めんどくさくなった。

 子どものように不貞腐れる父親の言い訳は聞き流される。少年は返事もせずに、駅に向かう途中の澄んだ広い川に架かる橋の上で立ち止まった。

このまま、どこまで行くんだろ。
この川か?
 見下ろす川は浅いが澄みきっていた。白い河原を噛んで、どこまでも流れていく。その彼方を、少年はじっと眺めていた。
僕だよ。
 川風に吹き乱された髪を撫でて振り向く少年は、笑っている。その眼差しを受け止めた父は、再び川面を眺めた。
どこへでも行けるさ……次の学校、卒業したら。
もう、始業式終わってるのに……転校なんて。
 ぼやく息子の頭を、父親は軽くこづく。
今度は、うまくやれ。
……どうかな?

 少年は悪戯っぽく首をかしげてみせて、再び歩きだす。少し離れて父親が見守るその背中は、自信に満ちていた。

 少女にさっき送った電報の言葉を、語ってみせるかのように。

……理子さん。
「イツカ、ムネヲハッテカエル」
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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