理子の想い

文字数 508文字

 あのとき、もう怖くはありませんでした。怒りも情けなさも、どこかへ行っていました。

 沸き起こる気持ちを抑えなくていいのが嬉しかったということもありますが、そのとき、自分の身体に火が付いた理由を考える余裕ができたのです。

(……もしかして樫井さん……言霊使い?)

(……すると……言い争ってた檜皮さんも?)

(……私と……同じ人たちが、すぐ近くにいる!)

 そう思ったとき、涙があふれてきました。それで余計に雨がひどくなったかとも思いますが、過ぎたこととして、どうか許してください。

 檜皮さんが神楽を断ったと知ったときは、胸が痛みました。

(……どうして……私のせい?)

(……きっと、言霊使いにはあるんだ……ノロやユタには分からない苦しみが)

(……どうしよう? 知らずに追い詰めてしまったんじゃあ……)

 あの夜道を一緒に歩いたとき、そして檜皮さんが神楽の練習に来てくれたとき、私の心を縛っていたものがほどけていくような気がしました。

(……ふふ、何だろ……心が、軽い!)

(……ダメ、ダメよ理子、いい気になったら!)

 冷たくしてごめんなさい。ああしないと、神楽の前に春の嵐が桜の花を全部吹き散らしてしまうかもしれないと思ったのです。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、常に重大な決断を回避しようとする癖がある。

 しかし、追い詰められて発する力は地球の大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、それは自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いによる。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、たとえ年長者でも、直面する問題から逃げることを許さない。物静かだが、時機を捉えれば、やるべきことをやり遂げる。

 ただし、最小限の手間で……。

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